104 わたくしただの人間相手なら負けませんわ
し、死ぬかと思った。
さすがに二度目の死因が落下死というのは勘弁してもらいたい。
スラムではいたるところで煙が上がっていた。
ここの建物は基本的に魔法による土や石製だから燃えることはない。
にも関わらずこれだけの火の手があるということは、油でも撒かれたか、或いは魔法か。
そして人々を襲う魔獣の群れ。
先日戦ったばかりの回転サソリが再び群れで現れていた。
その周辺には僕が配備していたマシュマロゴレムの残骸。魔イチゴジャムが白いボディの残骸や地面の土と入り混じり、非常にグロテスクな様相を呈している。
「虫ごときでは高貴なるわたくしの相手など務まりませんわ。ナターシャさん、貴方がお相手しなさいな」
「わ、わかった。貴女は?」
「わたくしは、そうですわね、スラムの住人でも逃がしてきますわ。どんなにみすぼらしくとも、この国の家畜ですもの」
というか一体でも苦戦した回転サソリを群れでなんて相手にできるか。
ゴブマロも修理に出したままだし、いま戦ったら絶対魔法が使えないのがバレる。
こういう時にわがままキャラは便利だよね、嫌だから戦いたくない、で納得させられるんだから。
「う、うん、みんなをお願い」
「任せなさいな」
回転サソリの群れへ収納していた六腕を開放しながら突撃するナターシャさんを見送ると、スラム民を避難させるために走り出す。
それにしても妙だな。仲間が虐殺されたばかりの場所に、知能の高い魔獣が短期間に何度も現れるか?
そもそもサソリって群れを作ったっけ? それこそ知能の高い魔獣だから、だろうか。
虫は火が苦手だけど、魔獣ならそれを気にしないのもわからなくはない。わからなくはないけど、魔獣を凌ぐ力を持った魔導騎士科のみんなだって火の扱いは慎重にする。頭では防壁を張れば平気だと分かっていても、生き物としての本能が危険を訴えるからだ。
なのに、虫がわざわざ火の手の上がる場所へやってくるか?
回転サソリは火の魔法なんて使わない。だからあの火の手は他の要因があるはずなんだ。
「きゃああ!」
「何事ですの!?」
常に聞こえていた悲鳴とは別の、より強い声に目を向けてみれば、粗末な布で顔を覆った男が女性を担ぎ上げるところだった。
いまの悲鳴はあの女性が襲われて発したものか。
「貴方なにしてますの? その女性の連れではありませんわね?」
「シッ!」
問いかけへの返答は吹き矢だった。
アレって結構肺活量が必要なんだけど、避けなければ僕の首に直撃していただろう。良い腕してる。
わざわざむき出しの首を狙ったのは服の下に鎖帷子でも着込んでいたら貫通できないからか。
この制服はガイスト学園の特別仕様だから、そんなもの着込まなくても軽い刃くらいは弾いてしまうんだけどね。
「無礼者! わたくしを誰だと」
「”エアカッター”」
「魔法!?」
飛来する風の刃を回避しきれず、わき腹を掠める。
制服が少し裂けたけど、幸い肌には届かなかった。
「貴方、スラムの住民ではありませんわね。何者ですの」
最初はスラムの住民が、火事場泥棒的に女性を襲っているのかとも思った。
けれどここはグリエンド王国。魔法の才能があるだけで下級貴族の仲間入りを果たすことが出来る、実力主義の国だ。
その国で、魔法を使える人間がスラムで明日をも知れない生活をする必要なんてない。
「…………」
「なるほど、話すつもりはないと」
「”エア」
「遅い!」
悠長に簡易詠唱をしている隙に接近し、その顔面を拳で打ち抜く。
たまらず手放した女性を受け止めると、左足を振り上げて男の急所へと猛烈な一撃を加える。
「アガッ!?」
「お眠りなさいな」
大丈夫だよ、潰れてはいないから。たぶん。
あっけなく倒れた不審者はいったん放置し、襲われていた女性の様子をみる。
幸い外傷はないようだけど、非常に見慣れた、見慣れてしまった嫌~なものが目に入る。
従属の首輪。イリスがつけている隷属の首輪の下位互換。けれどそれが意味するところは同じ、奴隷用のアイテムだ。
この女性は逃亡奴隷だったのだろうか、そう思ったけど、どうもこの首輪、様子がおかしい。
この国の奴隷はブリューナク家が奴隷ギルドを使って管理している。どんな大貴族であろうと、個人で首輪を所有することは認められず、奴隷ギルドから貸与という形をとっている。
改めての確認となるが、奴隷の種類は通常借金奴隷と犯罪奴隷だ。貴族へ無礼を働いて奴隷に落とされるとしても、それは犯罪奴隷か賠償金を払えないがための借金奴隷なので奴隷ギルドが奴隷と貴族の間に立って話を進めることになる。
