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正義令嬢VS悪役令嬢シリーズ

正義令嬢VS悪役令嬢~復活の悪逆令嬢編~

作者: 白銀天城

 悪あるところに正義あり。光あるところ必ず闇がある。正義と悪は表裏一体。どちらも絶えることはない。それは、悪役令嬢と正義令嬢の戦いもまた、絶えることはないという悲しき宿命を意味していた。


「緑茶というものは……紅茶とはまた違った趣がありますわね」


 正義令嬢の若きエース マリアベル。流れる美しい金髪と、晴れやかな青空のような瞳。令嬢界でもトップクラスの美貌である彼女は、午後のティータイムに興じていた。


「和室とは落ち着くものですわね。作ってみて正解でしたわ」


 自分のお屋敷でいつもの紅茶とクッキーから、和室で緑茶と和菓子に変更。

 この気まぐれが思いのほか気に入ったようである。

 和服も不思議と似合っていた。


「マリアベル様。失礼いたします」


「あら、セバスチャン。どうかしまして?」


 やって来たのはセバスチャンマーク2零式。執事を輩出するセバス星の出身である万能執事だ。

 白髪と髭にモノクルが似合う、ダンディな髭紳士である。


「それが……よくない噂を耳にしまして」


「噂? ただの噂で報告に来るとは、余程のことなのですわね」


 マリアベルの信頼は厚い。噂程度ならきっちりと調査し、問題があれば処理することなどセバスチャンならば容易なのだ。


「はっ、まだ調査段階ですが、悪逆令嬢が……令嬢ファイトで何人もの令嬢を血祭りにあげていると」


「悪役令嬢が……ですが令嬢ファイトが行われているのならば、勝敗はつきものですわよ」


「お言葉ですが、悪役ではございません。悪逆令嬢にございます」


 悪逆令嬢。悪逆非道という言葉の語源となった最悪の令嬢である。あまりにも冷酷、残忍であるために当時の正義令嬢と悪役令嬢が最果ての銀河へと封印した存在。その恐るべき令嬢パワーは全宇宙を震撼させた。


「それが何故今になって……」


「わかりませぬ。しかし、善悪の区別なく令嬢が倒され続けております」


「どういうことですの? 悪役令嬢まで倒す必要がどこに……」


 そのとき、突然テラスから高笑いが聞こえ始めた。


「オオーッホッホッホ! オオオオーッホッホッホ!!」


「こっこの古典的で全力投球な高笑いは!?」


「見つけましたわよ! 正義令嬢のエース!」


 テラスで高笑いを決めている謎の令嬢。金髪をいくつもの縦ロールにし、光に反射して七色に輝くドレスを身に纏う、美しさの中に異常な威圧感を放つ来客であった。


「この令嬢パワーはいったい……?」


「あの方こそ、巷を騒がせている悪逆令嬢スピカ様でございます」


 セバスチャンの顔が青ざめている。どんなときも平静を保ち、マリアベルに仕えてきた万能執事がうろたえていることが、この事態の高い危険性を示していた。


「ごきげんよう、悪逆令嬢スピカですわ」


「ごきげんよう。正義令嬢マリアベルと申します」


「さて、マリアベル様。貴女に令嬢ファイトを申し込みますわ」


「令嬢ファイトから逃げることはありません。しかし、そちらの目的がわかりませんわ。正義・悪役関係なく倒していると聞きました」


「ふっ、そんなもの復讐に決まっていますわ。ワタシを封印した令嬢とその子孫を根絶やしにし、この世界を恐怖と絶望で彩る……そのフィナーレこそ、封印の主犯である憎き正義令嬢の子孫であるマリアベル様の命で飾りたい。それだけですわ」


