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新たに嫁いで来た小国の王女が到着した事を、兵士が腹の底から大きな声を出して告げた。それに合わせて大音量のラッパの音も鳴り響き、実に騒々しい。
王や王妃を筆頭に家臣達も続いて出迎える様を青年は執務室から見ていた。
行儀悪く窓際に腰掛け、片足をのせているのだから、口うるさい従僕が見たらさぞや憤慨する事だろう。
「殿下、姫君を出迎えられないのですか……?」
おずおずと尋ねてくるのは雑用を行う小姓を務める少年だ。
「なんだベル。俺に文句でも?」
軽く睨み付ければ少年は涙目になりながら勢い良く首を横に振った。
「それにここからでも十分に見えるよ。ほら、やっとゾアが出てきた」
口うるさい自分の従僕が馬車からゆっくりと降りてくるのを見て少年──ベルに言った。本名はベルウィズという名前があるのだが、彼を幼い時から知っている彼の主は愛称で呼ぶ。
「姫君は見えますか?」
「いや、まだだね。まったく。何をもたついているんだ」
眉を寄せながら忌々しく舌打ちするとベルウィズが小さくため息をもらしたのがわかった。他国から来た姫にではなくゾアに対しての舌打ちだったが、弁解と供に主への態度を改めさせてやろうかと思い、口を開く──刹那、視界に目映い金が目に入って、青年は柄にもなく見入ってしまった。
風に靡く波打つ金糸を思わせたのは女の髪だ。すらりとした体型の割には女らしい豊かなふくらみもある。前を見据えた顔からはその女の強さを表しているかの様だ。
「あ、あれがラガルタの姫君ですか」
ベルウィズが窓の外に目をやり、それから俯いた。
「き、綺麗な姫君ですね」
「惚れたのか、ベル」
お前は惚れやすい奴だね、と続けると、ベルウィズが顔を真っ赤にしながら首を振った。
「い、いいえ! そんな滅相もございません! 自分の主の婚約者をだなんて恐れ多いですよっ」
窓辺に腰かける青年──ゼイヴァル第一王子は自分の小姓を見下ろし、つまらなそうにため息をついた。
***
ようこそ姫君、という言葉を何十回も聞き、アランシアはそろそろ笑顔がひきつってくる。しかし他国に来た初日。頑張らないわけにはいかない。ぐっと頬に力を入れ、美しいと称される笑顔を保つ。
「さあアランシア様、お部屋にご案内します」
その一言を待っていたのよ! と、ゾアに飛び付きたくなる気持ちを押さえながら口元に手をあてて微笑む。
「そうですね。わたくも疲れましたので失礼させて頂きます」
長旅で疲れているのだから早く下がらせて、とはさすがのアランシアも言い出せなかった。最も、ラガルタでは堂々と言ってやったのだろうが、ここはもうラガルタではない。この国でアランシアは一人だ。
胸に込み上げてきた寂しさを押し込め、頑張り所とばかりに笑顔を作る。
「本当にこの国の方々は優しい方ばかりで、わたくしは幸せ者です」
王と王妃は仲の良い鴛鴦夫婦だ。彼等の様な夫婦になれればいいとアランシアは思う。
王は人の良さそうな笑顔をつくり、ゾアに部屋へ案内するように命じた。
アランシアはにこやかな笑顔を向けて礼を言い、その場を立ち去ろうとして、王が気まずそうに呼び止めた。
「どうかされまして?」
「いや……、我が愚息が貴女の様な素晴らしい方を、と思うと少し気分が複雑になる」
「複雑、ですか?」
跡継ぎ息子が結婚するなら喜ばしいはずだが、王は少し違うらしい。
「貴女が我が娘になってくれるのは嬉しい。しかし、貴女が哀れでならんのだ」
「哀れ? わたくしがですか?」
「……まあ、そのうちわかるだろう。ゾア、姫君を部屋へ」
「はい陛下」
ゾアに連れられ、先程までの賑わいが一変し、静かな棟に来ても、アランシアはついさっき言われた王の言葉が耳に残っていた。
王達が見えなくなってもつい後ろを振り向いてしまう。哀れ、とは一体どういう意味で言ったのだろう。
後味の悪い出迎えにアランシアの気分はすっかり海の底だ。
──まあ、いいわ。そのうち何なのかハッキリするんだし。
胸の中のモヤモヤを追い払い、とりあえず新しい部屋の想像して楽しむ事にした。
壁紙は何色かしら。真っ黒はあり得ないわよね。ベッドはフカフカかしら。カーペットの色は贅沢な赤がいいわ。ランプは──そうして考えていると、目の前に新たな棟にたどり着いた。
「ここがそうなの?」
「はい。この棟にアランシア様のお部屋があります」
凹型をした大きな建物。凄く綺麗な白い壁色で、アランシアは感嘆の声をもらした。ここが今日からアランシアの城。正妃のため棟。少し本殿からは離れているが囲うように植えられた花達が綺麗なので満足した。
「素敵。素晴らしい建物だわ」
にこやかに微笑むと、ゾアは複雑そうな顔で笑顔を返した。
首を傾げたが、すぐに建物の中へと案内されたので、アランシアは従った。
すぐに視界いっぱいにきらびやかな家具達が広がった。ゆったりとした白いソファーは座り心地が良さそうだし、絨毯は寝転がったら気持ち良さそう。──しかし、アランシアは目を見開く。
いくつもあるソファーには、だらしなく腰かけた女達で溢れていたのだ。
「ゾア、これは一体何事?」
「王子の愛人達です」
──は?