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第5話



『シャナ、いい?体のことは内緒よ。子供のことだけ言うの』


私は彼女の目を見てお願いした。

渋る彼女に、『最期のお願いなの』と言うといよいよ彼女は泣き出して小さく頷いた。








げほ、ごほ、という咳の後に続いて咽から血のにおいがする。


いけない、もうすぐ彼が帰ってくるのに。

今日は懐妊を告げるのだ。

変な心配はかけたくない。

彼は優しいから、どんなに嫌いな私にも心配をかけてくれるだろうから。




「おかえりなさい、旦那様」


出迎えたドアの向こう、彼の少し後ろに見覚えのある美しい金髪があった。

その人の細い腰には、確かに彼の右腕が回されていた。



「ただいま」


「あの…アリスさん?」


思わぬ光景に頭がうまく回らない。

彼の隣に視線を見やると彼はあぁ、と息をもらした。


「彼女は今日怪我をしてしまって。

今日だけうちに泊めることにした」


「申し訳ありません」


眉を下げて気まずそうに視線を泳がせる彼女の足を見ると赤く腫れていた。

……そうよね、歩きにくそうだもの。

腰を支えてあげるのも紳士の務めですよね。


醜い感情がふわりと湧いて静まる。

そうだ、もう嫉妬しても仕方ないんだ。

彼女がここにやって来るのも時間の問題なのだし。


嫉妬したところで、私が生きている内に彼に愛されることは、もうないのだから。



「全然ですよ。

今日はお医者様もお屋敷にいるので怪我の方もすぐに対処できますから」


「…あ、ありがとうございます」


「シャナ、彼女をお医者様に見せてあげて」


「わかりました」


シャナの後ろを追いかける彼女の後ろ姿。

綺麗な人だなぁ、とぼんやりと思った。



「……何故医者が来ているんだ?」


彼は不思議そうに、そしてどこか心配そうに私を覗きこんだ。


「…なんでだと思います?」


少し意地の悪い感情が顔を出して、クスクスと笑ってみせた。


「まさか具合が悪いのか!?」


心配そうな声。歪む美しいかんばせ。


なぜそんな顔をするの。

優しさ?

子供が生まれないと困るから?


だとしたら、ねぇ、旦那様。

もうそんな風に心配しなくていいのに。




「違いますよ」


「じゃあ…「子供が出来たのです」


彼が目を見開いて動きを止めること3秒。


彼の手がーーさっきまでアリスの腰を抱いていた手が、私を大きく包み込んだ。



「本当か…?」


「はい」


ぎゅう、と彼の指先に力が込められる。


「旦那様、苦しいですよ?」


「ありがとう…ありがとう、リリー」


彼のかすれた声が耳を撫でた。

なんだか私は泣きたくなってしまう。

彼の体は少し震えていた。


「…旦那様?」


「嬉しいんだ…とても。君との子供が出来たことが、とても」



それはどういう意味ですか。とは訊けなかった。

私という重荷がなくなることですか?

彼女と居られるということですか?

それとも、本当に子供の誕生を、ですか?



わからない、わからないけれど。



「…っはい、はい、旦那様」


ーー私も嬉しゅうございます。




束の間の幸せでも。

貴方と家族になれることが、私は嬉しい。





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