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頭を地面にこすりつける様にして頼みこむ女にアランシアはどうしたものかと思案しだす。せっかく嫁ぐというのに初日から人の首が飛ぶのは見たくない。兵士にでも道から無理矢理退けるのが得策ではないのか。
うーんと唸っていると、ようやくゾアがこちらに気づいた。
「アランシア様、出てこられてはいけません。すぐに退かして出発しますので……」
「そう」
出発できるならいいか。怪我だけさせないように伝えて馬車に戻ろうと思ってゾアに一歩近づいた時。いきなり女がアランシアの足にしがみついた。
「お願いします! わたくしもお連れ下さいっ!」
「アランシア様、大変申し訳ありません! そこの貴女、今すぐ離れなさい!」
ゾアはアランシアに慌てて謝った後、すぐに女の腕を掴んで引き離そうとする。しかし、女はしがみついて離れない。
「ちょ、ちょっと、危ないわ。私まで倒れるわよ」
ぐいぐいと女を引っ張ってはこちらまで巻き添えになってしまう。アランシアは仕方なく足下へ視線を向けて話しかけた。
「困ったわね。貴女、どうしてそこまでするの」
「私を一緒にルクートへ連れて行ってほしいんです!」
アランシア逹を守る護衛兵が掲げる旗を見たのだろう。女はルクートへ行きの王族の馬車と知っていて止めたらしい。
「どうしてルクートに行きたいの」
「ある方にお会いする為です」
「そこまでして会いたい人なのね」
アランシアが尋ねると、女は何度も頷いた。アランシアは大きく息を吐く。
「仕方ないわね。いいわ、私の侍女として連れて行くわ」
「本当ですか?」
期待した目がアランシアを射抜く。アランシアとしてもこのまま時間を無駄にするのは勘弁してもらいたい。とりあえず侍女として連れていき、先を急ぐべきだ。
「アランシア様っ!」
アランシアの判断にゾアが顔を真っ青にして反対する。
「いけません、見ず知らずの女性を侍女にするだなんて!」
「そうね。だけどこのままじゃ出発できないわ。馬車を止めたくらいの罪で傷つけたくはないし」
アランシアだって見ず知らずの女を手元には置きたくない。だけどこのままでは拉致があかない。同じ事をゾアも思ったのか、暫くの沈黙の後、ルクートに向かう一行の最後尾を指差した。
「では貴女はあちらへ。それなら許しましょう」
ゾアが命じると女は深く頭を下げて礼を言い、列の最後尾へと向かった。道中の余計な危険を省くためだろう。最後尾にいて部下に見張らせておけば問題も起きにくい。
「さあアランシア様、馬車へお乗り下さい」
ゾアに言われてアランシアは馬車へと乗り込む。馬車の中で待っていたポーラは二人が乗り込むと眉尻を下げて出迎えた。
「おかえりなさいアランシア様。やっと出発できるんですね」
ずっと待っていたポーラは暇で仕方なかったのだろう。アランシアが謝罪がわりに微笑むと、ポーラのそばかすだらけの顔が赤くなり、それを隠す為にポーラはぷいと顔をそむけた。
「もうアランシア様ったら。笑えば何でも通ると思ったら大間違いなんですからね」
ちらりと視線だけこちらに向けたポーラは、つんと唇を尖らした。
そんな二人のやり取りを見て、先程まで不快感をあらわにしていたゾアの顔から険しさが取れる。余程あの女に苛ついていたのだろう。
「本当にあなたは我が王子にはもったいないお方です」
虫の音よりも小さなその呟きはアランシア逹の耳には届かず、馬車の揺れる音と共にかきけされた。