 恐ろしいほどに獰猛な笑みを浮かべて語るスピカに、マリアベルは動けずにいた。

 今までの敵とは格の違う、別次元の強さを感じ取ったのである。


「それでは明日の令嬢ファイトをお楽しみに。オオオオーッホッホッホッホ!!」


 高笑いを残し、いつ消えたのかもわからぬ速さで去っていった。


「これは……今までよりも刺激的な演目になりそうですわね」


 マリアベルの心には、圧倒的な悪逆令嬢のパワーと高笑いが、いつまでも残っていた。



 そしてついに、令嬢ファイト当日がやってきた。

 今回令嬢ファイトが行われるダイヤモンド製のリングは、コーナーポストが純金。ロープが最高級シルクでできている豪華絢爛なものである。


「逃げずに来た事は褒めてさしあげますわ、マリアベル」


 リングの中央で、純金の扇子をもてあそびながら視線を送るスピカ。

 何気ないしぐさの中にも一分の隙もない。令嬢が放つにしては殺気が強すぎるのだ。

 リングそのものが彼女の殺気で塗り潰されているかのように歪んで見えるほどである。


「正義令嬢に勝負から逃げるなどという選択肢はございませんわ。とうっ!!」


 優雅に華麗にリングへ飛ぶマリアベル。その間にも髪や服が乱れることは無い。名家の令嬢なのだから、いかなるときでも礼儀正しく、美しくあらねばならないのだ。


「さあ、始めましょう。絶望の舞台を」


「正義令嬢として、絶望など希望に変えてみせますわ!」


 全令嬢の未来を賭けた死闘の幕が上がる。


「悪逆令嬢スピカ、参りますわよ!」


「正義令嬢マリアベル、よろしくお願いいたしますわ!」


 両者ともリング中央に走り、渾身の令嬢チョップを放つ。

 白と黒の閃光が弾け、激しくも美しい火花が散る。


「ふん、この時代の令嬢は、正義も悪も軟弱ですこと」


 微動だにしないスピカとは対照的に、マリアベルは二歩ほど後退する。


「やはり……強い!」


 マリアベルには理解できてしまった。自分がチョップを一度放つ瞬間、スピカは三発すでに入れ終えていたということを。人知を超えた驚異的なスピードである。


「じわじわと、実力の差を魅せつけてから、始末してさしあげましょう。オオーッホッホッホ!!」


 突然スピカの姿が消える。何故消えたのか、その動きを認識できねば判断が遅れる。

 マリアベルにとって、その数秒が命取りであった。


「消えた!?」


「どこを見てらっしゃるのかしら? はあぁっ!!」


 スピカ愛用の黄金扇子が翻り、金の衝撃波が生じた。

 避けきれないマリアベルは、勢いよくロープまで吹っ飛ばされる。


「うああぁぁ!?」


 反動でリング中央まで投げ出されると、そこには複数の金髪縦ロールをまとめ、一つの巨大なドリルへと変えたスピカが待ち受けていた。


「ゴールド・ビューティー・ドリル!!」


 黄金のドリルが、金色の令嬢パワーで超高速回転して襲いかかる。


「きゃあああぁぁぁ!?」


 太古の昔より、令嬢が武器を持つことは無粋とされてきた。

 優雅さに欠け、まるで兵士のように武器を手に取り戦うなど野蛮極まりない。

 そこで令嬢達は戦闘用に縦ロールという髪型を開発した。


「これぞ、古代令嬢奥義ですわ! オーッホッホッホ!!」


 縦ロールを薄くすれば、刀のように鋭くしなやかなムチに。

 複数集めれば、全てを貫くドリルへ。変幻自在の令嬢殺法へと進化した。

 しかし、令嬢パワーを操るセンスが必要であり、なおかつ資質を備えていなければ使えないことで廃れていったことは、令嬢界ではあまりにも有名である。


「くっ、こうなれば……」


 令嬢パワーを解放して空中へと逃れたマリアベルは、側面からスピカに急襲をかける。

 令嬢ドリルとは貫くもの。勢いが凄まじくとも、取り回しのきくものではない。

 ましてや巨大なドリルを作ってしまったのは、勝利を確信したスピカの驕りであった。


「いきますわよ!!」


 スピカの体を掴み、再び空中へと舞い戻ると、正義令嬢のパワーで巨大な正義の嵐を作り出す。


「正義令嬢奥義――――婚約破棄ハリケーン!!」


 婚約破棄ハリケーン。それはまるで嵐のように過ぎ去る愛と恋。友情と愛情。身分の差。望まぬ婚約。そんな令嬢必須の青春を力に変え、竜巻と共に高速回転しながら相手をリングに突き刺す必殺技である。


