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001 わたくし死にましたわ

 女装主人公ものです。

 TS転生ではないのでお気をつけください。

 道祖神を崇めてはいけない。

 ん、道祖神がわからないって?

 あれだよあれ、道端にいる、由来のよくわからないお地蔵さまたち。


 彼らは善いものは勿論、悪いものを鎮めるために作られたりもするから、汚れてて可哀想だなぁと拭いたりすると、中の悪いものがあっさり憑いてきたりする。

 だからお地蔵さまを見かけても、スルーするのが安定なんだ。


「だというのに、なぜ僕はあの時拭いてしまったのか。いや、そもそも普段ハンカチもティッシュもろくに持ち歩かない僕が、なぜあの時に限ってタオルなんぞもっていたのか」

『ランニング中だったから、って聞いたわよ?』


 年明けの冷たい風が吹く川沿い。

 僕、春風 晶は薄汚れたお地蔵さまに話しかける寂しい若者とかしていた。


『美の女神に向かって薄汚れたとはなによ、薄汚れたとは』

「事実じゃないか」

 

 僕がこいつと知り合ったのは高校受験に失敗した四年前、春のことだった。

 そう、試験である以上それがどんな簡単なものでも落ちるやつというのはいる。

 それが誰でも受かる、実質面接だけの底辺高の入学試験だったとしても。


 自棄になってなにかするには気合いが足らず、かといって高校浪人するのも虚しく、なにも考えられなくなった僕はこの川辺をひたすら走っていた。


 馬鹿の考え休むに似たりと言うし、なら考えずに走ってみたのだ。

 踊る阿呆に見る阿呆、同じアホなら踊らにゃ損々、というアレだ。

 結果、疲れただけだった。

 休んでいたほうがなんぼかマシだったかもしれない。

 そうして力尽きて、倒れこんだ僕の前にいたのがこのお地蔵さまだった。

 名前は未だに知らない。

 とにかく目の前にいた。

 僕がお地蔵さまの前で倒れたというのが正しいのだけど、そのお地蔵さまはかなり汚かった。


 土汚れや苔は当たり前。

 鳥のフンはこびりついていたし、犬か猫の排泄物もくっついていた。人のものではなかったと信じている。

 とにかく臭くて汚くて、みっともなかった。

 だけど、いまの僕も他人が見たら似たようなものかと思ったら、なんか、ほっとけなくてさ。

 飲みかけのスポーツ飲料をぶちまけて、その辺の小石でごりごりとこびりついていたものを落とした。


 それでも足りず、空になったペットボトルに川の水を汲んで、お地蔵さまにぶちまけて、汗ふき用にもっていたスポーツタオルでごしごし拭いてみた。


 新品のスポーツタオルが数分でゴミになった。

 だけどまぁ、なんとか見られるようになったかなと満足して。


「うん、綺麗になったな」


 良いことしたなぁと立ち去ろうとしたところで、声がしたのだ。


『きれい?』

「おう、見違えたぞ。落としきれないとこもあるけど」


 はて?

 いまの声は誰だ?


