第3話
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ごほ、と器官から這い上がるなにかに合わせて重い息がもれた。
息が細くなる。
早く、早くしなければ。
夏が終わる頃。
窓の外から見える葡萄の収穫風景。
旦那様もその風景の中に佇んで、作業を手伝っている。
彼が皆に慕われるのはその気さくさだ。
……私に関しては、別だけれど。
そっと引き出しから白いガラス細工が施された美しい鈴を取り出す。
これを使えるのは一人一度きり。
「旦那様……レオンハルト様、」
好きです、好きなのです。
窓の外の貴方が彼女に微笑んでいても。
貴方が私と目を会わせなくとも。
それでも好きなのです。
『リリー』
そう呼ぶ貴方の声だけを頼りに私は生きているのです。
息が苦しい。
なんだか気分が悪い。
「リリー、」
「旦那様。どうしたのですか?」
咳が出そうになるのを押し込めて笑った。
「旦那様、泥がついてますよ」
動きやすい簡素な格好をした旦那様は、まるで土遊びをする子供のように頬を汚していた。
触ってみたい、と思った。
彼女がーーアリスが触ったであろう貴方に。
私も触れてみたかった。
だから、手を伸ばして彼の白いきれいな頬の泥を落とそうとしたのに。
パンッ
「ーーっ!」
思わず私は息をのんだ。
「……すまない」
彼は私の手を払いのけ、顔を思い切り背けて気まずそうに頭を垂れた。
「……いえ…そんな、大丈夫ですよ。こちらこそ申し訳ありません」
「…夜…夜には戻る」
足早に去っていく彼を見つめながら、久しぶりの涙が出た。
「……好きです、」
私はこんなに貴方が好きなのに。
貴方はこんなにも私が嫌いだなんて。
……そうね、そうだわ。
伯爵家の繁栄のためにめとった女。
人ですらない、女。
私がいるせいでアリスと引き離されただけでなく、私がなかなか身籠らないために彼は彼女を囲うことすらできない。
とんだ邪魔者だわ。
彼が私を愛してくれないのも、当然だ。