6.休日明けの月曜日に
土曜日曜はいつも通りの休日で終わった。特に出掛けることもなく、珍しく家にいた弟のために食事や菓子を作ったりしただけだった。その間、文化祭のことについて考えてみたが、良い案は思い付かなかった。
そんな休日明けの月曜、校門を少し過ぎたところにある掲示板に人が集まっていた。その掲示板は部活動の連絡として使う、と入学式に説明があった。つまりは部の勧誘や、文化祭の前には宣伝に使われるということだ。
別に野次馬をしようとは思わず、通り過ぎようとした。しかし、誰かに押されたのか、突然前に飛び出してきた人にぶつかった。とりあえず謝って早くこの場を去ろうとしたそのとき、腕を掴まれた。
「お前、須賀由宇じゃないか?」
知らない男子生徒が凝視して、思わず身構えた。すかさず学章とネームプレートに視線を向けた。二年、野村。
なぜ僕の名前を知っているのだろう。入学して登校したのはこれで三回目だ。クラスメイトでも覚えていないだろう。
しかし、その声に反応して、掲示板を見ていた生徒の目が一斉にこっちへ向いた。これだけ反応されると、怖い。押されるようにして掲示板の前に来たとき、唖然とすると同時に納得できた。
「『万屋に新入部員。その正体は王子こと伊集院聖の親戚!』…」
そんな大きな見出しで始まっているものは、新聞部発行の号外新聞だった。記事として、僕が新入部員だということ、聖さんの母方の親戚ということ、新入生のための万屋の説明などがあった。あの三人の集まりだから、生徒の関心を惹くのは当たり前だ。記事になりやすいのだろう。
でも、一つだけわからないことがあった。なぜ聖は『王子』と呼ばれているのか。
「学人先輩、『王子』ってなんですか?」
「…聖が『王子』と呼ばれているのは、『天使の輪』、髪が光ってできる輪が王冠のように見えるからだ」
少し前から背後に学人先輩が立っていたのには気付いていた。不意打ちのように声をかけたが、学人先輩は何でもないかのようにすぐに返した。さすがだ。動揺することなんてあるのか疑いたくなる。
学人先輩がいることから、聖さんと透先輩も近くにいるのかと思い、辺りを見回した。
「透はバスケ部の朝練だ。聖はもうすぐ来るだろう」
「…学人先輩、さらりと先を読みますよね」
「辺りを見回していたら、察しはつくだろう。君は聡明だが、根は素直だ」
照れた顔を隠すため、学人先輩から顔を背けた。
何を根拠に言っているのかわからないけど、当たっているから何も言えない。聡明かどうかは自分で評価はできないけど、学力は良い方だ。実際、入学試験では上位五位に入っている。根は素直、というか単純だと言われたことがある。もっと要領よくすればいいのに、とも。
学人先輩と話していたら、周りの生徒はこそこそと囁き始めた。微かに聞こえる内容でわかるのは、一宮先輩カッコイイや、王子様は何処にいるのかなど、三人に関係することばかりだった。
近くで見ると学人先輩の眼鏡には度が入ってないように見える。顔の輪郭にレンズ部分の差がなかった。眼鏡を外すともっとカッコよく見えるに違いない。
「先輩、伊達眼鏡ですか?」
「いや、少し度は入っている。まあ、一番後ろの席だと黒板が見えにくい程度の視力だけどな」
「役割ですね。聖さんをバックアップする位置にいるから、顔を前面に出さない。…あれ、違っていましたか?」
学人先輩は無言でじろじろと僕の顔を見ていた。観察されているような感じだった。
必要不可欠ではない眼鏡をかけているという理由はそれしか見付からなかった。それが間違いだとしたら、自分の考えは浅はかとしか言えない。
「間違ってはいないが、昨日の今日でよくそれがわかったな」
感心するように口の端を上げて言った学人先輩に笑い返した。
褒められるのは嬉しい。それが生徒から特別扱いされている人からだから。いや、この場合は部活の先輩だからだろう。人の物差しで計ったりはしない。
その『人の物差し』、生徒のざわつきは大きくなる一方だった。
「先輩方、人気あるんですね」
「当然だ。万屋だからな。君もその一員なんだ。今日も部室へ来るように」
「はい。そういえば、活動日はいつ…」
「新聞部の佐川です。新入部員がいるというのは本当だったんですね! 詳しく聞かせてください」
由宇の質問を遮って、二年生の学章を付けた男子生徒が間に入ってきた。腕には『新聞部』と書かれた腕章を付けている。
突然現れた生徒に学人先輩は一瞬嫌な顔をしたが、すぐに薄い笑みに変えた。佐川は気付いていないようだった。
「由宇、活動日は一応月曜から金曜だ。基本は自由活動だから、必ず来る必要はない。新聞部の方、まだ詳しいことを話せる段階ではないので、後日時間をとってお話します」
にっこりと知的な笑みを向けられ、佐川は即答で承諾した。まあ、追求しても言葉で丸め込まれるのは予想できる。
「じゃあ、行こうか。聖に見つからない内に」
フフフと笑った学人先輩に背中を押され、校舎へと向かった。いろいろと流されてばかりだった。今更、いつから部員になったのかなんて聞けない。いつのまにかそういうことになっていたけど、断るつもりはなかった。他の部に勧誘されることがなくなるし、悪くはない。
そのとき、好奇の視線の中に憎悪を含んだ視線が混じっていることに気付かなかった。




