幸福の訪れ
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目の前の男は昔から良く知っている人間で、嘘をつくはずもなく、この結果になることは、自分もある程度想像がついていた。
しかし、やはり他人に断言されると幾分の負担が心にかかる。
思わず男の腕を掴み、椅子から立ち上がった。
「それは本当か。事実で間違いないのか」
「殿下」
側に控えていたゾアが思わず声をかけてくる。
目の前の男──王城で働く医者は、ゆっくりと頷いて頭を垂れた。
「おめでとうございます。お妃様、ご懐妊でございます」
白いひげをたくまえたヤギのようなその老医師は、はっきりとそう口にした。そう言われた途端、力が抜け、がたんと椅子に落ちるように座る。
「そ、うか。子供……。子供が……」
もうすぐ即位というこの次期に懐妊となれば、腹が目立たないうちに式を行うか、いっそ産まれるまで待ってから即位式を行うか。それを決めなくてはいけない。それに新たに子供用の部屋を設え、乳母も選び……。
「殿下、まずは考える前にお妃様の元へ行かれませ」
優しく目を細めて老医師にそう言われ、慌てて立ち上がる。
「ゾア、今日の予定は」
「全てキャンセルしておきます」
ゾアの言葉を確認するなり、ゼイヴァルは扉めがけてずんずん歩いて行く。扉を開けば丁度お茶を運びに来た小性のベルウィズと鉢合わせたが、気にせずにそのまま廊下を突き進む。
「ゼイヴァル様、どこへ!?」
慌てたようなベルウィズの声が背後から聞こえ、護衛兵がガシャガシャと鎧の音を響かせて追ってくる。
王宮を抜け、庭を横切り、いくつかの棟を抜けて、アランシアの住む棟にたどり着く。
「あ、殿下、今お取り次ぎを……、あの、殿下!?」
塔の入口で客の取り次ぎを担当する侍女がいたが、それも無視してそのまま塔の中へ押し入る。広いホールを抜け、二階に上がって奥に進み、目の前に迫った大きな部屋を開ける。
「アランシア!」
がちゃりとノブを回して扉を開いて部屋に入ってみると、バルコニーで椅子に腰掛けて日向ぼっこをしながら読書を楽しんでいるアランシアがいた。
部屋からバルコニーの間の扉は開け放たれており、爽やかな風が通る。肩のあたりでゆるく結んだアランシアの金糸が、太陽の光で淡く輝く。
「あら、殿下。どうしたの?」
柔らかく微笑む彼女の笑顔に、ゼイヴァルの心が安らいだ。それまで慌てていた気持ちまでも穏やかになり、つかつかと彼女の元へ歩き、淡い桃色に染まった頬に指をすべらす。
「懐妊って聞いたよ。体は?」
「大丈夫。全然変化なしよ。本当に懐妊してるか心配になるほど」
にこにこと笑顔で離すアランシアにこちらも笑みを返し、彼女の側にいたポーラに退室を命じた。
押し入ったせいで護衛兵や侍女たちも部屋の入口付近に集まっていたが、それもポーラが追い払い、ぱたんと扉が閉まって二人きりになる。
「座ったら?」
「そうだね」
バルコニーには椅子は一つしかない。ゆったりと座れる木製の椅子に、柔らかいクッションを敷き詰めてある。そこに座るアランシアの腕を引いて立たせ、自分が先に座ってその上に彼女を載せる。寒くないように椅子にかけてあったブランケットを彼女の体にかけ、背後から抱きしめた。
アランシアはゼイヴァルの背にもたれかかり、くすくすと笑う。
「なんだか過保護ね」
「今からもっと過保護になるよ、きっと」
「あら、そうなの? それは面倒そうだわ」
呆れながらも笑う彼女が愛おしくて、ゼイヴァルはアランシアの頬に口づけを落とす。白く細い指を繋ぎ、自分の口元に持っていって、手の甲にも口づけした。
「男の子かな、女の子かな」
「まだわからないわよ。でもね、私はどちらでも可愛いと思うの」
確かにどちらでも可愛がれる自身はある。むしろ子供にまで過保護になってしまう恐れすらある。だが、あえてゼイヴァルが望むなら──
「俺は君に似た子であればいい」
「私はあなたに似た子も欲しいわ」
お互いにそんな事を言って、また笑った。
きっと子供がいればもっと華やぐのだろう。多くの女が住んでいたこの棟を、アランシアだけが住む彼女のための棟になるように全て改築した。今度はその空間に、自分たちの子供が加わればきっと、なにものにも代え難い幸せが手に入る気がする。
「あ、そうだわ。わたしね、犬が欲しいの」
「犬?」
「そうよ。ふわふわとした大きな犬がいいわ。妹が犬を飼っていてね。猟犬なんだけど、とっても利口で可愛くて」
その犬がどんなに素晴らしくて可愛いか、妹がどれほど可愛いか、とアランシアの話が延々と続くのを聞きながら、ゼイヴァルはもう少し後に訪れる幸せな日々を、心待ちにした。
2014.10.06 天嶺 優香
アランシアの子供は男女の双子。名前は女の子がマンサナ、男の子がマールム。どちらも意味は林檎です(笑)
ちなみに念願の犬はゼイヴァルがアレルギーと発覚したために飼えません。残念。