しかしこの首輪、奴隷ギルドの紋章がどこにもない。
それはこの首輪がこの国で正式に作られたものではない証明であり、つまりは。
「闇奴隷、ですわね」
まさか最初から闇奴隷だったなんてことはないだろう。
倒れた不審者の懐を漁ってみれば、出るわ出るわ違法首輪の数々。
これは嬉しい。こいつを突き出せばお爺さまも僕の試験ボイコットをお許しになるだろう。
問題はこいつが単独犯なのか、あるいは。
「組織立っての犯行ですわね!」
飛んできた吹き矢を《肉を切り刻むもの》で弾き飛ばすと、その先には驚愕に目を見開く不審者その2。
わかる、わかるよ。普通こんなことされたら誰だって驚く。
吹き矢を包丁で弾き飛ばすとか、人間業じゃない。
しかし悲しいかな、僕はグリエンド王国、ガイスト学園、魔動騎士科所属だ。本物の化け物揃いなクラスメイトたちの中にいると、これくらいできてようやく人間レベルなのだ。
つまり化け物には届かないってことなんだけどね。泣けてくる。
気配を探れば結構な数の不審者──闇奴隷商がいることがわかる。魔力の気配が明らかにこの国の人間と違うのでわかりやすいのだ。
「貴方たち、このわたくしの前で尻尾を出したことを後悔なさい? わたくしはクリスタ=ブリューナク。この国の奴隷の元締めにして、あなた方の天敵、ブリューナク家の一人娘ですわ」
「!?」
闇奴隷商の驚愕が更新された隙に《肉を切り刻むもの》を投げつける。
今回は腕、ではなく脚を切り飛ばし逃げられないようにする。
「ぎゃあああああっ!?」
「そうそう、この国では資格なく毒物を所有することは大罪ですわよ、覚えておきなさい」
悲鳴を上げて取り落とした吹き矢を拾い上げ、制服の裏側へ仕舞いこむ。
毒は魔法で治せないからね。魔導師である貴族たちにとって恐ろしいのは、巨大な剣よりも一滴の毒薬だ。
さて、残りの闇奴隷商も一掃するとしますか。
「なんだおま」
「遅いですわ!」
「ぐはっ」
「”フレイム」
「通常魔法くらい無詠唱でやりなさい!」
「ぎゃあっ!?」
「食らえ!」
「騎士科のへっぽこたちのほうがマシですわ!」
「ごふ」
「ひぃ、た、助けて」
「《思いっきり投げつけるは切り刻むもの》」
「あんぎゃー!?」
弱い、弱いぞ闇奴隷商。
常日ごろから魔獣やら魔物やら魔導騎士科やらと戦っている僕にとって、ちょっと魔法が使える程度では相手にならない。これならゴブリンのほうがまだマシだ。
それでもこいつら、魔法が使えるだけであのゴブリンキングに有効打を放てるんだよな。そう思うとちょっとムカついてきた。
「食らえ、八つ当たり!」
「ぎゃあああっ!?」
これで最後か?
随分とあっけなかったけど、あとはナターシャさんがサソリを倒したら巡回騎士に通報して学園へ戻ろうか。
今からなら、急げば僕の順番に間に合うかもしれない。
レポートの読み上げは席次順だから、僕は最後なんだよね。
それがフラグだったのだろうか、もうひとり分の異国の魔力を感じてしまった。
ここが街中だったりしたら異国から来た冒険者がたくさんいるせいで分からなかっただろうけど、スラムじゃどんなに上手に隠れていても目立つね。
「それで商人さん、どこへ行こうというのかしら」
「おやおや、これはこれは。先日殿下とご一緒だったお嬢様ですね。わたくしに何かご用でしょうか?」
白々しい笑顔を向けてくるのはこの姿で一度、河屋太郎として一度、計二回出会った流れの商人、クリフだった。
「先ほどから暴れまわっていた人攫い、アレは貴方のお仲間ですわね?」
「暴れまわっていたのは貴女ではありませんか?」
「…………ふ、惚けるおつもり?」
否定できない! 否定できないから無視する。
今大事なのはそこじゃない。
「あの人攫い、全員異国の民ですわ。たしか貴方もそうでしたわね?」
「ええ、たしかに。ですがそれだけで人攫い扱いされるのは心外です」
「魔力の波長というものは、個人差がありますわ」
「それがなにか?」
「国、正確には血筋によっても差がありますの。貴方の魔力、人攫いどもと同じ国のものですのよ」
これは先日の勉強会でミゾレから習った事だ。
精霊を見ることが出来るミゾレは、その延長で魔力の見分けも得意らしい。
個人の魔力差が色であるなら、国や民族による違いは温度や形らしい。
具体的な差までは理解できなかったものの、同じか、そうでないかくらいはわかるようになった。
これは魔法ではなく純粋な技術なので魔導師じゃなくてもできるけど、この短期間でマスター出来たのはミゾレの指導がわかりやすかったからだろう。
