25.5.卒業式
卒業式が終わった。
聖さんたち『万屋』は特に何もしないまま、例年通り式は進行した。卒業生挨拶も生徒会長で、校歌斉唱も生徒全員で行われた。卒業式には何かがある、と噂されていただけに、落胆した様子の人が多くいた。
まあ、期待する気持ちはわかるけど。
最後の挨拶をしようと残っている生徒は多数いたが、聖さん、学人先輩、透先輩は校長先生に連れられて校長室に行ってしまった。それを見送ってから、僕は人込みに紛れてこっそりと保健室へ向かった。
職員室では卒業生が教師に最後の挨拶をしているため、待機場所としてはふさわしくない。保健室の主、養護教諭の『保健室の先生』は、職員室に移動していた。打ち合わせ通りだった。
保健室で30分待機。これから起こることに緊張しているが、期待もしていた。これが最後。絶対に失敗できない。
集中していたためか、30分は短く感じた。軽いノックの後に開かれた扉の前には武藤先生が立っていた。武藤先生が迎えにくる役目だった。
「さあ行こう」
「はい」
会話はそれだけだった。今はそれだけで良かった。
武藤先生と並んで校長室へ向かった。校長室の前では、諦めきれない生徒で溢れていたが、僕は武藤先生に従って中に入った。
四人の目が僕を捕らえた。
「由宇、準備はいい?」
聖さんがソファーから立ち上がり、僕に向かって手を差し延べた。
久しぶりに会った聖さんは、あの時と同じ顔をしていた。
万屋の最後の活動を、今。
「はい。舞台は完成しています」
「じゃあ、行こうか」
聖さんの宣言に、皆が頷いた。校長先生もにこにこ笑っている。
今からやることは聖さんが提案したことだけど、皆が望んだことでもあった。校長先生も『依頼しようと思っていた』と言っていた。僕がそれを聞いたのは一ヶ月前だ。
それから一度も音を合わせることなく、今日を迎えた。文化祭で歌った歌に数曲加えただけなので、ぶっつけ本番でもなんとかなるだろう。
卒業式の最中ではなく、直後でもない。ある程度時間が経ったときに行うサプライズ企画。
文化祭をもう一度。
「一時間も歌うのって久しぶりです」
「あんまり長いと疲れるよね。まあ、コンサートとかじゃないんだし、気楽にいこう」
聖さんの手にマイクを乗せた。差し出された手は握手を求めているのはわかっていたけど、今はまだその時じゃない。
全てが終わったとき。本当の万屋解散のときに。
「さあ、万屋からの最後の贈り物だよ」
ドアからではなく、窓から外に出た。これも校長先生から許可を得ていた。
窓は運動場に面していて、演台まで走って1分もかからない。
聖さんが演台に立ち、メロディーに乗せて第一声を発した。
「この空が世界を繋ぐなら、僕は空を見上げて歩こう」
「たとえ滲んだ視界でも、その先に君がいるなら」
聖さんに続いて演台の下で歌った。運動場に響く歌声。
それが重なった。
『信じられる』
その後のことは予想通りだった。大半の生徒は帰っていたが、残っていた生徒の連絡により、30分後には運動場を埋め尽くすほどの人が集まっていた。
在校生や卒業生ではない、近隣住民や在校生の友人らしき人までいた。本当にコンサートみたいだった。
万屋の企画は一時間ピッタリに終了し、聖さんたちは走って逃げた。退路は初めから確保していた。また校長室へ窓から侵入し、廊下へ走り去る姿を見送った。聖さんたちを追いかけるにも、校長室へは入れないため、遠回りすることになる。それでも追いかける人は多かった。
まるでアイドルのようだ。まあ、それも分かる気がするけど。
「ありがとう」
後ろからかけられた声に振り返った。
「会長…」
「うん。元、だけどね。今日はありがとう。須賀くんのおかげだね」
元生徒会長、緑川さんは綺麗に笑った。
文化祭の件で知り合った緑川さんは、最後まで生徒会長だった。いつでも代表だった。
そして、聖さんとは違うカリスマ性を持っていた。聖さんとお似合いかと思えば、意外とそうでない。
「聖さんたちのおかげだと思うんですけど」
「須賀くんがいなかったら、あの3人は3人で満足していたはず。ただの身内の集まりで自己満足ってところ。で、須賀くんが入ったから、身内だけじゃなくて、世界が広がった。万屋の魅力は増したのよ」
「それは…有難うございます」
否定しようかと思ったけど、素直にお礼を言った。
これで最後。緑川さんは卒業する。聖さんたちも卒業する。
僕がいて何かが変わったというのなら。それが良い方向に変わったというのなら。
僕は万屋部員だと、自分自身で認められた。
「うん、良い笑顔ね。じゃあ須賀くん、お世話になりました。また今度」
さようならではなく、また今度。どこかで会えるという可能性を残して。
「こちらこそ、お世話になりました。卒業、おめでとうございます」
「26.さよならの言葉が残った」の数分前です。