「いいでしょう。受けてさしあげますわ」


 リングに叩きつけられる直前、スピカは防御行動をとらなかった。

 まるで焦りが感じられない態度が、マリアベルの胸に嫌な予感を植えつける。


「確実に、確実に決まったはずですわ……」


 婚約破棄ハリケーンを受け、リングに倒れているスピカの顔は晴れやかであった。


「オオーッホッホッホ!!」


「なっ!? そんな!?」


 スピカが高笑いとともに起き上がる。ほこりを払ったドレスには傷一つ無い。

 ノーダメージ。それはマリアベルにとって、とてつもない衝撃であった。


「オーッホッホッホ! この時代の正義令嬢がこの程度とは……まったく嘆かわしいことですわ!」


「どうして……?」


「ワタシのヘルジュエリードレスは、あらゆる宝石を令嬢パワーで糸状にし、特別な製法で編み込まれた、この世に一つの究極ドレス。このドレスの前では、どんな技であろうとも無駄ですわ!!」


「ならば……無駄かどうか、徹底的に試すまでですわ! はああああぁぁぁぁ!!」


 マリアベルのブロンドが輝き世界を染める。誰もがその美しさに見惚れるその僅かな時間。

 一秒にも満たない刹那に彼女のドレスは純白のウエディングドレスへと変わる。


「う、美しい……これが伝説の……しまった!?」


 そのあまりの美しさに世界すらも息を止め見入ってしまう。

 時は止まり、マリアベルだけの時間が流れた。


「捕まえましたわ!」


 スピカが意識を取り戻した時にはもう、天空にて身動きが取れないほど固定され、マリアベルの技から抜け出すことなど不可能であった。


「正義令嬢究極奥義――――ごきげんようバスター!!」


 繰り出される脱出不可能な究極奥義。令嬢の全てが詰まった業。

 磨きをかけたその美技が、スピカに迫る。


「ヘルジュエリードレスよ! ワタシを守るのです!」


「そのドレスの防御力を超えて、倒すのみですわ!」


 落下したスピカは、リングに激しく叩きつけられた。

 その光景は誰もが令嬢ファイトの決着を意味していると、そう思うほどである。


「ぐっ、がはっ!? 流石に伝説の花嫁令嬢……ですが、やはり半人前ですわね」


 スピカは立ち上がった。ドレスも傷がつき、高笑いもできないながら、まだ立ち上がってきた。

 そのことに驚きつつも、マリアベルは別のことに意識がいっていた。


「花嫁令嬢? なにをおっしゃっていますの?」


 初めて聞く言葉であった。自分の姿のことであると、奇妙な確信がある。


「知らずにその姿になっているとは……宝の持ち腐れですわね」


 そんなマリアベルを察したのか、スピカはゆっくりと語りだした。

 スピカの口から語られる衝撃の事実。それは、彼女が悪逆令嬢と呼ばれることになる原因でもあった。


「令嬢であるからには、望まぬ婚約、婚約破棄、断罪やざまぁからの令嬢ファイト。これらはお約束ですわ。正義令嬢であろうが、悪役令嬢であろうが、それが物語であろうが存在し、令嬢の生き様にかかわるもの」


