101 わたくし避難活動に勤しみますわ
東に倒れたお年寄りあれば、行って背負って歩いてやり。
「大丈夫ですかお婆ちゃん」
「おお、すまないねぇ」
西に泣き喚く幼子あれば。
「えいっ」
「ごふ」
手刀で黙らせ運び出し。
北で争う大人がいれば、まとめて黙らせ隅に投げ。
「どけ邪魔すんじゃねえ!」
「うるせえこんなところに居られるか! 俺は王都に逃げ」
「いや君たち王都には入れないでしょうが」
「「ぎゃあっ!?」」
南で争う魔物があれば、そっと遠くから見守ってやる。
「避難活動終わったなら手伝えやあああああ!」
「だからニック達が受けた依頼なんだろう? 僕が手を出すわけにはいかないって」
「楽したいだけだろお前、そうなんだろ!?」
ははは、そんなまさか。
ただ魔法の使えない僕だと、苦労どころではすまない可能性があるから離れているだけだ。
だからと言って何もしないわけにもいかず、僕は避難の遅れたスラム民を逃がして回っていた。
途中、多少の力技はあったけど、一通り逃がせたんじゃないかなと思う。
逃がした先は王都の入り口付近だ。あの辺りは巡回騎士が見張っている。外壁のスラムまで助けに来てはくれなくても、万が一魔物がそこまで迫れば助けてくれるだろう。
巡回騎士だってなにもいじわるでスラムの民を放置しているわけじゃない。
持ち場を離れて、その隙に王都になにかあったら彼らの責任になってしまうのだ。
今回現れた魔物は危険度ランクBとかなり高位なので時間が経てばどこかしらの魔導騎士団がくるだろうけど、恐らく相応に時間が掛かる。騎士団といっても所詮は公務員のようなもの、仕事をするには手続きが要る。
これで外壁が破られそうとか、王都の民に被害が出そうとかなら話が変わってくるけど、残念ながらスラムは王都の外。王都の民とは認められていない。逃亡奴隷が紛れ込んでいるにも関わらず、捕まえられていないだけ、お目こぼしされているだけまだマシというやなのだ。
「実際どう? ひとりでなんとかなる?」
「死ぬ!」
そ、そうか。情けない即答をどうも。
まぁ、ランクBだもんなぁ。魔法が僕より得意といっても、魔導騎士科に入れなかったニックの実力はそんなものか。
だからといって僕が手を貸すわけにもいかない。
僕が侯爵令嬢であるとバレるわけにはいかない。
つまり普段使っている魔道具の類いは使えない。そして残念な事に、僕は手札全てを切りながら今日まで生き延びてきた。温存している魔道具なんてありゃしないのだ。しいて言うならこのマスクだけど、これはジェイド相手に1回見せただけだし、ニック達にはこっちの声で接しているから問題ない。
問題があるとしたら、このマスクはいま暴れている魔物、ラクタ=マキナ相手に無力だということか。
ふむ、この魔道具で出来ることといえば声を変えるくらいか。
「よかったらかっこいい歌でも歌って盛り上げようか?」
「てめぇのレイクイエムでも歌ってやがれええええええっ!」
ラクタ=マキナの豪快な掴みをすんでのところで回避したニックは、明らかに脆そうな細い脚部を切りつけながら叫んできた。
彼もまだまだ元気そうだ。
ちなみにその脚部、見た目通り脆かったのかあっさり切り裂かれたけど、即座に修復した。
アレがゴーレムなら今ので終わっただろうけど、残念ながら魔物、つまり全身魔力の塊だ。魔力が尽きない限り即座に修復してしまう。
ニックの前だと《玉呑みのカンテラ》を出せないのが悔しいな。アレが出せれば回復を妨害できるのに。
「まぁまぁいいじゃないの、ひとりでランクBモンスターを倒せたら、君だって高位冒険者の仲間入りができるかもよ? そしたら念願の魔導騎士科まで後一歩だ! じゃあ僕は逃げ遅れた人がいないかもう一回りしてくるね」
「は、待てこら、本気で行く気かってもう居ねええええええええっ! おぼえとけよタロオオオオオオォォォッ!!」
これで時間稼ぎをすればイリスやジェイドが来てくれるなら僕だって足止めくらいするけれど、今回はそういうわけじゃない。
ナターシャさんなら助けに戻ってくれるかもしれないけど、彼女にはナターシャちゃんのほうを優先してもらいたい。
さっきはラクタ=マキナが暴れまわっていた場所を中心に人を探していたから、今度は王都とは反対側、スラムのさらに外周を探してみよう。
こっち側は家もなく、本当に粗末なテントが並んでいる。ここに逃げ遅れた人がいたら、王都ではなく平原や森のほうへ逃げることになるだろう。
王都は外壁の正門側には大きな平原が広がっている。こっちは僕らがよく出入りしているから馴染み深い。
他にも川が流れていたり、森が広がっていたり、色々な地形がある。こんな摩訶不思議な土地になっている理由はこの王国を囲うように存在している四つの大迷宮の影響なのだけど、それはまた今度話そう。
この中で最も安全なのは平原だ。見通しも良く、王都の周囲なら出てくるのも平原狼くらい。とはいえ少し離れるとヴォイドレックスが出るから、戦えない人にとって危険なのは変わらない。
逆に最も危険なのが森方面。こっちは定期的に魔獣や魔物が沸いて来る。先日の回転サソリもここから来たんだろう。
え、そんな危険な森を放置しているのかって? 嫌だなぁ、定期的に焼き払ってるに決まってるじゃないか。一週間もせずに再生してるだけなんだよ……。恐るべし、大迷宮の影響。
「誰かいませんか! 森は危険です、護衛するので王都の外壁へ逃げましょう! 誰か、誰か逃げ遅れている方はいませんか!」
……いま、物音がした?
