011 sideイリス 1
「ただいま~、っていうのも何か変な感じ」
「おお、イリス。おかえり、気持ちはわかるけどな」
放課後、わたしは王都でもそこそこ立派そうな魔道具店にやってきました。
でも、その立派そうな外観や高級そうな雰囲気も開店セールの幟やチラシでちょっと残念な感じになっています。
出迎えてくれたのは、これまた立派な衣装を着こなしている店主さん。
わたしのお父さんです。
「私たちが住んでいたのは寒村だったからね。王都のこんな立派な店を自分の家だと思うのは抵抗があるかもしれないが」
「立派て。いや立派だけどさ、自分で言ったら台無しだよお父さん」
「何を言う、イリスのお陰で王都に長年の夢だった店を出せたんだ。立派な娘のお陰で出せた店を立派だと言わないのは親として恥ずべき行為だろう」
なんて恥ずかしげも無く恥ずかしい事を言うのがわたしのお父さんです。
わたしたちはこの王都から遠く離れた寒村に住んでいました。
大人も少なければ子供も少ない。済んでいるのは数家族で、もう30年もしたら無くなっていそうな小さな村。近くには小さな迷宮があって、そこの魔物から取れる魔石などが村の収入源でした。
ここが他の国なら、それだけで大きな収入になったはずですが、ここは迷宮以外にも魔物が蔓延る危険地帯にあるグリエンド王国。その程度の迷宮から取れる魔石はありふれていて、日々暮らすのに精一杯。
けれど、その程度の迷宮だからこそ、戦う力も無いような村人でも潜ることができていました。
そしてあの日、お父さんが一つの魔道具を見つけて、それに物凄い価格がついて、村は多少裕福になりました。と言っても毎日の食卓におかずが一品増える程度にですけど。
でも、村のみんなはそのお金でわたしの学園への入学費を工面してくれました。
みんなには、お父さんには感謝してもし切れません。
そんなお父さんが店を出せたのがわたしのお陰だというのは、この王都が他の街と勝手が違うからでしょう。
王都に移住したり、店を出したりするにはいくつかある条件の内ひとつを満たさなければいけません。
1.王族、もしくは貴族からの推薦を得る。
2.名誉貴族になる。
3.王都に肉親が住んでいる。
4.最初から王都で生まれる。
まず1は平民がしてもらえることなんてまずありません。
次に2ですが、これが多くの平民にとっての夢です。強い魔法の才能があるとか、冒険者として高位ランクを得るなど現実的な選択肢でもあるからです。
3と4はもうラッキーとしか言えません。羨ましい限りです。
ですがお父さんが王都にお店を出せたのは2と3の中間に位置するような理由でした。
つまり、わたしが学園に入学するため3年間王都に住むため、その期間だけお父さんも王都にお店をだせるのです。
ちなみに学園生が王都に住めるのは1に近いです。学園を全寮制だと決めたのは王家とブリューナク家だというお話ですから。
そう、クリスタさまのブリューナク侯爵家です。一応お父さんに報告しておかないといけません。
「あ、そうだお父さん。わたし寮のお部屋変わったんだ」
「うん? 何か問題でもあったのかい?」
問題。なにか問題はあるでしょうか。
いえ、クリスタさまの言動は問題だらけですし、いまはともかくその内あの調子で王族まで蔑みはじめたらどうしようとか思ってはいますが。
でも、わたしに限って言うならかけられた迷惑よりも、助けていただいた回数のほうが多いような。
そう考えると特に問題はないですね。
「ううん。新しく貴族のお嬢様が編入なされたから、それで部屋の移動があっただけだよ」
「そうなのか。ならよかった。まぁお前は優秀だからね、問題を起こすとは思わないが。それで、新しいルームメイトはどんな娘なんだい?」
他の人への対応はこの際無視して、わたしにとってのクリスタさまを一言で言い表すなら。
「わたしをペット扱いしてくる人かな?」
「ペット!? 本当にだ、大丈夫なのか、平民を見下してるひどいお貴族さまなんじゃ」
「あ、大丈夫だよ? 他のお貴族様を家畜呼ばわりしてるから、わたしは結構マシな方だよ?」
「家畜!?」
お父さんが真っ青になっています。
……そうだよね、それが普通だよね。
「あ! でもでも、すっごい綺麗で可愛らしい人だよ! 同じ人間じゃないみたい」
「それは安心する理由になるのかい? 綺麗といえばイリス、お前も大分綺麗になったな。正直見違えたよ」