 令嬢の歴史は古い。婚約破棄・ざまぁ・断罪や追放を避けるために行動するもの、人格が変わるものから別世界からの召喚者など多種多様である。

 数多の令嬢が誕生し、沢山の男性に囲まれながら楽しく暮らすものや、乙女ゲームのなかで運命に抗ったり、クリアを目指したり、特殊能力に目覚めたりするのだ。


「そしてなにかあれば令嬢ファイトで決着をつける。それが令嬢の掟であり証ですわ」


「ええ、それは私も存じております。それが令嬢であり、令嬢ものの最もメジャーな展開ですわ」


「しかし、ごくまれに大恋愛の末、意中の殿方と恋愛結婚をし、妨害もされずに結婚式を迎える令嬢も存在いたします」


 その幸せに満ちた世界で、花嫁衣裳を身に纏うことができた令嬢は、愛という名の無限の力を手に入れることができる。

 その力は正義・悪役関係なく、全てを超えた伝説の存在であるという。


「セバスチャンに聞いたことがありますわ。おとぎ話だとばかり……」


「ワタシも実在しているのを見たのは二度目ですわ。封印される前のこと、究極の力を求めたワタシは、実際に花嫁になるために、当時最高峰の王子様を手に入れようとした。しかし! 選びに選び抜いた最高の王子は! もう貴女の先祖が手に入れていた!」


 そして結婚式の最中、王子から送られたドレスが輝きを放ち、マリアベルの祖先は花嫁令嬢として覚醒した。


「最高の王子を奪われたことで、ワタシの計画は潰れた。それからは独自に花嫁令嬢か、それと同等の力を求め続けた。ですがとうとうその力を得ることができなかった。どれだけの勝利を積み重ねても、どれほどレッスンに打ち込もうとも、お稽古事を増やそうとも、礼儀作法から容姿を磨くことにいたるまで、完璧だったのに。誰よりも強くなったのに!!」


 スピカの時代では、誰も彼女に勝てなかった。令嬢ファイトはもちろんのこと。礼儀作法も料理も茶道もダンスも、あらゆる才に恵まれていた。

 だが、花嫁令嬢になることができず、それが彼女を狂わせた。


「花嫁令嬢になどなれなくとも、最強になることはできると証明するため、強者を求め、片っ端から宇宙を渡り歩き、星を滅ぼし、銀河をこの手にすることで花嫁令嬢を超えたかった」


「そして悪行の数々が知れ渡り、令嬢達の手で最果ての銀河へ封印された……」


「ええ、花嫁令嬢とて一人では封印などできなかった! 最高の王子を手に入れておきながら、幸せに溺れ、衰えた花嫁令嬢を見た時は悲しかった。何故ワタシは有り余る才能を持ちながら、あの王子を手に入れられなかったのか!」


 怒りをあらわにするスピカからは、令嬢の優雅さは消えていた。

 彼女の胸にあるのはただ憎しみのみ。


「花嫁令嬢になるため、その王子様でなければならない理由がありまして?」


「最強のワタシに相応しいのは最高の王子のみ! 有象無象など眼中に無しですわ!」


 マリアベルは、何故スピカが花嫁令嬢になれなかったのか、おぼろげに理解した。


「貴女が何故その姿になれているのか、やはり王子か、それともあの女の血がそうさせるのか」


「私がどうしてこの姿になれているのかはわかりません。それでも、貴女がなれなかった理由はわかります」


「なんですって?」


「悪逆令嬢スピカ。あなたは力を求めるあまり愛を育み、他者を思いやる事ができなかったのですわ。ドレスに負けない清らかな心。令嬢魂が濁っていては、花嫁衣装の引き立て役になってしまう」


