第4話
伯爵家の繁栄のため、旦那様はどんなに私が嫌いでも子供を作る必要があった。
夜の旦那様はとても優しい。
「リリー」
と、かすれた声で私を呼び、大きな手のひらで私の髪を撫で付ける。
愛されていると錯覚できるその時間は夢のようだ。
「……旦那様、……レオンハルトさま」
熱に浮かされたふりをして彼の名前を呼ぶと、どこか満足気に彼は淡く微笑む。
暗闇の中、黒曜石のように彼の黒髪が美しく光る。
青い瞳が月光を取り込んで、世界中のどの石より深く、美しく輝く。
あぁ、そこに呑み込まれて死んでしまえたら本望なのに。
そんな馬鹿なことを考えながら、ひたすら熱に翻弄されると、私は睡魔に引きずられるように目蓋を閉じる。
彼が何かを囁く気配がするのだけど、私はそれを聞き取ることができないまま、幸福感に満ちた眠りにつくのだ。
「おめでとうございます。ご懐妊です」
秋が終わる頃。
厳しい寒さが予想され、皆が冬に備えだした時。
私は、子供を身籠った。
「リリー様おめでとうございます!」
嫁いでからずっと私の世話をしてくれている侍女のシャナは心底嬉しそうに笑って私の手をとった。
そのままジャンプしそうないきおいだ。
「ありがとう、早速旦那様に知らせないとね」
ーー知らせたらきっと彼は喜ぶでしょう。
私が身籠ったということは私の役目はもう終わったも同然なのだから。
彼は彼女を屋敷へ招くことができるのだから。
たとえ、私が生きている限り彼女の立場が愛人という名の物であっても。
彼女が彼に愛されることは目に見えている。
それに、きっと彼女が「正妻」になる日も遠くはないのだから。
不思議な悲しみと、少しの安堵が混じる。
そんな私に年老いた優しげなお医者様は躊躇いがちに口を開いた。
「……ただ、奥様……その、貴方の体は大変弱ってらっしゃる」
「……なにを…」
シャナが怒ったようにお医者様を睨む。
そんなシャナを手で制して、私は静かに頷いた。
「そうですね」
シャナの手がビクリと大きく震えた。
お医者様はまっすぐ私を見ているが、私はどういう顔をすればいいのか分からず微笑んでいた。
「貴方の…前の代の妖精もそうでした。最後は弱ってしまわれた」
「ええ、そうでしょうね」
そう言って失言だったと気づいた。
これでは何か知っています、と言っているのと同じだ。
これは言ってはならない、……と思う。
事実、歴代の妖精はどなたもこの事を旦那である伯爵様にはお告げにならなかった。
「何か知っているのですか?」
「…ふふ、内緒です。いつか…きっと…どなたかがその理由を知ると思いますが…」
さて、それで弱っているとどうなのかしら。
そう言って無邪気さを装ってニコリと微笑んだ。
「貴方が…例え子供を産んでも…、貴方はそれから先、永くはないでしょう」
「なっ…先生なにを…」
シャナがふるふると拳を握りしめている。
優しい人。
私のために、そんな風に感情を表現してくれるなんて。
優しい、人。
……でも、私の答えは一つだわ。
愛されないことは、もうわかっているのだから。
無理な足掻きはやめましょう。
足掻くのももう疲れちゃったから。
「でも、私産みます。私の役目ですから」
目の前のお医者様が悲しそうに「そうですか」と呟いた。