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100 100話&100万&150万PV記念 閑話『幼女な養女の育成日記……義理の息子も添えて』sideシスティーナ 02

ずっとできていなかった閑話です。時間軸的には一章のラスト、二章の頭くらいとなります。

 息子から送られてきた奴隷の、ううん、元奴隷のディちゃんがわたしの娘になってから数日。このお屋敷での暮らしにも少しは慣れてくれたかしらと思い始めた頃に、それはやってきた。


 ばちばちばちぃっ! と聞き覚えのある音に香ばしい魚の焼ける匂い。


「あら、また?」


 お屋敷の玄関ホールには、再び次元魚さんがやってきていた。

 丸焼けで。


「今回のは前のものより大きいかしら」


 このサイズのお魚さんなら、大の大人だって丸呑みにしてしまいそう。最早魔獣クラスだ。

 あ、魔獣か、次元魚。


「おかあさん、どうしたの?」

「あらディちゃん。まだパジャマに着替えてなかったの?」


 ディちゃんかやって来てからというもの、彼女には日夜礼儀作法から読み書き計算、そして戦う術まで叩き込んでいる。


 もっとも体力がないので戦う術といっとも筋トレや走り込みが基本なんだけどね。


 その間ディちゃんにはずっとメイド服を着てもらっている。

 理由は三つ。


 ひとつは彼女を使用人に紛れ込ませることで、お義爺様への発覚を遅れさせるため。

 娘にしたといっても、今の私はブリューナクで、ロイルがその当主だ。

 無許可で娘を増やしたよーなんていったら面倒になるに決まってる。


 ふたつに機能的な利点。

 これは元々使用人さんの制服なのだから、細かく説明する必要もないよね。


 そして三つめは、メイド服を着たディちゃんは可愛い!

 褐色ロリメイドさん、素敵よね!


「これ、わたしが食べられたあれ?」

「そうよー」


 嫌そうに次元魚を見つめるディちゃん。

 どうやら丸呑みにされたのが相当嫌だったらしい。

 これじゃぁ彼女の新しい名前の由来が、次元魚ディメンションフィッシュから生まれたディちゃんであることはしばらく明かせそうもない。

 最悪墓まで持っていこう。


「あの、じゃあこれも誰か食べてるの?」


 言われてはっとした。改めて次元魚を観察してみる。

 とはいえ次元魚は丸呑みした存在を体内の異空間に収納しているから、外からは何か呑んでいるかは分からない。


 突如、次元魚が痙攣したかと思うと、げぼっと鳴いて口から何かを吐き出した。


「白い」

「かみ、のけ?」


 わたしとディちゃんは顔を見合せると、そっと次元魚に合掌して解体に取り掛かった。


 ごめんね次元魚ちゃん。

 恨むなら、毎回人を呑ませてこのお屋敷に突っ込ませる召喚者を恨んでね?

 

 このお屋敷に来てからディちゃんには色々やってもらったから、お魚さんの解体だって手馴れたものだ。

 綺麗にさばくとなると別だけど、内臓を傷つけないように中身を取り出すくらいはわけない。

 さてさて、いったい誰が出てくるかな? またわたしの知らない幼女だろうか。


「あらまぁ、息子だわ」

「むすこさん?」

「義理のだけどね」


 中からでてきたのは、私の義理の息子にしてクリスタのお兄ちゃん、アルドネス=ブリューナクだった。

 




「というわけだ。納得したか老いぼれ」

「なるほど、話はわかりました」


 アルちゃんから聞いた話は衝撃的だった。

 何でもアルちゃんは領地運営に使おうとしていた魔道具に乗っ取られた挙句クリスタにぶっとばされたらしい。なんで魚に食べられていたかは意識を失っていたのでわからないということだけど、まさか魔法の使えないクリスタがアルちゃんを乗っ取った魔物、ゴブリンキングを倒せるようになっていただなんて。


 ゴブリンキングはわたしからしたら雑魚も雑魚だけど、魔法の使えない人間からしたら天然の災害のようなものだ。

 ディちゃんから聞いた例の女の子を助けるために立ち向かったようだし、ママは感動で泣きそうです。


「まぁそこまでやらかしちゃったなら、領地へ帰るのは諦めた方がいいかしらね。お爺さまに見つかったら殺されそうだし」

「何を馬鹿な、わたしには領主として責任をとる義務がある。それを放棄しろというのか? ついに脳まで腐り落ちたか」

「アールーちゃーん? さっきから老いぼれとか脳が腐るとかひどくない? ママそんな子に育てた覚えはありません!」

「私とて貴様に育てられた覚えなどないわ! そもそも何がママだ、貴様が法律上義理の親だという事は認めてやるが、貴様は私どころかお爺さまより年上」


 うん?