 自分以外を認めず、力だけを求めた結果であった。

 愛を知らず、ただ強さを求めるスピカは、花嫁令嬢とは別の方向へ成長したのである。


「愛? 愛があろうがワタシに勝てる令嬢などいなかった! 愛は令嬢を堕落させる! 故に強者に愛など不要! 貴女こそ、婚約すらしていない。愛などわからぬくせに!」


「確かに私もまだ愛も恋も知らぬ身。でも、それでも大切な人達がいる。この胸に友情と正義がある限り、この世界を壊させはしない!」 


「諦めなさいな、マリアベル。当時の令嬢ですら封印するしかなかったワタシを……半人前の貴女がどうこうできるはずがなくってよ」


 スピカの縦ロールが細く長いものへと変わる。

 十本のロールは音速を超えてマリアベルの体に巻きつき、自由を奪う。


「うっ……くぅ……ほどけない……私の令嬢パワーを遥かに上回っている……ご先祖様が封印するしかなかったというのも納得ですわ。これは……少々厳しいですわね……」


 一度に令嬢パワーを使いすぎたためか、ウェディングドレスから普通のドレスに戻ってしまう。

 必死の抵抗もむなしく、絡みつく縦ロールはほどけない。


「ドレスに傷をつけたその力を認め、ゆっくりと首を絞めて殺すといたしましょう」


 絶体絶命のマリアベル。その命が散ろうとしているその瞬間であった。

 突然リングに真っ赤なバラの花が舞う。その花びらは意思を持っているかのように縦ロールを切断していく。


「これは……なんですの? ワタシのリングを令嬢の血以外で染めるなど、認めませんわよ!!」


「スピカの力ではない? いったい……誰が……?」


 正体不明のバラに、その場の全員が困惑していた。

 舞い散る花びらは、入場口からリングまで、まるで真紅の絨毯のように文字通り花道を作り出す。


「やれやれ……なんてザマですのマリアベル。わたくしに勝ったくせに、簡単に負けるなど許しませんわよ」


「どちら様ですの? 正義令嬢の処刑を邪魔するなど、ただではおきませんわよ?」


 優雅に、淑やかに、見るものを魅了する、誰もが息を呑むその姿は令嬢の鑑。

 艶やかな黒髪をなびかせ、黒のドレスの胸に一輪の赤いバラ。


「マリアベルを倒すのはわたくし、悪役令嬢ローズマリーただ一人ですわ!!」


 マリアベル宿命のライバル。悪役令嬢ローズマリーの姿がそこにあった。


「マリアベル、貴女を倒すために……地獄の底から這い戻って来ましたわよ!」


 バラにより戒めより解放されるが、思わぬ乱入者に一瞬思考が遅れるマリアベル。

 その隙に跳躍し、ローズマリーはリングへと躍り出た。


「ローズ……マリー……? 私を助けに?」


「勘違いなさらないでマリアベル。貴女が負ければ、ライバルであるわたくしの株も落ちる。だから渋々来てさしあげただけですわ」


「そう……ありがとうローズマリー」


 かつて死闘を繰り広げた友人でありライバルの登場に、マリアベルの闘志に再び火がついた。

 友情に燃える気高き魂は、マリアベルの体を純白のウェディングドレスで包み込む。


「ふん、悪役令嬢など、ワタシの下位互換に過ぎませんのよ? そんなものが一匹増えたからといって、なにができるというのです?」


 正義・悪役どちらの令嬢パワーをもってしても、封印するしかなかった最強の相手である悪逆令嬢。

 対抗するにはあまりにも力不足であると。そう考えても無理はなかった。


「確かに、悪逆令嬢は一つの進化の形なのかもしれませんわ。それはわたくしも認めましょう。ですが! 自身の非道な行いに酔いしれ、優雅さを失った進化は……そこで終わりですわ!」


 自信に満ち溢れたローズマリーの笑みは消えることはない。

 レッスンの果てに見つけた、新しい力が彼女の令嬢魂を動かしているからだ。


「ならばワタシこそが究極の令嬢。進化の到達点であるという証明に他なりませんわね」


「それはどうかしら。はああああぁぁぁ………………今こそ限界を超え高まるのです! わたくしの令嬢パワー!!」


 ローズマリーの令嬢パワーが爆発的に膨れ上がり、天高く黒い光が立ち昇る。


「これが……わたくしの新たなる力ですわ」


 光が収まり、全員の目がローズマリーに釘付けになる。

 そこにはマリアベルとよく似た、黒いウェディングドレスを身に纏うローズマリーの姿があった。


「そっそれは!? その姿は!? バカな……ワタシにもできなかったものが……こんな……こんな半人前の小娘に!? ありえませんわ! 正義令嬢に負けるような悪の面汚しにできることではありませんわよ!」


