第6話
「奥様、ご懐妊されたと伺いました。
この度は誠におめでとうございます」
そう笑うアリスはとても優しそうに笑った。
「旦那様も大変喜ばれているそうで…わたくし共も嬉しいです」
「アリスさん…ありがとう」
うまく、笑えただろうか。
彼女の笑顔のなんと美しいことか。
これからは貴方は堂々と彼に愛されることが出来ますね、なんて嫌味を言おうかと思ってしまった自分がひどく醜い。
ーーごめんね、こんな母様で。
「げほっ…ごっ…は、…っ」
「奥様!?」
「だい、大丈夫です…。すみません…ちょっと風邪気味なだけです」
アリスの心配そうに揺れる鳶色の瞳を見て、私はやっぱり悲しくなる。
夜、旦那様は意外にもわたしのもとへやって来た。
私は、てっきり旦那様は今日アリスの部屋へ行くかと思っていたのに。
「まさかいらっしゃるなんて」
少し意地悪く笑ってみたが、彼は気にもとめないように私を抱き締めた。
「邪魔だったか」
「いいえ、そんなことは。嬉しいです」
「リリー、」
ベッドの上彼は何回も私にキスをした後、私に腕を回したまま眠りについた。
「げほっ…が、…ふ…っ」
夜中、咳を聞かれまいと必死に噛み殺しながら、それでも彼の寝顔を見ていたくて私は彼の腕の中にいた。
瞳が伏せられ、唇の間にわずかな隙間を作る彼はいつもより少し幼い。
ーー私だけが知っている顔。
否、きっと彼女も知っているわね。
私よりも、ずっと。
死ぬことは怖くない。
お腹にいる子供が、私が生きた証が残ってくれるから。
でも、悲しい。
貴方が私を忘れてしまうことが悲しいわ。
「リリー様大丈夫ですか?」
「…ええ、まだ平気よ」
その年の冬は10年ぶりとも言われる厳しい寒さが国を襲った。
彼は年末の仕事で王都へ行ってしまった。
私の体調は、妊娠四ヶ月にして悪化の一途を辿っていて、私は無事この子を産めるのかという不安があった。
「やはり旦那様に申し上げましょう!」
「シャナ、それはダメよ。あ、そうだ温かいミルクが飲みたいな…お願いシャナ、入れてきて」
「…っ、はい」
シャナが涙を浮かべて出ていったあと、私はひっそりと机の引き出しからあの鈴を取り出した。
この鈴は歴代の妖精一人一人に渡される。
けれど、妖精界とこちら側を繋ぐ魔力はこんな小さな鈴には1回分しかない。
まさに妖精たちは「一生に一度のお願い」としてこの鈴を使ってきたのだ。
「…っ!!…げ、…っがはっ…ごほっ…」
生理的な涙が瞳を覆って、目の前の鈴が歪む。
ここまで来たら、私の願いはひとつだ。
なんとしても、この子を、産まなくては。