5.部活初日に
「なんだ? …胡麻団子か」
透先輩はタッパを開けて中を確認した。
少しお腹が減るかもしれないと思って持ってきていたものだった。今は別に訴えるほど空腹を感じているわけでもない。それなら、必要な人にあげればいい。珍しく自信作だった。
「僕の手作りですけど、良ければどうぞ」
「いただきます」
迷うことなく透先輩は一つ取って口に運んだ。
もぐもぐと咀嚼している間が緊張した。感想はどうだろうか。自信作だけど、透先輩の味覚には合うかわからない。
全てを飲み込む音が聞こえた。
「…美味しい。全部貰っていい?」
「どうぞ。ちょうど処分に困っていましたので」
嬉しさを隠しきれずにはにかんだ。透先輩もにっこりと返した。
大量に作りすぎて、昨日の夜と今日の朝に食べても余っていたものだった。はっきり言って、もう食べる気にはなれない。
タッパを透先輩に渡して帰る準備をしていると、用意が終わった聖さんと目が合った。視線を逸らし、羨ましそうに透先輩を見た。透先輩が美味しいと言ったのが気になっているように見えた。
どうしようかと透先輩を見ると、苦笑して聖さんにタッパを差し出した。途端に聖さんは笑顔になり、胡麻団子を一つ取って食べた。
素直な人だと思う。整った西洋的な容姿にこの性格だと、人を惹き付けるに違いない。
「うわー美味しい。これなら売れるのに。ホラ、学人も」
ホラホラ、と聖さんに急かされながら、学人先輩も手に取って食べた。
「…確かに。でも、これは駄目だな」
学人先輩の答えに、聖さんはそうだよねーと残念そうに返し、透先輩は無言で二個目を口に入れた。
文化祭には使えない。食品関係は届けを出せば大丈夫だったと言っていた、その矛盾は何なのか。
疑問が顔に表れていたらしく、学人先輩は溜息を吐いて言った。
「手作りのものは禁止なんだ。既製品なら制限があるけど許可される。料理部なんかは、かなり不利になるな。去年俺たちがやった喫茶店は紅茶専門だから出来たんだ。使用するのは水と茶葉だけだからな。後は市販のクッキーを用意した」
そう言って学人先輩はもう一つ口に入れた。
顔が緩んでくるのを感じた。二個目を食べるということは、気に入ってくれている証拠だ。
学人先輩の説明に納得した。食中毒問題が絡んでいるわけだ。六月の気候といえば不安定で、湿気が多い季節でもある。そんな時期に食品を扱うには厳重な警戒が必要になるだろう。手作りのものなんて、禁止になって当たり前だ。現に、今の季節だから団子を持ってくることができる。まあ、夏は夏用のお菓子があるけど。
「うーん残念。また、人を集めて、人が影響されるものを考えないとね。さ、帰ろうか」
聖さんの合図で、透先輩と学人先輩は先に部屋を出た。聖さんは鍵についた輪に指を入れてくるくる回している。鍵を閉めるのは聖さんだ。
学人先輩と透先輩を待たせるわけにもいかないので、急いで廊下に出た。特別棟なのに、多くの人の気配がした。文化祭に力を入れているということが実感できる。文化部は一層力が入るのだろう。
帰り道、他愛もない話が続いた。三人は中学からの知り合いだとか、透先輩の言葉遣いは三人の兄の影響など。思ったとおり、聖さんは日本人とイギリス人のハーフだった。綺麗な粟色のふわふわした少し癖のある髪は地毛で、容姿も目を引くが髪が一番気になっていた。ただの黒い髪とは全然違う。透先輩も学人先輩も黒髪だけど、質が違っているように見える。烏の濡れ羽色、漆黒と喩えられるが、僕はただの黒だ。
劣等感はあるけど、すごく今更な感じがして気にはならなかった。透先輩よりも背が低いことも、要素の一つにすぎない。当然のように聖さんも学人先輩も透先輩より背が高い。もう、無いもの強請りはしないことにしていた。
電車通学の三人と別れ、駅を少し過ぎた家へ向かった。別れ際に、聖さんが名残惜しそうに抱きついてきた感触がまだ残っている。学人先輩が言っていたように、スキンシップが好きなのだろうか。今まで他人との接触が少なかったため、まだ慣れそうになかった。




