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010 わたくし初めてのお買い物ですわ

 翌朝さっそく魔導騎士科へ行こうとしたところ、ロバートがやってきた。

 わざわざ教官自ら何事かと思ったら、さすがに1日では手続きが終わらなかったので明日から来てほしいとのこと。

 それなら仕方ないので今日はショッピングに変更だ。

 お爺様に言った通り魔導武器を買わなければ。


「お供いたします」

「何故いるんですの」


 イリスが学園へ向かったあと、久しぶりにウキウキした気分で買い物へ向かう僕の背後にジェイドが現れる。

 本当に何なんだ君は、忍者じゃなければ暗殺者とかの類じゃないのか。

 僕の監視役だし、本当にその可能性を捨てきれないのが怖いな。

 

 でも今回のことはお爺様に許可を頂いているし、自由に見て回りたい。

 それに素の状態の街を見て回りたいからお付が居ては困る。

 そんなの、我こそ貴族であるとのぼりをあげて歩いているようなものだ。


「けれどジェイド、わたくし、下着も買いたいのです。さすがに殿方について来られるというのは」


 自称美の女神から貰った愛くるしい顔を存分に生かしたテレ顔を見よ!

 どうだ、これで多少はひるみ。


「な、そ、それはそう、ですね。ですが、そのしかし」


 めっちゃきいてる!

 ロバートに効かなかった時は不安だったけど、よっしゃいけるぞ!

 そして僕は混乱しているジェイドを置いて寮を飛び出す。


「ってまて! お前男だろうが! 逃げてんじゃねえ!」


 背後からジェイドの、しかし彼らしくない叫びが聞こえてきた。

 おぉ、あれが彼の素なのかな?

 なるほど、そういう声を聞かせてくれるのは仲良くなれたみたいでうれしい。

 だけどねジェイド、男だろうなんて言っちゃダメだよ。最悪バレちゃうよ。

 名前を呼んでいないのは評価するけれど、この件で叱られそうになったらそこをつついてやり過ごそう。




 王都は結構広い。

 周囲をぐるっと城壁で囲まれているので、そんなもの無かった日本で暮らしていた僕からすると多少閉塞感がなくもないが、それでも1日で全ての店を回るのは不可能なほど広く、にぎやかだ。

 その中を人ごみに紛れるようにして、質素なローブのフードを目深に被った少女()が歩く。

 僕である。


 にぎやかな通りを歩いていると色々なものが見える。

 地方の名産品を売りに来ている人。

 おいしそうな串焼きを店先で焼いて売っている人。

 様々な武器や防具の店に、それを買いに来る冒険者たち。

 そして彼らをまとめる冒険者ギルド。

 

 冒険者とは様々な仕事をこなしてくれる便利屋で、主に魔物や魔獣がはびこる危険地帯での仕事をしている。

 荒くれ者も多いが、グリエンド王国では上位者であるAランクの冒険者には自由騎士の称号が与えられ、一代限りの名誉貴族となれる。

 ちなみにこの自由騎士は魔法の才がなくてもなれるのだけど、逆に言えば魔法の才がないのに貴族として取り立てて囲い込む必要があるほどの実力者ということだ。恐ろしい。


「そういや最近ゴブリンの魔石が高騰してんだって?」

「あぁ、なんでも侯爵家さまが買い取ってるらしい。理由は知らんがな」

「あんなの精力増強にしかつかえねえってのに、お貴族さまはお盛んなこって」

「ちげえねえ」


 ギルドから出てきた冒険者の会話が聞こえた。

 ゴブリンの魔石、侯爵家。買い取っているのはお爺様だろうか?

 違う気がする。

 僕にはBランクの魔石を用意すると仰っていたし、ゴブリンは最下級のEだ。

 その件は自分で買うと断ったけれど、では誰だろう。


 上のお兄様は知識はあるが短絡的で、欲望に忠実な方だ。

 そういう意味では精力増強なんてぴったりだけど、道具に頼るほど年を食っているわけではない。たしか今年で32歳。

 下のお兄様は上のお兄様にくらべれば誠実で、本当の意味でお優しい人と聞いたけれど、たしか奥さんが6人ほどいた。

 全員妾ではなくしっかりと婚姻しているから、貴族にしては誠実だろう。

 他に関係をもっている女性はいないようだし。


 まぁ、たぶんこっちかな?