テントじゃない、どこだ? これは、森の中?
まさかここに来て魔獣や魔物の追加じゃないだろうな。そんなオーダーはしてないぞ。
「誰かそこにいますか? ご安心ください、わたしは怪しいものではありません」
とのたまう笠を被り顔の半分をマスクで覆ったポニーテールの異国風の男。つまり僕。
え、怪しいって?
黒と白を貴重としたフリル盛りだくさんの女子向け学園制服を来た貴族の三男坊とどっちがマシかって話だよね。
少し待つと、男性らしき声が返ってきた。
「怪しくないとは申しますが、ここらでは見慣れない服装ですね。失礼ですが、どちらから居らっしゃったのかお聞きしてもよろしいですかな?」
「河屋太郎と申します。タロウとお呼びください。ここより東方の大迷宮を越えてやってまいりました。いま魔物を足止めしている冒険者の方と縁がありまして、住民の避難を手伝っております」
「……なるほど」
納得してくれたのか、木の影から予想通り男性が出てきてくれた。
僕とはまた違った異国の衣装を身に着けた商人、先日クリスタの姿で出会ったクリフという男性だ。
彼は女性を左手で支えながら背負い、右腕には小さな子供を抱えている。
「助かりました、この方達を連れて逃げてきたはいいものの、こんな森に入っていいのか悩んでいましてね」
「その方達はあなたのお連れですか? 見たところ、気を失っているようですが」
「いえいえ、こんなお美しいお嬢さんが仲間ならもっと人生豊かでしたでしょう。あぁ、申し送れました、わたくしクリフと申します。わたしも他の国からやってきましてね、このスラムで商売をしていたのですが、あの魔物が暴れた際彼女らが気絶しているのを見つけまして」
「なるほど、それで見捨てられずに連れて逃げたと」
「そんなところです。このスラムは身寄りのない人も多いですからね」
闇奴隷としてか、魔獣の餌としてか、いなくなる住人が多いと話していたのも彼だったか。
そうした事情を知っているクリフからしたら、女性や子供を見捨てることができなかったのかもしれない。
「では、わたしが護衛しますので着いて来てください。外壁の近くまで行けば魔導騎士科の方がいらっしゃいますから、こんな森へ逃げ込むより余程安全ですよ」
「魔導騎士科というと、王都の学園生でしたか。学生を盾にするというのも大人としては情けない話ですが」
「たしかに、異国人のわたしたちにとってはみっともない限りです。ですが、魔導騎士科というのは高位冒険者に匹敵するつわものだそうですよ」
「そういえば、先日魔獣を倒していたのも学園生でしたね。そうそう、丁度あんな魔獣を……」
森の奥から、一匹のサソリが手を振っている。やぁ、久しぶり。そんな感じで。
汗が頬を伝うのを感じながら、それに手を振り返す僕と、女性を背負い、子供を抱えながらそ~っと抜き足差し足で外壁へ向けて逃げようとするクリフさん。
遠くで聞こえる戦闘音が一瞬消えた、瞬間。
回転サソリは身体を丸め突撃してきた!
