守護霊
私達は、守られている。
それは雨風を凌ぐ家や、育ててくれる親。
そして、全く別の存在で、自分と一心同体の何かに。
それは力ある限りに、私達を生かし続け、力尽きるころに、
私達は、それとともに一生を終えていくのである。
待ち合わせは、新幹線で帰る彼女に合わせて、駅に近いカフェテリアだった。
予定よりも十分早くついてしまったという私の考えは、一瞬にして杞憂に終わる。
店の一番奥、窓からも出口からも遠く離れた隅の席で、彼女はカップを啜っていた。
そして、まるで私がそこにいるのを分かっているかのように、微笑んだのである。
私は今、カフェテリアに入るためにノブを握ったばかりだというのに。
敵わないな、昔は千里眼では私のほうが上だったのに。
久々に顔を合わせた彼女は、随分と大人びて見えた。
それは顔立ちや容姿だけではなく、雰囲気、それから表情が、とても柔らかで、
自分が心地好いと感じる物になっていたからだ。
一昔前の彼女は、濁った瞳と正反対な笑みを浮かべた、不気味な少女であった。
「久しぶり。」
「お久しぶりです、先輩。」
「やだわ先輩なんて、もう何年も前の話でしょうに。」
「でも、この呼び方が、今でも一番しっくりくるんです。先輩も、こっちのがいいでしょ。」
そういって、彼女は目尻を下げて優しく笑う。
こんな表情は、一昔前では考えられなかったなと私は椅子の背を引きながらそう思う。
「そうね。」
そう一言呟いて、水を配りにきたばかりのウェイターにミルクティーを頼んだ。
「…最近、どうですか?」
「どうって?まだ《視える》のかってこと?」
「それもありますけど…その言葉を聞いて、安心しました。」
「…ふふ、心配しないで、まだ《視える》わ。」
ほっとしたような表情をする彼女の背後の景色が、陽炎のように揺れ動く。
数年前まで《視て》いたそれは、今でも、あの時から変わらずのように見えた。
それでも、あの時と同じような姿を《視る》ことが出来ないのは、
自分もそろそろ潮時だと言うことなのだろう。
「…どうかしましたか?」
訝しげにそう尋ねてくる彼女は綺麗だ。確かに前から顔だけは、一等綺麗だった。
だが昔の面影は跡形もなく消え失せて、代わりに新しい美しさに塗り変わっている。
薄く施された化粧も、高いヒールも、彼女によく似合っていた。
「いいえ、何も。」
私の背後で揺れ動くそれには、気付かないふりをして、しきりに彼女の周りを徘徊しているであろうそれにも、一切視線を与えなかった。
きっと彼女は気付いているのだろう、私の守護者が、もう終わりかけていることに。
一瞬悲しげな眼をして、それを悟らせないかのように近くを通ったウェイターにオーダーを始めた。
貴方はやさしいこなのね。
一介の学生時代の先輩とその守護者の終わりに、そんな眼をしてくれるなんて。
昔話を笑い話のように話しながらも、彼女は悲しそうであった。
それは私に対してのものなのか、守護者に対してのものなのかは、わからない。
彼女は昔、極度の人嫌いだったのだから。
去り際に言われた、彼女からのありがとうの言葉は、
何を意味したのか、私には到底、理解が及ばなかった。
幾千という時の中に置いていかれる私達を、彼はよく分かっているはずなのに。
それでも最後まで私に寄り添い遂げようとする彼には、呆れて笑いがこみ上げてくる。
その時、彼女の感謝の言葉の意味が理解できた。
彼女は私ではなく、彼に、ありがとうと言ったのだ。
ああ、そういえば私もまだ彼に伝えきれていなかった。
一昔前とは比べ物にならないくらい、淡く不確かなその存在に、
私は振り向いて、笑みを添えて言ってやった。
「ずっと守ってくれて、ありがとう。」
何もないはずの空が震えて、私は胸が温まるのを感じた。
きっと続かない。
でも守護者さんはきっと居ます。
残念に育ちつつある私を後ろから悲しげにみつめているのです。