第12話
家から使者がやってきたのは王都にやって来て二週間と少し経った時だった。
「…っ、今、なんと?」
いつもよりずっと低い声が出たのは自分でもわかった。
目の前の使いは肩を一瞬震わせたが、すぐに冷静な対応へと切り替えた。
「奥さまがいよいよ危ないとのことです。
ここしばらく体調が芳しくなく…処置を施したものの…」
「っ!なぜすぐに言わなかった!!」
苦しむ彼女の姿が浮かぶ。
夜、うなされていた彼女を思い出す。
背中をさすると彼女は少し安心した顔を見せたものだった。
「奥さまが…まだ大丈夫だ、と口止めをしていたらしく…」
気丈に振る舞う姿は簡単に想像できた。
「……すぐに帰る!」
帰らなくては、一刻も早く。
自分はまだ、彼女に伝えきれていないことがたくさんあるのだから。
「……さむ、い、…シャナ、どこ?」
「リリー様、リリー様…っシャナはここにおります」
涙を拭いて、拭いて、視界を晴らすとそこには涙を流すシャナがいた。
手をずっと握っていてくれたのか。
「アルは…?」
「ここにいらっしゃいますよ」
乳母の悲しげな声がして、つられるように視線を送るとすやすやと眠る我が子。
手を伸ばす。
あと少しで触れるのに、手がぶるぶると無様なほどに震えて、上手くいかない。
「リリー様、もうすぐ旦那様が帰っていらっしゃいます…!!もう少しで会えるんですよ」
「あら…口止めしたのに…。それに、そんな簡単に死なないわ……だから泣かないで」
そこまで言って、息がつかえた。
落ちていくように意識がなくなり、眠りにつく。
そして驚くことに次に目が覚めた時、目の前にいたのは私が焦がれた彼だった。
「リリー!!!」
「旦那様……、」
彼はひどく焦っているようだ。
涼しげな容貌からは想像できない汗がこめかみから流れている。
美しい青い瞳が何かを必死に訴えている。
彼の手に包まれた右手から熱が伝わってくるのが、とても嬉しい。
口元を緩めて、その温かさに意識を集中していると、彼は信じられない言葉を発した。
「リリー…、好きなんだ…!!本当に…愛してるんだ…っ、だから…だから置いていかないで…」
涙を流して私を見つめる彼の言葉がいまいち理解できない。
でも、私は重い体を起こして彼に向き合った。
今を逃せば何か大切なものを失う気がしたから。
「……なに、を…?」
「本当なんだ…」
「だって、…私が触れるのをあんなに…嫌がって……」
「…違うんだ、嫌がってたのではなく……好きすぎて、困っていたんだ。
表情も、声も態度も君の前だと上手くいかなくて…」
彼は懺悔するように項垂れていた。
嬉しい言葉を彼は確かに言ってくれた。
でも、でもーー!!
「アリスさんは…!アリスさんは…っ!?だって、お二人は…!!ぶ、葡萄の名前だって…」
「…アリスは幼馴染みだよ。なんの関係もない、本当だ。
彼女がよく君のことで冷やかしてくるから尚更君へ上手く対応できなくて…
葡萄の名前…?アリス、という葡萄?」
「……」
無言で一度首を振る。
彼は少し苦笑いをして、私の手を握り直した。
「あれは彼女が作った品種だから、彼女の名前なんだよ」
信じられない気持ちで彼を見つめた。
彼は懇願するような瞳で私を見つめ返した。
「信じて…信じて欲しい…。僕は、僕は君に一目惚れしたんだ。
時々切なそうにする君を笑わせたかった。
でも上手くできなくて。
君が隣にいるのが嬉しくて、どこにも行かせたくなくて、それほど愛してるんだ」
何か温かいものが込み上げてきて、苦しくなって、涙が溢れてくる。
なぜ、こうも遠回りしたのだろう。
「悪かった」と彼が口走る。
でも彼が悪いのではない。
私もちゃんと彼に訊けばよかったのに。
「私のこと好きですか?」と。
私たちに足りないのは、言葉だった。
そんなことになぜ今気づくのだろう。
言葉を伝え、言葉を伝えられたなら、私は彼のそばでこれからも生きていただろう。
「私も、私も…好きです。
レオンハルト様、あなたを愛してます」
彼が泣いているのがわかったのは一瞬。
次の瞬間には私は彼の腕の中。
温かさに包まれて、私はこれ以上ないくらい幸せな笑顔で伝えた。
「…愛しています」
彼の唇が近づく。
私は静かに目をつぶってそれに応えた。
後悔も、悲しみも、喜びも混ざった感情。
どんな言葉でも表せない。
それでも、虚しくはなかった。
ただ漠然と幸せだと思えた。
彼の一言が、そう思わせてくれた。




