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欲しいのは林檎とあなた  作者: 天嶺 優香
七 狂気の理由
34/48

5

今回短いです。

 少し躊躇って、ゼイヴァルは我が儘を言った。アランシアは思考が停止しかけるが、彼の悲痛な姿に胸を打たれて、ゆっくりと身をかがめる。

 顔が近い。目を閉じてアランシアを待つゼイヴァルの顔を少しだけ堪能し、そっとアランシアも目を閉じて、涙に濡れた唇で塞ぐ。

 柔らかい感触に、心の中が満たされていく。彼の舌が差し込まれても、嫌ではなかった。舌を絡めると、アランシアの涙の味がした。

「ん……っ」

 頭がぼうっとして、上手く思考が纏まらない。

 床に倒れた彼の上に覆い被さりながらも、心配がぐるぐると頭の中を駆け回る。

 こんな性急な口づけを交わしていいのだろうか。早く医師を呼ばなくてはいけないのではないか。

 そして、ふと気づく。

 死にかけている人間が、こんなに力強いキスが出来るものなのか。

 纏まらなかった思考を引き寄せて考え、アランシアは彼の頭を思い切り叩いた。

「いたっ」

 すぐに唇が離れて、驚いて体を起こす彼に、アランシアの眉がつり上がった。

「……あなた、怪我なんてしてないんでしょ」 ゼイヴァルはにこやかに口元を緩めた。

「嬉しい?」

 なんて的のはずれた返答だろう。アランシアの口元が思い切り引きつる。

「この嘘つき! 詐欺師! ペテン師の大ほら吹き!」

 先程の行動を思い出して、集中で顔が赤く染まる。あれだけ人が心配したというのに、なんて男だろう!

「確かに苦しい、とも言ったけど、平気だとも言ったはずだよ」

 にこやかに反論されて、一気に頭まで熱が駆け上る。

「あなた、なんで無事なの!? グサッと刺されてたじゃない!」

「うん、腹に鉄板と綿を詰めてたんだよ。この黒い染みはただの血のり」

 さらりと真相を明かされて、怒りに拳が震えた。

「あなた、最低ね!」

「よく言われる」

「なら自覚しなさいよ!」

 ゼイヴァルが倒れたのを目にした時。

 心細くてたまらなかった。このまま死んでしまったら、という考えが頭を離れなかった。──それなのに。

 考えていたら悔しくなって、再び涙が溢れてきた。すると、ゼイヴァルが苦笑して指の腹で拭ってくれる。

「心配した?」

「当たり前でしょ」

 ふてくされてそう言うと、彼の長い腕が伸びて──抱きしめられる。

「ごめんね」

 優しく頭を撫でられて、アランシアは息を吐いた。

 ようやく心が落ち着いてきて、気づく。

 直視はもちろん出来ないが、もう女の死体が気にならなくなっていた。

──もしかして。

 そのために芝居をしたと考えるには早いし、もしそうだとしても、わかりにくい。

──馬鹿な人ね。

 どんな因縁があったか知らないが、それでも人を殺した。だけど、血に染まったその手を、アランシアは手放せない。手放したくない。──彼の全てが欲しい。

 きっともうアランシアは手遅れなのだ。落とすと言っていたこちらが、いつの間にかゼイヴァルに落とされた。

 この憎くて、だけど憎みきれない男に、きっとアランシアはこれからも翻弄されていくのだろう。

 

 

 

 

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