26.さよならの言葉が残った
「入試の日に君を見かけたんだよ」
まだ蕾の桜は、入試の日に見たものと同じだった。確かな手応えを感じた入試で、入学式の日にここに来ようと思っていたのが懐かしい。
「まだ咲いていない桜を見て、君があまりにも優しく笑うから」
笑っていたのは無自覚だった。空が青くて、早く咲けばいいなと思っていた。桜と同じ音を持つ彼のように。
「気にはなっていたんだよ。桜と同じ音の名前の従兄弟に君のことを聞いたときは、驚いたけど嬉しかった」
「同じ音…咲良ですか?」
発音の違いでわかったのか、聖さんは頷いた。
名波咲良。中学での唯一の友達。彼が聖さんの従兄弟だったなんて。咲良が前に電話で呟いていたのはこのことだったのか。
咲良は一体何を言ったのか。
遅い粉雪が舞う中、聖さんは穏やかに微笑んだ。
「咲良が親友が僕の学校を受験したって話したのがきっかけでね。そういえば、桜の木の下で受験生を見かけたって話したら、ピンときたみたいで。君の写真の見せてくれたよ。須賀由宇だって教えてくれた」
咲良なら僕の写真を持っているだろう。それで僕の名前を知っていたのか。
あの入学式で、聖さんは確かに僕を知っていたんだ。
「咲良は他に何か言ってましたか?」
「『俺の親友なんだ』って強調された。それで十分だったよ。咲良の親友なら、僕も気に入るに決まってる」
咲良の親友の須賀由宇。認識はそこから始まっていた。今思うと、聖さんは咲良に似ていた。
多くの人に好かれているけど、その中で特別な人がいる。聖さんにとっては学人先輩と透先輩で、咲良にとっては中学では僕だった。
「『咲良の親友』はどうでしたか?」
「『後輩の由宇』は予想以上だったよ。前に親友の話として学力と中華料理の腕は咲良から聞いていたけど、歌のことは聞いてなかったし。合気道もだね。すぐに好きになったよ。咲良と同じくらいには」
咲良と同じ。従兄弟と同じだなんて、最高の褒め言葉だった。それ以上の好意は負担で、それ以下ならただの部活の後輩になる。
「学人と透も同じだと思うよ。詳しいことは話してないのに、自然に接していたから。」
「今、学人先輩と透先輩は?」
「先に帰ったよ。お別れの言葉はいらないからって」
卒業おめでとうございます。今までありがとうございました。その言葉は今日、何度も言ったし、聞いた。
もう学校で会えないから。もしかしたら、もう会うこともないかもしれないから。
それは確かな別れの言葉だった。
そんな言葉は、先輩たちにはいらない。
「また会えますよね」
「また会えるよ。由宇の卒業式の日に、ここに来るから」
始まりの場所で、また新しく始まる。風が強く吹いて粉雪が視界を覆う中、聖さんは出会ったときと同じように笑った。
「さよなら。二年後に、また」
さよならの言葉は終わりじゃなく、始まりだった。
聖さんの歌声が聞こえた気がした。