「半人前だからこそ……負けたからこそ、わたくしも自分の力の無さを呪い、怨みましたわ。どうやってもマリアベルに勝てるビジョンが浮かばない……そんなわたくしは、貴女と同じく闇に飲まれかけたのです」


 悪役令嬢としての自分に限界を感じていたローズマリーは、トレーニングをゼロからやり直し、改善と研磨に終始した。それでもマリアベルには届かない。スピカと同じ道へ向かう寸前であった。


「絶望の中で邪道に堕ちかけていたわたくしを引き戻したのは……納得いきませんがマリアベル、貴女でしたわ」


「私が……?」


「ええ、このまま自分の心に負け、無様でみじめに悪役令嬢の誇りを捨て去ってまで勝ったとして……

果たしてそれは本当の勝利なのか。勝利を思い描く時、マリアベルの失望した顔しか浮かばなかったのです。ふふっ……嫌なものですわね。唯一ライバルと認めた相手に失望されるというのは」


 ローズマリーは笑顔だった。自分の苦しみを吐露しているというのに、その姿は令嬢としての気高さが確かに感じられる。


「そんな自分に腹が立ち、強くなるために気高さ、優雅さを忘れた自分を吹き飛ばすように全身全霊の力を解放した時、とても爽やかで心が満たされていくのを感じましたわ」


 それがローズマリーの花嫁令嬢へと変身したいきさつであった。


「そこからはマリアベルに追いつくために、一日千回のごきげんようを一万回にしましたのよ」


「一万回!? ごきげんようを一万回も……貴女死ぬ気ですの!?」


「ふっ、正義令嬢全滅まで、おちおち死んでなんかいられませんわ。それに、特訓のおかげでわたくしの令嬢パワーはざっと千倍。今なら社交界でも視線は独り占めですわ」


 地獄の特訓は、彼女をお嬢様として大きく成長させたのだ。きらびやかな宮殿の中央に設置されたリングに、自身をこれでもかと咲き誇らせる姿は、悪役令嬢として確実に一段上のステージに上がった証拠だった。


「バカな……小娘が……ワタシに届く事の無い矮小なパワーで……花嫁令嬢として進化するなどありえない!!」


「足りない分は友情で補えばいいだけですわ!」


「スピカにやられ過ぎておかしくなったのかしら? ライバルだと言っているでしょう」


「ライバルと友情は両立できないものではないわよローズマリー」


「ふん、もうなんでもいいですわ」


 笑顔を絶やさぬマリアベルと、呆れ顔だがどこか優しい雰囲気のローズマリー。

 お互いの実力を知るもの同士の繋がりがそこにはある。


「正義令嬢と組むなんて……腸が煮えくり返りますが……あの方を生かしておいては令嬢の恥。一時手を組むしかありませんわね」


「私は嬉しいわ、お友達と組めるなんて。よろしくお願いいたします。ローズマリー」


「何人増えようとも無駄ですわ! ワタシのヘルジュエリードレスは無敵! どんな令嬢だろうとひれ伏すのです!」


 純金の扇子で口元を隠し高笑いを決める。その姿は正しく悪逆令嬢であった。


「もとより令嬢道は茨の道。無敵だろうと不死身だろうと乗り越えて」


「正義と悪の誇りを掲げるだけですわ!!」


 二人の目に迷いはなかった。今ここに、正義と悪の最強令嬢タッグが誕生した!


