おまけ:万屋の正月
「そういえば、もう『姫始め』ってやりました?」
正月らしい話題を振ったのに対し、聖さんと透先輩はお茶を飲んでいて噎せた。
学人先輩は、二人の様子を見てニヤリと笑った。うん、学人先輩らしい。
聖さんたちは、新年の挨拶と、初詣に一緒に行こうという誘いで家に来ていた。
初詣の誘いは、ニ学期の終業式の日に学人先輩から聞いていて、少し楽しみにしていた。
今年の初詣は家族と行くと思っていた。去年までは咲良がいたけど、今年はいない。まさか、有名な先輩と知り合いになり、仲良くなるなんて思ってもみなかった。
すでに初詣は済ませ、せっかくだから昼は一緒に食べましょう、という母の提案により、家でのんびりしているところだった。
家族は今初詣に行っていて、僕たちは留守番中。
「ゆ、由宇?」
「『姫始め』って知りませんか?」
「いや、それは……」
透先輩は言葉を濁した。様子がおかしい。
正月らしく振り袖を着た透先輩は綺麗だった。言葉遣いは相変わらずだけど、透先輩らしくて良いと思う。
そんな透先輩が、挙動不審になっている。
「まだだったら、一緒にやりませんか?」
「え? ええ?」
今度は聖さんが挙動不審になった。あたふたしている。
だから、何で。
「由宇、姫始めの説明をしてやってくれ」
学人先輩は可笑しそうに、笑いを押し殺して言った。
学人先輩は、聖さんと透先輩の動揺の原因が分かっているみたいだ。
さすが学人先輩。
「正月に、釜で炊いたご飯、姫飯を初めて食べることですけど。やわらかく炊いたご飯を姫飯って言うんです」
聖さんと透先輩は机に突っ伏した。脱力、という感じで倒れ込んでいる。
それを見て、学人先輩は「はははっ」と楽しそうに笑った。
おお、学人先輩が大笑いするのを初めて見た。
「学人先輩?」
「ふふ……由宇、ナイスだ。この二人は、違う『姫始め』だと思っていたみたいだ」
「違う『姫始め』?」
「なー? 聖、透?」
学人先輩のニヤニヤ笑いに、聖さんは右手で顔を覆い、左手を横に振って返答を拒否した。
透先輩は、沈黙で答えた。
「小さい頃からやっていたので、他に意味があるなんて知りませんでした。今度調べてみますね」
「まあ、今は一般的になっている意味だからな。知って悪いことはないだろう」
意味深な台詞に、嫌な予感がした。聖さんと透先輩の反応を見たら、推して知るべし、というところか。
「で、どうします? 用意しましょうか?」
「そうだな。お願いしようか。聖、透の初めての『姫始め』だな」
学人先輩は、二人の頭を軽く叩き、顔を上げさせた。
相変わらずな先輩たち。卒業まで後二か月。センター試験まであとわずか。
それなのに、この余裕。
この関係は。この人たちは。
ずっと変わらないでいてほしいと思った。
きっと変わらないだろうと思った。