「うん?」

「なわけがないな、うむ。このように可憐な少女がそんなわけがない」

「よろしい。アルちゃんが女性の年齢をあれこれいう、そんなゴミに育っていなくてママはうれしいです」


 危ない危ない、落ち着けわたし。

 怒りや憎しみはなにも生まない、なんてことはないけれど、お肌によくない。ストレスは敵だ。

 そもそもアルちゃんだってわたしの可愛い子供のひとり、優しくしてあげなくては。


「あの、アルドネスさま、がおかあさんの子供ということは、わたしのおにいちゃんですか?」

「……さっきから気になっていたのだが、なんだこの幼女は。新しく雇ったのか?」


 置いてけぼりにされていたディちゃんが、アルちゃんを見上げている。

 ディちゃんとアルちゃんは並ぶと身長差がすごいから、絵面が犯罪的ね。


「あ、この娘はアルちゃんの義妹(いもうと)よ。最近貰ったの」

「はあ!? 貴様、なにを勝手な、いや、貰った? 養子という事か? ふむ、クリスタは魔法が使えぬし、跡取りとして養子を迎え入れるというのであれば貴族であれば珍しい話でもないか」

「何言ってるのもー、跡取りはクリスタです。あ、この事お爺さまには秘密ね?」

「まさか言っていないのか!?」


 奴隷の女の子養子にします、だなんて言えるはずないじゃない、やだなぁアルちゃんったら。


「おにいちゃん?」

「誰がお兄ちゃんか!」

「ひぐっ」


 可愛らしく首を横に傾けつつ呟くお兄ちゃん。

 これは強い! と思ったわたしと違い、アルちゃんはお怒り気味だ。

 あー、ディちゃんが泣きかけている。こんな可愛らしい褐色ロリメイドを泣かせるなんて、悪いお兄ちゃんだ。


「ぐぬ、いや、まて、泣くな幼女、貴様に泣かれるとそこのおい……義母上(ははうえ)が恐ろしいことになるのだ」

「お、おにいちゃん」

「わかった、いや、ダメだ、せめてお兄ちゃんではなくお義兄様と呼べ」

「にいさま?」


 それにアルドネスは上を向き、横を向き、下を向き、再び上を向いてから、ディちゃんに向き直る。

 そして盛大にため息を吐き。


「もうそれで構わん」


 そう言った。

 アルちゃんが折れた! ディちゃん強い!


「さすがディちゃん! 強くなったわね!」

「はい、がんばりました!」

「やれやれ、しばらく来ない内に騒がしい屋敷になったものだな」

「アルちゃんもディちゃんを見習って強くなってね? ダメよー、魔法使えるのにゴブリンキングごときに支配されてちゃ」

「ぐぬっ。それは……その通りだな、何も言い返せぬ」


 咄嗟に言い返そうとしたアルちゃんだけど、自分がどれだけ無様なことをしたのか理解しているようで、素直に認めた。

 魔法の使えないクリスタに助けられたことも、結構ダメージを受けたのかもしれない。

 アルちゃんはよくお屋敷に遊びに来ていたし、クリスタに対して無駄飯食らいをさせるぐらいなら馬車でもなんでも引かせたほうがマシだといっていた。

 言い方はひどいけど、それはクリスタをお屋敷の外に出すべきだと言っていたわけで、素直じゃないけど弟のことを考えているいいお兄ちゃんなんだよね。ほら、さっきもディちゃんに折れていたし、お兄ちゃん適正は高いのよ。


「というわけでディちゃんと一緒に鍛えなおすこと!」

「子供のママゴトに付き合えというのか。くだらぬ、が、たまにはそれもいいだろう」





「なぜ私がこのような目に遭わねばならんのだ!」

「あ、にいさま危ないです!」

「なに、ぐあああっ!?」


 ぐちぐち言っていたアルちゃんを巨大な鉄球が引き倒していく。

 防壁魔法のおかげで怪我はしていないようだけど、訓練中に気を抜きすぎかなぁ。


 ディちゃんにぶつかったらどうするのかって?