「戯言を! ゴールド・ゴージャス・バインド!!」


 二人を捕らえるため、復活した縦ロールが数を増やし一斉に迫る。


「バラよ。下品な戒めを許してはなりませんわ!」


 ローズマリーの作り出したバラのツルが、縦ロールを捕らえて離さない。


「小癪な!!」


「いきますわよローズマリー!」


「ええ、よろしくってよ! マリアベル!!」


 音速の壁を越え、光速に近づく二人。

 あまりにも速いため、白と黒の線と化しリングを飛び回り埋め尽くす。


「まずはわたくしの奥義からですわ!」


 二人でロープを引っ張ってはスピカに次々絡ませる。

 元の位置に戻ろうとするロープはギリギリと身体を締め付けていく。


「悪役令嬢奥義――――ざまぁローズホールド!!」


 ローズマリーが胸のバラをロープに突き立てると、ロープも茨も黒く染まり、赤い電撃が縦横無尽に駆駆け巡る。


「ぐあああぁぁぁ!?」


 ヘルジュエリードレスにできた僅かな傷から、スピカの体に電撃が染み込んでゆく。

 バラは徐々にパワーを奪う効果も存在する。時間が経てば経つほど有利になるのだ。


「こんな……ものおおおおぉぉ!!」


 必死にもがいて脱出したスピカに二人の暴風が吹き荒ぶ。


「婚約破棄ハリケーン!」


「ダーク婚約破棄トルネード!」


 正義と悪は表裏一体。悪役令嬢もまた、婚約破棄を経験するものが多い。同じタイプの技を使えても不思議はない。赤き稲妻を纏った漆黒の竜巻は、マリアベルの放つ技とは逆回転でスピカを挟み込み、天高く打ち上げた。


「正義令嬢奥義――――乙女心インパクト!!」


 マリアベルの右手に集った令嬢パワーを練り上げ、相手の胸に押し付け浸透させる。

 やがて体内に入り込むと内側から全衝撃が炸裂するという、恋に胸が張り裂けそうになる思春期の乙女心を表現した奥義である。


「ぐ……がはっ!?」


 内側からの衝撃でドレスが砕け、さらに高く飛んだ三人は宇宙へと昇る。


「決めますわよ!」


「一度だけ、正義と悪の力を一つに!!」


 右から正の力を、左から負の力を流し込まれ、言葉も出ないほどに追い詰められるスピカ。

 全宇宙を苦しめた悪逆令嬢に終わりの時が来たのだ。


「ダアアアアブル!!」


「ごきげんようバスタアアアァァ!!」


 抗う術など存在せず、スピカは一直線にリングへと落下し大爆発を起こした。


「こんな……こんな小娘どもに……うああああああああああああぁぁぁぁ!?」


 衝撃に耐えられず砕け散るリング。粉々になっても勢いは止まらず、地面に大きなクレーターを作る。

 悪逆令嬢スピカは、その野望と共に消えた。

 残ったのは勝者であるマリアベルとローズマリーのただ二人。


「厳しい戦いでしたわ……私一人では勝てなかった」


「やれやれですわ。悪逆令嬢……あんな化け物が令嬢界に存在するとは。世界は広いですわ」


 世界の危機は去った。二人の令嬢により全宇宙崩壊の危機は免れたのである。


「本当に助かりましたわローズマリー」


「礼など不要ですわ。いいことマリアベル。わたくしに負けるまで、なにがなんでも勝ち続けなさい」


「ええ、よろしくってよ。貴女ともう一度戦うまで、私は令嬢としてどこまでも強くなります」


「それだけ聞けば十分ですわ。では、ごきげんよう」


 真紅の花びらに包まれて、ローズマリーは姿を消した。


「令嬢の力は……道を誤れば世界を破滅に導いてしまう。スピカはそれを教えてくれた。私も日々精進ですわね」


 正義と悪は表裏一体。どちらも外道に堕ちる可能性を秘めている。

 しかし、この世にマリアベルのような清い心の令嬢がいる限り、世界は平和であるだろう。

 令嬢達の戦いは続く。


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