おかげで闇奴隷商を見分けることができたのだから、感謝しなければ。
「誤解ですよ」
「話は捕まえてからお聞きしますわ。牢の中で」
「これはこれは、残念ながらお話が通じないようですね。この国の貴族には困ったものです」
どうしよう、すごく同意したい。
本当にこの国の貴族好き勝手しすぎなんだよ。僕は平穏に暮らしたいです。
おっと、クリフが背中のリュックを下ろした、妙な魔道具でも使われる前にやっつけてしまおう。
「思いっきり投げつけるは切り刻むもの》!」
「はっ!」
勢いをつけて投げつけた《肉を切り刻むもの》は、しかしクリフの取り出した武器に弾かれてしまう。肉を切り裂けなかった包丁が呪いを発動することはなく、もうひとつの、使い手から離れない呪いだけが発動して手元へと帰ってくる。
「随分とお洒落な剣ですわね。シミターだったかしら」
「ほう、ご存知でしたか。それもお洒落だなどと、人によって評価が分かれる見た目なのですが」
「あら、わたくしの武器はこれですわよ?」
見てくれよこの包丁。すごく、大きいです。
たぶんグリエンドで一番無骨で粗野な武器だよこの包丁。
でも最近はそれがまたいい、なんて思っているし、シミターの三日月型をした刃は素直に美しいと思う。
「では、これを差し上げますので見逃していただけませんか?」
「あら? よろしいの? でしたら、それも吝かではありませんわね」
クリフへと近づくと、彼はシミターの刃を横へ向け、持ち手を僕へと差し出してくる。
僕はというと武器や魔道具の収拾が趣味みたいになってきたこともあり、この綺麗な武器を手に入れられることが結構うれしかった。
「シッ!」
「ふっ!」
僕がシミターへ手を伸ばした瞬間繰り出されたクリフのハイキックを一歩引いて避ける。
股を大きく開くこの蹴りは相手に自分の急所を晒すようなもの、実戦で使うようなものじゃない。
闇奴隷商にかける慈悲はないので、そこ目掛けて《肉を切り刻むもの》を振りぬく。
しかしクリフもさるもので、脚をあげた状態で半回転し、横へ向けていたシミターの刃で包丁を受け止めた。曲芸じみた動きをするやつだ。ぶっちゃけキモかった。
「最近のご令嬢は中々お強いですね、まさか防がれるとは」
「あらあら、まさか本当にわたくしがあんなお話を真に受けるとでもお思いでしたの?」
「それこそまさかですよ。ただ、この国の貴族は魔法さえ使わせなければただの人だと思っていたのですがね」
包丁とシミターでつばぜり合いをしつつ、クリフの言葉について考えてみる。
この国の貴族は魔法が使えなければただの人。
実のところ、これは半分正解だ。少なくともお爺さまやお兄さまなら魔法を使わせなければ簡単に殺せるだろう。
例外は魔導騎士だけど、魔法と剣の両方を極めるのは至難の業なので大抵の貴族は一流の魔導師か、護身用程度には剣が使える魔導師に落ち着く。
僕は魔法が使えないのでこのいずれにも当てはまらないんだけどね。
「ふふ、わたくしに魔法を使わせたら大したものですわよ」
「大した自信ですね。ですが、わたしの目的は貴女を倒すことではありません!」
そういうとクリフは懐から魔石を取り出すと僕へ放り投げてくる。
この色、爆発系か!?
魔石本来の価値はその内にこめられた魔法にある。僕のようにクズ魔石を燃料代わりに魔導武器を起動するのは例外なのだ。
この距離でこんなもの使うなんて、こいつ戦いなれてる、ただの闇奴隷商じゃないな!?
しかしその魔石は僕の横を漂う《玉呑みのカンテラ》に飲み込まれた。
「は?」
「へ?」
お、おお! そうか、すっかり忘れてたけどそんな能力だったねこいつ!
最近ではすっかり僕の安眠を妨害する魔道具と化してたから忘れてたよ。
「く、ならば!」
貴重そうな魔石をほいほい投げるクリフだが、全部カンテラに呑み込まれていく。
これ、総額いくら分の魔石なんだろうな。
「こ、こんな馬鹿な。い、今からでも見逃していただけませんかね、これ、差し上げますので」
「生憎、ただの人間ごときに負けるほど落ちぶれていませんの。それに、欲しいものは力づくで奪い取りますわ!」
あ、いまの台詞悪役令嬢っていうより魔王っぽかったな。台詞集にメモっておこう。
世界中の魔獣がドラクエ基準なのに、何故かFF基準の魔物に囲まれて生活しているのがグリエンド国民になります。そりゃクリスタだって強くもなります。
尚その横で回転サソリ相手に無双しているナターシャさんの戦いにクリスタが巻き込まれたら蒸発する模様。




