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【Marble〜触れられない物〜】

作者: こもれび



 「おい。ブラ透けてんぞ、お前」



飽きもせず夏を暑くする太陽の元、隣を歩く優のカッターシャツは薄く汗ばんだ肌に張り付いていた。



 「うっさいわね、暑いから仕方ないでしょうが。あんまり見てるとお金とるわよ」


 「こっちのセリフだ。迷惑料欲しいくらいだよ」


なにを〜っ!と、拳を振り上げて追い掛けてくる優から、慌てて逃げ出す。




―高校二年の夏。



幼なじみの俺と優は、二人仲良く補習を受ることとなった。


今はその帰り道。

補習は午前で終わりなので、まだ外は明るく、茹だるような熱に包まれている。



 「それにしても、青春真っ盛りのこの時期に補習なんて……最悪よね」



 「まったくだ。夏休みまで数学の山田の顔見ることになるなんて、思ってもみなかったよ」




沸き立つ蝉の鳴き声に負けないくらい大きなため息が、汗とともにこぼれた。


俺も優も、カッターシャツの襟口をパタバタと仰いでいた。






優と過ごして来た時間は、そのまま年齢と同じだ。

生まれてから今まで腐れ縁は続いている。

お互いあまのじゃくな性格で、いつも口喧嘩ばかりしているけど、それは不器用な俺達のコミュニケーションのようなものだ。




  『友達以上恋人未満』




この言葉が、今の二人を上手く表現している。


つかず離れずの関係だったけど、この夏、何かが変わるような予感がしていた。

それはきっと優も同じだと思う。


 「あ゛〜もう堪んない!!ねっ、久しぶりにあそこ行こっ」



いきなり声を張り上げたかと思うと、俺の手を取り、入り組んだ下町の狭い路地を駆け出した。


 「お、おいっ!あそこってドコだよ!」


 「い〜からい〜から」



耳元の風を切る音。

移り変わっていく景色。

額から滲み出した汗は、頬を伝って後ろへと流れていく。


右に曲がって、左に曲がって……段差の低い階段を昇っていく。




あ……この道って。




辿っている道の行き先を思い出したのと同時に


 「到着〜♪」


優の掛け声が聞こえ、目的地に到着していた。


優は、はぁっ!と大きく息を吐くと、それだけで息を整えてしまう。

俺はというと、隣でみっともなく呼吸を乱していた。


 「ここって……」


 「そっ!昔よく来てた駄菓子屋さんだよ」


まだ物心つく前、今日みたいな夏の日も、珍しく降った雪の日も通った駄菓子屋……。

外観はあの頃と何の変わりも無く、騒がしい喧騒から隔絶された、秘密基地のような雰囲気を今もしっかりと保っている。

強い陽射しとのコントラストで、日蔭はやけにくっきりと浮かんでいた。


 「ホント久々だよね〜。おばあちゃん、まだ元気にしてるかな?」


 「あぁ。あのガンコばあちゃんか……小っさい頃よく拳固食らってたよ」


後少しある駄菓子屋への道を、二人肩を並べて歩いて行く。


最後に行ってから……もう何年経つだろうか。


普段実感は無いけど、こういう風にたまに過去を振り返ったりすると、歩いて来た道程が良くわかる。

意識せずとも、時間は流れていくものなのだと改めて実感した。









―俺と優の関係も同じ様に




 「すいませ〜ん!誰かいらっしゃいますか〜?」


人気のない店内に呼びかける、優の声でハッとする。

眩しい光りを受けていたせいか、薄暗い店の中でやたら目がチカチカした。


 「誰もいねぇ〜のかな?」


景品のスーパーボールを手に取りながらぼやく。

指先に触れたソレは、少しだけ埃を被っていた。


すいませ〜ん!と、先程より大きな声で優が呼びかけた時……


 「はいはいは〜い!」


と、やけに元気な声が奥から聞こえて来た。


予想外の声に、二人して顔を見合わせる。


しばらくすると奥の障子が開き、若い女の人が現れた。


 「いらっしゃい。何にする?」


年は二十台後半くらいだろうか……顔には“あの”頑固ばあちゃんの面影がうっすらと残っていた。

たぶんばあちゃんのお孫さんだろう。


 「あ、あのっ。おばあちゃん、どうしたんですか?」


少し慌てたように優が尋ねると、女の人は明るい表情に少し暗い影を落とす。


 「おばあちゃんね……去年病気で亡くなったのよ」


告げられたのは、残酷な現実と、俺達の知らない所で流れていた時間の結果だった。


 「そう……ですか」