 そこはだーいじょうぶ!

 あの鉄球は物理障壁に反応して硬度を増す魔法がかけられているから、ディちゃんにとっては大きなゴムボールくらいの衝撃しかないの。


 アルちゃんがそこに気がつけばこの訓練もさっさと終わってしまうけど、魔法以外は貧弱なブリューナク家の人間が、防壁魔法や障壁魔法を解くなんてありえない。


「子供のママゴトではなかったのか!?」

「え、これくらい子供でも平気でしょ?」

「貴様の一族と一緒にするな! いやまて、妹よ、貴様はなぜこれを平然とこなしているのだ」

「がんばりました!」

「……養子とはいえ、ブリューナク家のものであるならば当然か」


 あーあ、せっかく鉄球の仕様に気がつくチャンスだったのに、ディちゃんの言葉のせいで答えにたどり着けなかったか。

 でもそれでアルちゃんはディちゃんのことを少し認めたみたい。

 アルちゃんとディちゃんでは鉄球の衝撃が違うから、ちょーっとずるかなぁと思うけど、ふたりが仲良くなってくれるとうれしいので、ママは余計な口出しはしません。


「ええい、”風よ」

「攻性魔法はダーメ」

「ぬおお!?」


 迫り来る鉄球に魔法を放とうとしたアルちゃんに、小石を投げて詠唱を妨害する。


「これは身体を鍛えるための訓練も兼ねてるんだから、身を守る魔法以外は禁止よ禁止」

「だから何故私がこんな事をせねばならんのだ!」

「たかがゴブリンキングごときに乗っ取られちゃうような、か弱い男の子だからでしょ」


 あ、アルちゃんが膝から崩れ落ちて固まった。


「ぐぬ。わ、私はもう36歳だぞ!」

「知りません、わたしからしたら子供と変わりませーん。悔しかったらちゃんとやりきって見せなさい。ほら、ディちゃんは出来てるよ?」


 言い争うわたしたちの横で、迫り来る鉄球を無心で避け続けるディちゃんがいた。

 彼女は魔法の才能はさしてない。

 全く使えないほどではないけれど、アルちゃんが常時展開している防壁魔法を、全詠唱してやっと数秒維持できる程度だ。


 そしてこの先、その才能が伸びることもないだろう。

 普通なら。


 けれど世の中なにがあるか分からない。

 もしかしたら、何か魔法の才能を伸ばす方法があるかもしれない。

 あるいは、大きな力を秘めた道具を手にするかもしれない。

 

 けれど、どんな将来があるにせよ、ひとつ確かな事がある。

 それは、最後は体力がものをいうということ。

 病を癒す薬が劇薬なら、体力がなければ耐えきれない。 

 強い道具に反動があったなら、体力がなければ死んでしまうかもしれない。


 そしてなにより、そんな都合のいいものを手にできなかったなら、危険から逃げ切るだけの体力がいる。


 だからわたしは二人を鍛えているんだよ。

 

「ここに来たばかりのディちゃんは、迷宮に飛び込んだりしたらゴブリン一匹に押し倒されて、魔法の苗床にされるほど弱々しかったけど、今なら群れからだって逃げることができるよ」


 人はとても弱いけれど、それは弱いままとはイコールじゃない。

 何も出来ない子は、出来るようになればいいだけだから。


「ねえアルちゃん。今度何かあったとき、また弟に助けてもらいたいの?」

「ふざけるな」


 アルちゃんは歩き出す。


「私は偉大なるブリューナク家が長子アルドネス。あんな無様、二度とさらしてなるものかっ」


 現実として身体が前へ。


「おいディ、そこを退け、私の番だ」

「あ、はい!」


 けれど心もきっと、新しい場所へと歩き出す。


「ぐわああああっ!?」

「にいさま──!?」


 その場所に辿り着くのは、ちょっと大変そうだけどね。


「がんばれー! アルちゃん、ディちゃん!」


 お母さんは応援してます!

この後ここへ出荷される男爵がいるらしい。

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