 彼は今年で26歳だったと思うけど、奥さんがそんなにいたらゴブリンの魔石に頼りたくなるのかもしれない。


 少し興味が引かれたけれど、冒険者ギルドは僕のような可愛らしい女の子()が入るような場所じゃない。

 素直に今日の目標へと足を向けよう。


 そこから少し歩くと、魔道具を販売している商店が目に入る。

 『開店セール!』という(のぼり)と壁に貼られたチラシがせっかくのシックな雰囲気を台無しにしている。なんていうか『特売セール!』って売り出す日本のスーパーみたいに見えるのだ。

 飾られている魔道具は全て鎖で壁や台につながれている。

 店先の張り紙には『全商品に持ち出し不可魔法が掛けられています。購入無く持ち出すと巡回騎士団が参りますのでお気をつけください』と書かれている。

 

 巡回騎士はその名の通り、お巡りさんのような治安維持をしている騎士たちだ。

 魔法の才があるものは少ないけれど、王都で騎士をしている時点で相当な実力者だろう。

 この張り紙が事実でも、嘘でも、相当な威圧感がある。

 まぁ騎士が来るなんて嘘を書いたらそれこそ騎士の御用になってしまうので、たぶん本当のことだろう。


「いらっしゃいませお客様。本日は何をお求めでしょうか?」


 中に入ると丁寧な対応を受ける。

 貴族のようにぴしっとした服装の、壮年の男性だ。

 彼自身は貴族ではないと思うけど、その相手をするために服装を整えているのかな。


「あら、ご丁寧にありがとう。そうですわね、魔導武器はあります?」

「はい、ございます。しかしながらお客様、失礼ですが冒険者か、貴族様でいらっしゃいますか?」


 うん?

 何の確認だろう。


「あら、この店では一々客の身分を求めるの? 随分と思い上がったものね」

「思い上がるなど滅相もありません! ですが、魔導武器となりますと販売にも、ご購入にも国の許可が必要になるのです。特別な場合を除いて購入が許されているのは中位以上の、Cランク以上の冒険者の皆様と、貴族の皆様となっております」


 ほう、知らなかった。

 魔導武器について学んだ時はその特性などが気になって、販売経路は店でも売ってるくらいしか学ばなかったからなぁ。


『私もよく買っていたのよ』


 なんてお母様が仰っていたから、あっさり買える物だと思っていた。

 というかお母様、何者なんですかあなたは。

 下級貴族かなにかだと思っていたけれど、実は元冒険者という可能性が出てきてしまった。


「家名を名乗るのは嫌なのですけれど。そうね、これでどうかしら?」


 僕はローブをすこしだけはだけると、下に来ている制服を見せる。

 ガイスト学園の、貴族用の赤と白の制服だ。

 当然平民がお金を積んで買えるものではないし、着ていたら重罪である。


「えぇ、大丈夫です。大変失礼いたしました」


 それを理解し、店主は頭を下げる。

 チラッと見ただけでこの制服の意味を理解したところを見るに、中々優秀な店主らしい。


 彼の案内で店の二階へと上がる。

 魔道具はどれも高価だが、危険性を併せ持つ魔導武器となると一階にぽんと置いておくことなどできないらしい。

 ごもっともだ。


 様々な魔導武器の説明を聞きながらゆっくりと物色していると、僕の視界に巨大な肉きり包丁が飛び込んできた。

 全体的に黒いそれは、所々に赤黒いシミをのこしつつ、その刃だけを銀色に輝かせている。


「これにしますわ」


 僕はそれに惹かれるものを感じて手に取る。

 多少大きくはあるけれど、包丁だけあってよく手に馴染む。


「お、お客様それは」

「いけませんの?」


 店主さんがものすごい渋い顔と歓喜の笑顔を同時に浮かべている。

 ちょっと怖い。


「その魔道具。銘を《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》というのですが、少々わけありでして」

