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欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
二 結婚式
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2

 思いも寄らない言葉にアランシアは自分の耳を疑った。それからこれが本当に現実かを確かめる為、自身の頬をつねる。確かにぴりりとした痛みを感じる。これは現実だ。

「ちょっと、もう一度言ってくれる?」

 それでも信じられず、アランシアは尋ねる。

 右も左も女だらけ。女、女、女と、着飾った大量の女達がのさばるこの状況をアランシアはまだ把握できずにいた。

「ここにいる方の全員があなた様の夫となる我が第一王子の愛人達でございます」

 ゾアは心底申し訳なさそうにアランシアに告げた。愛人達はちらりとアランシアに目をくれる。しかし、すぐに興味なさそうに他へと視線を移した。

「貴女様方、きちんとアランシア様に挨拶なさってはどうですか! 失礼ですよ」

 ゾアが立ち上がって抗議するが、愛人達は完全に無視を決め込んでいる。ゾアは大きなため息をもらした。

「申し訳ございません、アランシア様。お部屋の方はこちらです」

「ゾア、肩がこったの。揉んでちょうだい」

 二階への階段を昇ろうとすると、愛人の一人が辛そうに軽く肩を回した。

「いけません。今からアランシア様をお部屋に案内するんです」

「でもとっても痛いわ」

 それでもお構い無しに言ってくる愛人に、ゾアはうんざりした視線を送った。

「だから、今は……」

 駄目なんです、と言う前にアランシアがゾアを片手で制す。

「いいわ。二階のどこの部屋かだけ教えてくれれば一人で行けます」

「でもアランシア様……」

「私は平気よ。だから早く行って」

 ゾアは顔を歪め、アランシアに礼を言った。

「ありがとうございます。アランシア様は左手の一番奥のお部屋です」

 アランシアは微笑んだ。身をひるがえし、ドレスのスカートを踏まないように階段を上がり、左手の奥の部屋を目指した。

 木目の美しい扉があり、それが自分の部屋だと知ると、ドアノブを引いて中に入り、すぐに閉めて鍵をかけた。

「はぁ……っ」

 眉尻を下げて大きなため息をつく。それから目の前にある大きなベッドの前に膝をつき、ベッドに顔を埋めて、その柔らかな面を拳で思いきり叩く。

 ぼす、という気が抜ける音がした。それでも何度も、何度も叩いた。

「こんな……、こんな男の所に私は……っ」

 愛人があんなにたくさんいて、その愛人に馬鹿にされた。たかが愛人に。この正妃となる自分が。

 酷くプライドを傷つけられ、アランシアは歯を食いしばった。

「っく……うぅ……っ」

──悔しい悔しい悔しい悔しい。

 吹き上げる憤怒に暫く身をまかせ、やがて顔をあげ、拳で涙を拭った。

「ただ泣いてるだけなんて駄目よね」

 負けたくない。こんな事で屈したりしない。あの愛人達にも。夫となる王子にも。

 アランシアは炎の様に瞳を光らせた。

 丁度良くドアの向こうからポーラの声がして、鍵を開けて招き入れる。

「支度して、ポーラ」

 一階の現状はポーラも見て来たはずだ。ポーラは愛人の事には触れず、大きく頷いた。

「任せてください姫様!」

 女は顔が命。幸いにも、顔には自信がある。スタイルも負けはしない。笑顔を見せればバッチリだ。

 アランシアは自分を迎える歓迎会の準備をポーラに手伝ってもらいながら、せっせと磨きあげていた。

「ポーラ、愛人達に圧倒的な美というものを見せてやりましょう」

「了解ですわ、姫様!」

 金の柔らかな髪をブラシでとかす。それから髪型を決める為に上で束ねてみたり、ひねったりしてポーラは考え、やがてもう一度ブラシをとかして髪から手を離した。

「姫様の髪はそのままでも綺麗です。変に手を加えるのはやめて、小さな三編みをつくるくらいにしましょう」

ポーラはアランシアの耳の横に、目が小さい三編みを一本つくり、それを反対側にもつくって頷く。

「花嫁はそれくらい初々しいのが一番です」

 満足そうに笑った後、自分のポケットから化粧道具を取り出す。

「軽い化粧でアランシア様は十分です。濃すぎるとお顔の印象がキツくなりますから」

 ポーラは淡い口紅を筆でアランシアのふっくらした唇に塗った後、目元を軽く彩る。昔から化粧をしてきたポーラの筆使いは繊細で、丁寧だ。

「香油も鼻に少し香るくらいがいいですね」

 髪に薔薇の香油を加え、アランシアを立たせ、服を脱がす。あらわになった胸元や腕にパウダーを刷り込ませ、艶をよくする。

 次に、荷物の中から大量に収まるドレス達を引っ張り出し、まずはコルセットを締めにかかった。

「はいっ! 息を吸って下さい!!」

 ポーラの合図でアランシアが息を吸った拍子に、ポーラはもてる限りの力でコルセットを締めてきた。

「う、ぐ……っ」

 苦しげに唸った後、ようやくコルセットをつけ終わる。次に白いドレスを広げて着せられていく。スカートを広げなくても自然な広がりができ、レースで胸元を隠してくれる。

まさに花嫁の衣装に相応しいドレスだ。

──と、アランシアは首を傾げた。

「ま、待って、ポーラ」

「はい、何ですか? 姫様」

「さっきから花嫁の化粧に花嫁のドレスって……、それは結婚式の時に着るものじゃないの?」

 そう言うと、今度はポーラが首を傾げた。

「私は結婚式だと思っていましたけども?」

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