24.文化祭で
新聞部部長。片岸部長が黒幕だった。
「まだわからないよ」
「お前たちが出られないのに? お前さえいなければ、優勝は俺のものだ」
顔を歪めて笑う様は、嘲るというよりも愚かな印象が強かった。
何度も見てきた表情だ。人が他人を見下し、優越感に浸るとき、自分が正義だと思うとき。そんなときに見てきた顔だった。
それが嫌で、いつも吐き気がした。
「なんでそんなに優勝に拘るんですか?」
「知らないのか? 『文化祭で優勝すると、内申書の評価が上がる』噂を。伊集院が入学する前の文化祭で優勝した人たちは、成績以上の大学へ行っているんだ」
「そんなことで…」
そんなことで手を折られたなんて。今なら遠慮なく殴れそうな気がした。
それよりも、今はステージに行くことが重要だった。このまま終わりたくない。
「ホント、『そんなことで』だよね。噂にすぎないのに」
「噂が本当かどうかは優勝してみればいいんだ。須賀はたまたま標的になっただけで、運が悪かったな」
ハハハッと愉快そうに片岸部長が笑うのと同時に、隣から舌打ちが聞こえた。
聖さんが無表情で片岸部長を見ている。
その姿はいつも以上に気高く。
大丈夫、なんとかなる。そう、強く思った。
「たまたま?」
「ああ。お前や戌亥を怪我させたことを知られると、後が怖いからな。須賀なら皆不満があるからちょうど良かった」
意外と頭良いんだ。冷静にそう思った。
皆が僕に不満を持っていることは知っていた。それほどの影響力を、万屋のメンバーは持っていた。それは『聖の親戚』だけじゃ補えないもので。万屋の存在を揺るがすもので。
だから、襲われたのが僕で良かった。
「さあ、話すことはもうないな? 須賀に恨みを持ってるやつなんて他にもいるんだ。伊集院はそこで見ていればいい」
片岸部長の後ろに佐川と数名の男子が現れた。中には矢野もいる。
出口は塞がれた。彼らの勝利を確信した笑みに、吐き気がした。
「聖さん、この人数だとなんとかなりますけど」
「うん。君の実力は知っている。でも時間がないからね。ステージに上がる準備はできてる?」
にっこりと、この場に合わない笑顔は綺麗だった。まだ、終わりじゃない。
歌う準備はできている。歌い慣れたあの歌を、歌わないまま終われない。
「もう間に合わない。諦めるんだな」
「由宇、外に向かってサビを歌うんだ!」
片岸部長が示した時刻、ステージに上がる時刻に、聖さんはカーテンを引いて叫んだ。
広がる空が青くて。声が、何処までも届く気がした。
片翼の君が望むモノは翼ではなく
青い空だった
白い羽根が雲に溶けて
どこまでも飛んでいける気がした
サビを歌いきり、ホッと息を吐くと、突然左手を掴まれた。
「さあ、僕たちの出番だよ!」
聖さんの宣言の後、窓の下から歓声が聞こえた。
美術室はグランドに面していて、ステージが中央にあるのが見えた。そのステージ上で、透先輩が弓を掲げて弾く合図をしたのが微かにわかった。
高い、澄んだ音色と共に歓声が止む。階下を見ると、ハイジャンプのマットが用意されていた。
「片岸、ゲームは終わりだよ。これから見るのは現実だ」
聖さんが窓枠に片足を掛けたのを合図に、繋がれた左手をそのままに窓枠に飛び乗った。
翼なんてないけど、空を飛べる気がした。
聖さんに手を引かれ、ふわりと、一瞬だけ飛んだ気がした。
二階の高さはあっという間で、衝撃はほとんどマットに吸収された。
「由宇、行くよっ!」
繋がれたままの左手を引かれてマットから飛び降りた。
自然に出来たステージへと続く道を走る。息は切れない。これから、始まる。
さよならの言葉は終わりじゃなく
始まりだった
透先輩のバイオリンと学人先輩の電子ピアノの音と聖さんの歌声が。
空に届く気がして。
久しぶりに本当に心の底から笑えた。