優は肩を落とし、何とかそう言った。



でも信じられない。

あんなに元気だったばあちゃんが……。


 「お店、畳もうかと思ってたんだけど、おばあちゃんが『閉めないで』って最後まで言ってたから……日曜だけ開くことにしてるの」



儲けなんて無いんだけどね。



と、少し悲しそうな笑顔を浮かべた。



夏休みと補習のせいで曜日の感覚が無くなっていたけど、偶然今日は日曜日だったらしい。



 「懐かしい話とかもあるでしょうから、何を買うか決まったら呼んでちょうだい。想い出だけ買ってても構わないから」


お孫さんはそう言うと、笑みを浮かべながら再び障子の奥へと戻っていった。

こちらの様子を察して、気を使ってくれたのだろう。



 「………………」


 「………………」


ただでさえひっそりとした店内で、しばらく二人の沈黙が続いた。




……………………

………………

…………

……



 「ばあちゃん……あんなに元気だったのにな……」


 「うん……」


それ以上の会話は無く、結局ラムネを2本買って駄菓子屋を後にした。


来る時は変わっていないと思っていたけど、帰り際改めて見てみると、ばあちゃんが居ないだけで、駄菓子屋は何だか全然知らない場所のように目に写った。










      †


















 「知らないトコで、時間って流れてるんだな」



駄菓子屋から少し離れた公園。

優と二人、ブランコに乗ってラムネを飲んだ。


 「そだね……。考えてみれば、あんなに小さかったアタシ達が、もう『高校生』なんだもんね」



 「…………」


優ばあちゃんの死を、珍しく引きずっている。

そんな優の顔を見たくなくて、俺はある事を思いついた。



 「よっ!」


……っと、掛け声一つ、ブランコから飛び降りると


 「一気いきま〜す!!」を合図に、腰に手をあて、まだ半分以上残っているラムネを一気に飲み干す。



 「ぶはぁっ!」



案の定、飲み干したすぐ後に、思いっきり吹き出してしまった。



 「も〜、アンタ何やってんのよ」



ケラケラと、優はいつも通りの笑顔を浮かべてくれる。

知らないところで時間が流れていくのは仕方の無いことだけど、俺はこれからの時間も、優とこんな風に生きていきたいと思った。


 「昔の話で思い出したんだけど、アタシこのラムネのビー玉がすっごく欲しかったんだ」



ひとしきり笑い合った後、そう言って、優はブランコに乗ったままラムネの瓶を太陽に透かした。

瓶にビー玉が当たる音が“チリン”と鳴った。



 「あ〜。たしかに、一度は思うよな、それ」



 「ちっがうよ!アタシはそんなんじゃなくて、ホントにハイパー欲しかったの!!」両の手で握り拳を作り、それをブンブン振って力説する。


瓶を割ってしまえばそんなもの簡単に手に入るのだけど、小さいころは『ガラスを割る』ということはとても恐ろしい事で、ラムネの瓶の中で光るビー玉は、確かに、まるで手の届かない宝石のようだった。

光り物が好きなあの頃の女の子なら尚更だろう。



その時、ラムネの瓶が昔と違うことに気付いた。



 「おい優、みてみろよ!」



 「ん?」


ズイっと、こちらの手を覗き込んでくる。

このラムネの瓶は、昔と違い飲み口がプラスチックで出来ており、そこだけ取り外しが出来るようになっていた。



取り出したビー玉を、優の手のひらに乗せてあげる。



 「わぁ〜!」



それをひょいっと摘むと、さっきと同じように太陽に透かす。

弾ける笑顔は、小さい頃のままだった。―だけどしばらくすると……







浮かない顔でビー玉を俺に突き返して来た。

 「どうしたんだよ。欲しかったんじゃないのか?」



 「ん〜。ずっと欲しかったんだけどね、ホントに。でも、瓶の中の方……触れないほうが、何だか綺麗に見えたから」



どこか悲しそうな顔で、優はそう言う。



 「そ、そっか……」




触れそうで触れない物。


触れないから欲しい物。


触れないから綺麗な物。



そう、それはまるで俺達の関係のように……。




てのひらに包まれているビー玉がやけに冷たく、重く感じる。


居たたまれなくなって、ビー玉を瓶に戻そうとしたけど、うまくいかなかった。




優は隣で、寂しそうな顔のまま、遠くを見ていた。

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