「ですよね!」
「うわああぁっ!?」
クリフさんたちへの進路を塞ぐように立ち、グレイブの両端を掴むと転がってくるサソリへと突き出す。
ギャリギャリギャリッと大きな音を立てながらグレイブへとぶつかるサソリ。
「ぐ、重い……」
両腕が痺れ、踏ん張った足が地面を削りながら後ろへと押されていくのが分かる。
ちらっとみた先ではクリフさんが転んでいた。
ええぇぇぇ!? そこでこけるか普通! 逃げてくれたら僕もこの攻撃をそらせたものを。
「キィイィ」
「あ、やっば」
回転を止めたサソリが、丸めた身体をそのままに、尾だけを僕へと向けていた。
それは、そう、まるで狙いを定めるかのように。
次の瞬間、その鋭い尾を僕目掛けて突き出してきた。
「うわっ」
思わず横へ飛びのくと、再び回転しながら突撃してくるサソリ。慌てて進路を塞ぐ僕。再び尾を突き出してくるサソリ。最小限の動きで避けながら、サソリを抑える僕。
そんなことを幾度か繰り返すと、サソリは形状を本来の姿へ戻し、大きな鋏を繰り出してきた。
かわして、グレイブで逸らして、或いは防ぐ。
その合間に繰り出される尾がやばい。
この世界ではどんな重症も治癒魔法さえあれば治すことができる。けれど毒や病を治すことはできない。グラスリーフの町で流行っていた魔食菌は正確には病ではなく、特殊な魔獣だったから対処できただけだ。
回転サソリが尾を振るうたびに滴り落ちているアレが魔法由来の毒だったらいいなぁと思うけど、そんなわけないだろう。
魔物は魔力の塊であるがゆえ、その力はどんなに強大でも魔法で対処できる。しかしこの世界で魔力を扱えるように進化した魔獣は、魔法以外の物理的な力も備えている。
魔物と魔獣であれば、圧倒的強者なのは魔物だ。同じランクの魔物と魔獣が戦えば、勝利するのはナターシャのような例外を除いて魔物だろう。
けれどそれは、人間にとって魔獣が弱い存在という事にはならない。
「クリフさん、早く逃げてください!」
「も、申し訳ない、足首を挫いてしまって……」
「嘘でしょう!?」
このままではやばい、どうしよう、どうしよう。
「キイイイィ」
僕のグレイブを掴もうとふたつの巨大な鋏が迫り来る。
あれにグレイブが掴まれてしまったら戦う手段がなくなるし、当然僕が捕まれたら生きてはいられないだろう。
なにかないか、使えるものは……そうだ!
「ゴブマロ! 《指令・拘束》!」
「受諾シマシタ!」
ラクタ=マキナを前にして、グレイブから下ろし背負っていた風呂敷から飛び出した白い球体がゴブリン型のゴーレムへと変形。サソリの鋏を受け止める。
「ゴブマロ、ちょっと借りるよ」
僕はゴブマロの身体を何箇所かちぎりとると、サソリへと投げつけていく。
一方押さえつけられているサソリは再び変形、回転突撃を繰り出そうとしてくるが。
サソリが丸くなることはなかった。
当たり前だ、サソリの間接に投げ込まれたゴブマロの一部がそこで変形しないよう押さえつけているのだから。
ゴブマロは僕の命令に逆らうことはない。その欠片となっても、彼はサソリを拘束し続けている。
土や岩で出来たゴーレムじゃこうは行かないけれど、もとよりやわらかい素材であるマシュマロゴレムだからこその力技だった。帰ったらジェイドに直して貰わないと。こういう時自分で直してやれないのが悔やまれる。
「だけど、これで終わりだよ」
サソリが尾を繰り出してくるも、僕はそれを左手で受け止めた。
毒が身体に流れ込んで、来ない。毒を流し込む尾節と呼ばれる先端を、シュマロ状のなにかがみっちりと覆っているからだ。
右手にもったグレイブを逆手で持ち直しつつ、サソリの頭部を蹴り上げると、無防備に晒された口、正確には口部の管と呼ばれる部位が晒される。
そこへ力をこめてグレイブを突き入れる。
サソリには顎がなく、口を遮るものはほとんどない。
魔物ではないからこそ驚異的な毒をもつ回転サソリは、魔物ではないからこそ、構造的な急所が存在する。
そこに持ち手の長い剣ともいえるグレイブ深く、強く突き入れられたらどうなるか。
虫だけに生命力が強く、まだ身体は暴れているけれど、頭を潰された生き物が利口に動けるはずもない。
そこから先はゴブマロが捕まえているサソリを解体するだけの作業となった。
気がつけば遠くの戦闘音も止んでいる。決着がついたんだろう。
それにしても、僕がこれだけ苦戦する魔獣を纏めてなぎ払ったナターシャさんでも第九席なんだから、魔導騎士科って化け物だよね……。
つわものを強者って書きたいけど嘘になるしどうしようって悩んだ結果ひらがなに。
クリスタに自力で倒してもらおうと思ったら、外郭付きの魔獣は相性的に無理でした。ありがとうゴブマロ。
ところで、ゴブ"マロ"って日本っぽいなってこの話を書きながら思いました。