『うえ、うええええん』

「怖っ!?」


 突然泣き出すお地蔵さま。

 それがこいつとのファーストコンタクト。

 以来四年間、友達のように接している。


 ちなみに、家族に話したところ黄色い救急車を呼ばれかけた。

 あれ、都市伝説だから実在しないんだけど、どうやら高校浪人のショックでおかしくなったと思われたらしい。


 だからこいつと友達なのは僕だけだ。


『それで、今日はなにしに来たのよ』

「用事がないと来ちゃいけない?」

『そんな気のおけない友人のように言ってもダメよ。あなた用事が、というかトラブルが起きないと来ないじゃない』


 ごもっとも。

 僕とて暇ではない。

 高校にはなんとか一浪で入ったし、1つ年下のクラスメイトたちへの見栄のために猛勉強だってした。

 浪人した時点で見栄もなにもないのだけどさ。

 でもほら、大学は浪人せずそのまま入りたかったし。勉強に励む僕を見て、貧乏なのに親は学費出すって言ってくれたからさ。


「しかし春風 晶は再び浪人したのでした」

『志望校単発受験なんてするから』

「わかってる、わかってるんだ」

『あぁ、あなた馬鹿だったっけ……』

「おう…… 」


 無言。

 一人と一柱の間に静かな時が流れる。


「なんかこう、神様パワーでなんとかならないかな」

『わたしは美の女神だからなぁ。学問はちょっと専門外かなぁ』

「時々いうけど、それマジなの?」

『マジなの。といってもこの国のじゃないけど』

「えー、小汚ないのに?」

『大分綺麗になったでしょう!』


 僕のおかげでね。


『その節はどうも』

「いえいえ」

『ところで…… 今日はいつになく顔色が悪いわね』

「あー」


 僕は馬鹿である。

 少なくとも、人より勉強はできない。

 小さい頃からよく病気になって寝込んでいるので、単純に勉強の時間が取れていないのもあるが。

 病弱だと部屋で勉強していて頭が良いと思われることもあるけど、お前らは熱でうなされながら勉強できるのかと言いたい。


 その上運動が大好きで、多少の体調不良は日常なため気にもせず動き回っていた。


『勉強云々とは関係なく馬鹿の所業よね』

「なにひとつ否定できない」

『だろうね…… うん? 雨か』


 見上げればここへ寄ったときには蒼かった空は真っ黒で、ぽつぽつと冷たい雫を零しはじめていた。

 誌的な表現とか似合わないな、普通に雨が降ってきたって言っとこう。


 さすがにこの疲れきった体で濡れるのはよくない。少しの風邪でも大事になるのが僕であり、だというのに寒空の下を走り回っているから馬鹿なのだ。

 しかしこんな僕でも倒れたら心配してくれる友人たちはいる。以前も無茶して泣かれたし、怒られもした。

 そろそろ帰ろうかな。


『ちょっと、どうしたのよ。このままじゃまた風邪ひくわよ』

「…… やばい、頭、いたい、からだ、だるい」

『はぁぁあ!?』


 これはいかん。

 以前運動中に倒れたときの感じと似ている。

 せめてもの救いは薄汚いお地蔵さまな友人の横に座り込んでいるから、倒れて頭を打つことはなさそうなことか。

 人間何メートルも落下なんてしなくても、真横に倒れるだけで死ねるからね。

 そして絶望的なのは立ち上がれず、雨は時が経つにつれ強まっていること。


 実のところ、今日は朝から体調が優れなくて、でも家にひとりは寂しいからここまで来たんだけど。

 まさかこんなことになるとは。


『こら、おい、起きなさいあきら! わたしはあなたを運べないのよ! ねぇ!』

「ふふふ、みんなには、僕は強く生きたと伝えて」

『いやいやいや受験失敗のショックで走り回った挙げ句雨のなか死亡とか無様すぎるから!』

「…… たし…… か、に?」


 あ、これは本格的にやばい。

 あぁ、でもまあ、いいか。

 最近抱えてたトラブルは一通り解決したし。思い残すこともあんまり、ない、し。


『…… あきら? 本当に死ぬわよあなた。ねぇ、こら! あなた、まだなにもしていないじゃない。わたしを綺麗にして、病弱なくせに友人のために駆けずり回って、人並みになろうと必死に勉強して、まだそこまでしかしてないじゃないの!』


 なんだろう、お地蔵さまが僕を褒めてる。

 いつも憎まれ口ばかりなのに、これが冥土の土産というやつかな。


『認めない、わたしは認めないわよ。このわたしが、美の女神が一方的に綺麗にされて、恩ひとつ返せず勝ち逃げされるだなんて』


 なんだそれ、僕は薄汚いお地蔵さまを綺麗にしただけだ。恩なんか感じられるものじゃない。

 というか手足すらない分際でどうやって恩を返すっていうんだ。片腹痛い、あっはっは。


 あぁ、そうだ。

 最後になるならちゃんと言っておかないと。

 そうだよ、僕はお地蔵さまを、ちゃんと綺麗にしたんだから。


「うん、そうだね。いまのお地蔵さまは綺麗だよ」

 

 それが僕の、春風 晶の最後の言葉で。


『わ、わたしの真の姿はこんなものじゃないわ! 仕方ないわね、本当ならわたしの再臨用の肉体だったけど、あなたにあげるわ。この姿でいるのが長引いちゃうのは嫌だけど、わたしの本当の美しさ、その身で体感して感謝なさい!』


 それが、春風 晶が聞いた最後の言葉だった。





「そろそろ学園に到着いたします。お分かりとは思いますが」

「大丈夫、お爺様を裏切るようなことはしないよ」


 燕尾服に身を包んだ茶髪のイケメンに、可愛らしい、甘ったるい声で応える。

 馬車の扉に嵌め込まれた、この世界にしては綺麗なガラスに映っているのは、長い、くるくると癖の強い白髪をツインテールにした、お嬢様ぜんとして愛くるしい、しかし感情に乏しい顔と桃色の瞳。


「言葉使いも御直しください、クリスタお嬢様」

「そうだね…… そうですわね」


 そう、学園の門をくぐれば僕はクリスタ=ブリューナク侯爵令嬢だ。

 こんな男らしい言葉遣いではいけない。

 納得していた。

 というか、どうでもいいと思っていた。

 お母様に泣きながら謝られて、お爺様に命令されて、お父様やお兄様たちには表向き存在しないものとして扱われていても、気にしていなかったのに。


 たしかにこの瞬間までなんの感情も動いてはいなかったのに。

 馬車を降りて、学園の門をくぐったその瞬間に、僕の脳には前世の記憶が甦った。


 ここは魔物蔓延る異世界が一国、グリエンド王国。


 そこの貴族、平民問わず優秀な者のみを受け入れるガイスト学園。


 その学び舎に僕は伝説の武器もなく、チート能力もなく、別に天才というわけでもないのに入学することになった。


 ふりふりのフリルがついた学園服を身に纏い。

 クリスタ=ブリューナク侯爵令嬢として。


『わたしの美しさ、その身で体感して感謝なさい!』


 僕の友人で、自称美の女神なお地蔵さまの言葉が思い起こされる。

 きっと、この姿は彼女の真の姿とやらか、それに近しいものなんだろう。

 なるほど、納得の美しさ、愛らしさだ。

 前世でこの姿を見ていたら、お地蔵さまに惚れていたかもしれない。


 しかしその姿にされても、困る。

 とても困る。

 こんなことなら前世の記憶なんて戻らなくてよかった。

 感情のないお人形のままがよかった。


 だって、だってさ、生えてるんだよ!

 こんな愛らしい見た目してるけど、こんな可愛らしい声だけど。

 侯爵令嬢として学園に入ることになったけど。


 僕、今生(こんじょう)でも男なんだけど!?

 果たしてこの作品に悪役令嬢タグをつけてよかったのでしょうか。


 そしてこの作品を予約投稿した時から風邪に苛まれています。

 浪人して病死した挙句女装させられた主人公の怨念でしょうか。

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