「うん、その同室の人、クリスタさまっていうんだけど。クリスタさまが肌のお手入れとか色々教えてくれてね」
うんうん。こうして考えるとクリスタさまと一緒でわたしが困るのは、ペットになれとしつこい事くらいです。しつこいだけで、無理やりしようとはしてこないですし。
「そうなのかい。口はともかく、根はいい娘なのかもしれないね」
「うん! あ、でもちょっとまずいもの貰っちゃったから、今日はお父さんに鑑定してもらおうと思ってきたんだ」
「まずいもの?」
「うん、これなんだけど」
わたしが取り出したのは禍々しい意匠が施された金属性の首輪。
そう、クリスタさまがわたしにつけろと投げてきて、でも無理やりつけたりはしなかったあの首輪です。これが奴隷のための首輪だということは一目でわかるけど、具体的にどんな効果なのかまではわからない。仮にも魔道具を取り扱っているお父さんならわかるかも、そう思って今日はやってきました。
「こ、これは!? 隷属の首輪じゃないか! いったいどうしてこんなものを!?」
「クリスタさまがくれたの」
「くれた!?」
「最初はつけなさいって言われたんだけど、嫌ですって言ったらじゃあいいわって。それでそのまま持ってるんだけど」
「……いいかいイリス。この首輪を持っていることは決して他人に話してはいけないよ」
お父さんは奴隷用の首輪について説明してくれました。
わたしも簡単にしか知らないので、こういう時お父さんは頼りになります。
まず逃亡防止の魔法が掛けられた通常の首輪。これはシンプルに《拘束の首輪》というそうです。
そこへ所有者からの位置感知と簡単な命令を強制する魔法が付け加えられた犯罪奴隷用の《従属の首輪》。
最後にわたしが渡されたのが上記ふたつの首輪の効果に加えて、あらゆる命令を強制し、魔力貫通効果を持つ《隷属の首輪》です。
「従属の首輪と違い死ねと命令されれば死ぬし、身体を開けといわれれば開いてしまう。けれど、これの本当に恐ろしいところはね、魔力貫通効果のほうなんだよ」
「……え? あの、それってもしかして」
「うん、イリスはやはり優秀だね。そう、これにはあらゆる魔力を貫通して効果を及ぼす力がある。つまりね、どんな強力な魔導師だろうと奴隷にしてしまえるんだよ」
それはつまり、高位貴族の人さえ、平民が奴隷にしてしまえるという事です。
莫大な魔力をもち、国を脅かす魔物さえ片手間で払ってしまう高位貴族。
それをなんの力も無い平民がこの首輪を就けるだけで奴隷まで落せる。
それは、そう、わたしにこの首輪をわたしたクリスタさまさえ、わたしの奴隷にしてしまえるということです。
「な、ななんでそそそんなっ」
なんでそんな恐ろしいものをぽんと投げ渡してくるんですかクリスタさま!?
何を考えいてるんですか、なんでわたしからとりあげないんですか!
いや返そうとしなかったのはわたしですけど、でも、だけど!?
「落ち着きなさいイリス」
「ででででもお父さんこここれどうしよう! どうしたらいい!? あ、そうだお父さん預かって!」
「馬鹿をいうんじゃない! これはイリスが渡されたものだろう。お前が持っている分にはまだ言い訳ができるが、それを私がもってしまったらそれだけで極刑ものだよ! いったいイリスの新しいルームメイトはどこの家の方なんだい」
「ぶ、ブリューナク侯爵家です」
「はぁぅっ……」
お父さんが変な声を出しながら息を吸い込みました。
今度は真っ青を通り越して真っ白になりました。
王家の方を頂いて国を作る柱をになったブリューナク。
魔導師を貴族とし、平民と区別したブリューナク。
平民から奴隷を生み出し、恐怖で支配するブリューナク。
ブリューナク侯爵家は代々この国の平民に、いえ、貴族からさえも恐れられている大貴族です。
「とにかく、それはお前が持っていなさい」
「あ、お帰りなさい」
どこかへ旅立っていたお父さんの意識が返ってきました。
「でも、本当にいいのかな」
「いいもなにも、他に手はないだろう。それとも、そのクリスタさまにお返しするかい?」
「そうですね、それが」
ふと、わたしの耳にクリスタさまの可愛らしいお声が再生されます。
『仕方ないですわね。わたくしでもおいそれと手に入らない貴重品ですのに。その辺で適当な家畜にでも着けて遊ぶことにしますわ』
『適当な家畜にでも着けて遊ぶことにしますわ』
