小春の話
小春は俗に言う、教育熱心な家庭に生まれた。
母親は子供の成績に情熱を捧げているタイプの教育ママで、幼い頃から習い事や私立受験に奔走させられた。
ピアノ、水泳、受験塾・・・。
小学生の頃は、ピアノはコンクールに出場し、水泳は上位コースにいるなど、絵に描いたような優等生であった。
そんな母親の口癖は、「1番になりなさい」であった。
父親は大手企業のサラリーマンであったが、小春が物心ついた頃には、既に夫婦関係に陰りが見え始めていた。専業主婦だった母は、自らの満たされない思いを子供たちに託していたのかもしれない。
小春には兄が1人いた。
兄は呑み込みの速い小春とは違い、のんびりとした性格で、幼い頃は母親を苛立たせることも多かった。
そのためだろうか。母親は、兄に対しても同様に教育熱心であったものの、どちらかというと、小春に期待を寄せていたように思う。
母の口癖に半ば洗脳されて育った小春は、生来の利発さも手伝って、優秀な子供時代を過ごした。中学受験する家庭が多いと評判の私立小学校を経て中学は県トップの女子校に入学し、そこでも上位5番以内の成績を維持して、文系としては最難関の大学、学部に入学を果たした。
「一番を目指す」
まさに母親が願った通りの人生を歩んできたのである。
しかしながら、小春は別段、勉強に明け暮れた人生を歩んできたわけではない。
中高時代は弦楽合奏部に所属し、ビオラの演奏にのめり込んでいたし、時には掃除をさぼったりすることもあるような、一般的な生徒であった。
そんな小春も、大学生になり、一人暮らしを始めた。
始めての一人暮らし、新しい環境、新たな人間関係。
すべては順調であった。
それでも、この言葉だけは、常に胸の中にあった。
「一番になりなさい」