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今回短いです。
少し躊躇って、ゼイヴァルは我が儘を言った。アランシアは思考が停止しかけるが、彼の悲痛な姿に胸を打たれて、ゆっくりと身をかがめる。
顔が近い。目を閉じてアランシアを待つゼイヴァルの顔を少しだけ堪能し、そっとアランシアも目を閉じて、涙に濡れた唇で塞ぐ。
柔らかい感触に、心の中が満たされていく。彼の舌が差し込まれても、嫌ではなかった。舌を絡めると、アランシアの涙の味がした。
「ん……っ」
頭がぼうっとして、上手く思考が纏まらない。
床に倒れた彼の上に覆い被さりながらも、心配がぐるぐると頭の中を駆け回る。
こんな性急な口づけを交わしていいのだろうか。早く医師を呼ばなくてはいけないのではないか。
そして、ふと気づく。
死にかけている人間が、こんなに力強いキスが出来るものなのか。
纏まらなかった思考を引き寄せて考え、アランシアは彼の頭を思い切り叩いた。
「いたっ」
すぐに唇が離れて、驚いて体を起こす彼に、アランシアの眉がつり上がった。
「……あなた、怪我なんてしてないんでしょ」 ゼイヴァルはにこやかに口元を緩めた。
「嬉しい?」
なんて的のはずれた返答だろう。アランシアの口元が思い切り引きつる。
「この嘘つき! 詐欺師! ペテン師の大ほら吹き!」
先程の行動を思い出して、集中で顔が赤く染まる。あれだけ人が心配したというのに、なんて男だろう!
「確かに苦しい、とも言ったけど、平気だとも言ったはずだよ」
にこやかに反論されて、一気に頭まで熱が駆け上る。
「あなた、なんで無事なの!? グサッと刺されてたじゃない!」
「うん、腹に鉄板と綿を詰めてたんだよ。この黒い染みはただの血のり」
さらりと真相を明かされて、怒りに拳が震えた。
「あなた、最低ね!」
「よく言われる」
「なら自覚しなさいよ!」
ゼイヴァルが倒れたのを目にした時。
心細くてたまらなかった。このまま死んでしまったら、という考えが頭を離れなかった。──それなのに。
考えていたら悔しくなって、再び涙が溢れてきた。すると、ゼイヴァルが苦笑して指の腹で拭ってくれる。
「心配した?」
「当たり前でしょ」
ふてくされてそう言うと、彼の長い腕が伸びて──抱きしめられる。
「ごめんね」
優しく頭を撫でられて、アランシアは息を吐いた。
ようやく心が落ち着いてきて、気づく。
直視はもちろん出来ないが、もう女の死体が気にならなくなっていた。
──もしかして。
そのために芝居をしたと考えるには早いし、もしそうだとしても、わかりにくい。
──馬鹿な人ね。
どんな因縁があったか知らないが、それでも人を殺した。だけど、血に染まったその手を、アランシアは手放せない。手放したくない。──彼の全てが欲しい。
きっともうアランシアは手遅れなのだ。落とすと言っていたこちらが、いつの間にかゼイヴァルに落とされた。
この憎くて、だけど憎みきれない男に、きっとアランシアはこれからも翻弄されていくのだろう。