『遊ぶことにしますわ』
「か、返せません!」
「それはそうだね、貴族の方から一度頂いたものをつき返すだなんて、我々平民にはどだい無理な話だ」
「いや、ちが、そ、そうだよお父さん」
違います。そんな理由じゃありません。
クリスタさまはたしかにわたしには比較的お優しいです。
でも他の人には違います。
平民であるわたしが殴り飛ばされる貴族の皆さんをみて可哀想だと思う日なんて、クリスタさまと出会わなければ一生やってこなかったでしょう。
クリスタさまはそういう人です。やるといったら絶対やります。
物騒なお話がひと段落したので、お父さんにお店を案内してもらいます。
ここはわたしの家ですが、わたしは王都へきてすぐに寮へ入ってしまったので、このお店のことはよくしりません。
そして色々みせてもらったところで、ある物が見当たらないことに気がつきました。
「あれ? お父さん。あの包丁はどうしたの?」
《肉を切り刻むもの》という呪われた包丁です。いえ、いっそ鉈といったほうが近しい見た目をしているんですが。
銀行でお金を借り入れて、昔の伝手で魔道具を買い集めたお父さんはうっかりその包丁に呪われてしまいました。捨てても捨てても飛んで返ってくるのです。
刃物が飛んでくるとか物騒すぎて夜も眠れません。
だから売買契約を利用して呪いの譲渡ができたらいいなと言っていたのを思い出します。
「え、まさかもう売れちゃったの!?」
「売れたというか、まぁ処分はできたね」
「誰? いったいどこの誰にあんな物騒な包丁押し付けたの!?」
まさか本当にあれを買う人がいるとは思わなかった。
焦ります。
どこぞの貴族様に押し付けていたらどうしよう。
呪いの品の売買契約は自分が知りうる限りの商品の説明をしなければ成立しないので、ちゃんとそこを納得してもらえているならいいのだけれど。
「いや、貴族ではあると思うよ。いまのイリスと同じ服装だったしね」
「ガイスト学園の生徒に売りつけたの!? なに考えてるのお父さん!」
あそこには大貴族や王族のご子息が迷宮のゴブリン並にいるんですよ!?
「い、いや売ったとは少し違ってね、引き取ってもらう変わりに私がお金を払ったんだよ。ほんの50万ほどだが」
「借金してるのに50万も使ったの!? なに考えてるのお父さん!?」
なぜお店を始めてすぐにそんな大金を使っているのでしょうか。
わたしにはわかりません。
「呪いの武器を引き取ってもらえたんだ、足元を見られたのは商売人として悔しくはあるが、安いものだよ。ちゃんと説明書も読んでいただいたし、全てご納得の上で引き取っていただいたよ」
「お父さんの言いたいことはわかるけど。あの、本当にどこの誰かわからないの?」
「どこの、というのは学園生という事くらいしかわからないね。誰のというのも、ローブのフードを被っていたからなぁ。それでも学園の制服を簡単に手に入らないし、下手なものより身分の証明になるだろう?」
「それはそうだけど。あ、色は?」
「色? あぁ、貴族を示す赤色だったね。さすがに学園生といっても平民に魔導武器は売れないよ、たとえそれが呪われていてもね」
それを聞いて少し安心しました。
売っている道具をなぜか50万で引き取ってもらうような、商才に乏しいお父さんでも守るべきところはしっかり守っているみたいです。
「あとはそうだね、随分可愛らしいお声だったから、女の子だと思うよ。制服もフリルがついていて可愛らしい感じだったね。学園の制服というのはアレンジしてもいいのかい?」
「はっ……」
実のところ、学園の制服は3種類あります。
赤い貴族の制服。青い平民の制服。そして王族のみに許された白い制服です。
それは身分を表すものなので、改造なんてしてはいけません。
けれどひとり、ひとりだけ心当たりがあります。
貴族を表す赤い制服に、なぜか本来よりも多くのフリルをつけた改造制服を着ている人を。
えぇ、毎日同じ部屋で見ています。
「うん? どうしたんだいイリス」
「うん、大丈夫。なんでもないよお父さん、気のせいだから」
そうです、きっと気のせいです。
お父さんが言っている人の特徴がクリスタさまと似ていても。
そういえば、クリスタさまも今朝から外出すると言っていたなと思い出しても。
そう、きっと気のせいです。
気のせいですよね、クリスタさま!?
クリスタ「迷惑かけたし、今後も贔屓にしよう」