「でしょうね」


 こんな見た目の魔導武器がみかけだおしということはないだろう。


「失礼ですがお客様、文字の読み書きなどは」

「できますわよ。本当に失礼ですわね」

「あ、いえ、魔法文字なのですが」

「できますわよ! なんですの一体?」


 僕の言葉に申し訳なさそうに頷いた店主は、近くにあった机の引き出しをがさごそとさぐり、一枚の紙を取り出す。

 羊皮紙だろうか? 随分年代物に感じるが。


「その魔導武器と共に出土した品で、その魔導武器の説明書です。わたしが説明するよりも、直接お読みいただくのが間違いが無いかと思いまして」

「なるほど、それはそうですわね」


 その羊皮紙はわかりやすく、道具の説明書というよりも、ゲームのパラメータ表記に似ている気がした。

 まぁ、たしかに分かりやすいよね、この形式。



【《肉を切り刻むもの(ミートチョッパー)》 】

分類:殺傷用魔道具

属性:斬・呪

消費魔力:極少

特殊効果:消費した魔力ごとに【部位:肉】を持つ対象へ追加で連続攻撃を行う。避けられた、或いは防がれた場合もカウントされ、途中で中断できない。

 また魔力を注ぐことで刃を再生できる。


 なんというえぐい効果だ。肉限定というのが恐ろしい。

 ちなみに平均的な魔導武器の消費魔力は大~極大と言われている。

 この極少というのはイリスに作ってもらった温風の魔石と冷風の魔石を両手にもって1時間使用したくらいの魔力量である。

 つまり、大したことがない。


 そして僕はこの武器の曰くとやらに察しがついてしまった。


「なんとなく、わかった上でお聞きしますけれど。曰くというのは」

「はい、この説明書を読まず、平均的な魔力を注ぎ込んだものが多くいたのです。その者は相手が命乞いをするのも聞かず、死んだ後も切り刻み、肉片に変えてしまいました」

「誰もその方々に説明をしてあげませんでしたの?」


 仮にその人物が魔法文字を読めなくとも、教えるくらいしてあげるべきではなかろうか。


「それがその、魔導武器と説明書が同じ遺跡で発掘されたのはたしかなのです。ですが発掘後それぞれ別の者の手で鑑定されまして。ふたつ揃ったのがつい最近のことなのです。そしてこのふたつが揃うまで、多くの犠牲者が生まれまして」


 この魔導武器は文字通り、多くの肉を刻み続けてきたらしい。

 見た目も相まってわざわざそんな魔導武器を選ぶ魔導騎士、魔導師はいないだろう。

 あまりに売れないからか価格も酷い。

 なんとその額50万。

 700万もあれば望みのものが買えるだろうと言っていたお爺様の言葉を思い出せば、これがどれだけ投売りされているかが伝わってくるというものだ。

 

「やはりこれにしますわ」

「よ、よろしいのですか!」


 店主を驚きの声をあげる。

 そんなにうれしいのか。

 そんなに邪魔だったのかこれ。

 捨てれば良いのに。


「いやぁありがとうございます、何度捨てても帰って、なんでもございません」


 いま捨てても帰ってくるって言ったか?

 あ! よく見たら属性に斬・呪ってあるぞ、呪われてるじゃないか!


「……これ、ちゃんと買えるんですの? お金を払った後に貴方のもとへ一直線なんて許しませんわよ?」

「それは大丈夫です! 金銭を経ての譲渡は魔法契約に近いものがありますので、きちんとお客様に引き継がれます!」


 この野郎ついに誤魔化すのをやめたぞ。

 でも、それならもうちょっと足元を見てみるか。


「貴方、不用品を押し付けたいだけですわよね?」

「そ、そのようなことは」

「買うのやめようかしら」

「そんな!?」

「どうしても手放したいんですの?」

「呪いの道具は説明をしたうえで譲渡しないと手放せないのです! 引き受けてくださると仰ってくれたのはお客様だけなのですよ!」


 ついに泣きが入り始める店主。

 おい、いいのか店主、こちとら貴族様だぞ。

 一応お忍びできてるけど、制服を見たから察してるはずだよね。

 そこまでして手放したいのか、そうかそうか。


「50万ですわ」

「はい、その通りです」

「違いますわ? 50万いただけるならその武器、引き取って差し上げますわ?」

「な、何を仰っているのですか!?」


「わたくし、お金には困っておりませんのよ? ですから他のもっと高性能な、素敵な武器にしてもいいのです。もちろん、他のお店で買っても、ね?」

「う、うぐぐぐ」

「ですが50万いただけるならこの呪いの魔導武器、引き受けて差し上げてもよろしくてよ? 本当ならタダで頂いてもいいのですけれど、この武器には50万という値がつけられていますものね」


「そうです、ですから」

「ですからわたくしが50万頂いてあげますわ! だって、どちらが払う価格かだなんて、書いてありませんものね!」


 そんな、とうな垂れる店主。

 しかし呪いの魔導武器を侯爵令嬢に売りつけようとした罰としては安いと思う。

 結局その程度のはした金で呪いから開放されるならばと、僕が不良在庫の処分代として50万と魔導武器を貰うことになった。

 これで手元の資金は1050万。

 まさか増えるとは思わなかった。ウハウハである。


 ……あれ?

 今日は僕一人だったのだし、悪役令嬢を演じる必要はなかったんじゃ。

 ご、ごめん店主さん、今後も贔屓(ひいき)にするから許してね!

ある意味主人公以上に猫を被っている男、それがジェイド。

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