第1話
『妖精伯爵家』
クランド伯爵家がそう呼ばれるようになって久しい。
妖精伯爵5代目、クランド伯爵家9代目当主レオンハルト様。
母親譲りのアーモンド型の青色の瞳に、父親譲りの風に靡く黒髪。
整った顔立ちでニコリと微笑めば、その美貌に皆が頬を染める。
伯爵家を24歳の若さで切り盛りし、王家との関係も深める立派な当主。
そんな旦那様に、私、リリーは嫁いだ。
元は妖精界の子爵身分であったが、没落しかけの家を救うため妖精界から彼に嫁いだのだ。
初めは旦那様を恐れていたが徐々に打ち解けた……ように思う。
今では私は彼に片想い中だ。
不器用な優しさにひかれた。
例えば躓きそうになるたびぶっきらぼうに差し出される手だったり、私の髪につく花びらを取り除く時の少し柔らかい表情だったり。
私は彼が好きだ。
私が18で嫁いでから3年、彼が私をいっさい見ていないことに気付いていたとしても。
視線の先に、あの美しい人がいるのを知っていたとしても。
「旦那様、おはようございます」
「……おはよう」
私の声に彼は一瞥をくれて、すぐにそらす。
彼の低い声が食堂に響いて消える。
「今日はどこへ行かれるのですか?」
「農場に行く…の、だが」
パンを手に彼の言葉を耳に刻む。
「……一緒に来るか?」
「いいのですか?お邪魔にならなければいいのですが…今日は暑いですから帽子をかぶって行きますね」
「邪魔じゃない、…その、」
なにか煮えきらないように旦那様が呟いたが聞き取れない。
嬉しくて、嬉しくて。
ニコニコ笑う私を彼は少し気まずそうに見た。
その表情、よくされるのね。
かげる表情も素敵だなんて、ズルいなぁ…
なんて考えてまた微笑む。
あぁ、私には時間がないのだから。
彼の言葉を、仕草を、表情を、刻んで行かなければ。