18.号外新聞で
駅にはすでに聖さんと透先輩の姿があった。聖さんは僕を見ると嬉しそうな顔をしたが、視線が右手に移った後に苦いものに変わった。透先輩は弱く笑っている。
「おはよう。怪我はどうだったの?」
「全治一ヶ月です。文化祭には間に合いませんね」
「不幸中の幸いね…」
透先輩の呟きに、聖さんと学人先輩は頷いた。
確かに。犯人は僕が演奏できなくなればいいわけで、それが叶った今、自分は安全圏にいることになる。それは僕が文化祭に出ることを望まない人だけであって、犯人の三人の内、一人の動機は違うところにある。
ホームに向かう途中、先頭を歩く聖さんは喧騒の中、はっきりと言った。
「とにかく、これから相手がどう動くか楽しみだね」
聖さんの声は、内容と違って硬いものだった。いつもとは違う先輩たちの雰囲気に、右手に巻かれた包帯を弄んだ。この怪我がきっかけになった。もっと自分が注意していればこんなことにはならなかったかもしれない、と悔やむ気持ちがある。
いつもは聖さんから触れてくるところを、自分から聖さんの袖を引っ張った。
「聖さん、僕は文化祭を成功させたいです。それを優先してくれますか?」
おずおずと言うと、聖さんは笑顔でもちろん、と頷いた。
犯人を捜すよりも、文化祭でのバンドを成功させることに重点を置いて欲しかった。犯人に検討がついている分、聖さんには知って欲しくなかった。それがただ先延ばしにするだけであっても。
「由宇が一緒の最初で最後の文化祭だからね。成功させるよ」
そのあとに言葉が続いたようだったが、電車がホームに入ってくる音に消されて届かなかった。近くにいた学人先輩には聞こえたようで、表情が硬くなった。何かが始まろうとしている。それは決心の表情だった。
電車の中では、バンドで何を演奏するかの話題だけだった。優先するのは文化祭の演目の方、と決めた以上、それに専念することにした。それは表面上だけであっても。
学校に着くまでに、楽器のパートと大体の曲目は決まった。曲については、時間配分、練習量を考えて、三曲が妥当になる。話に出たのは五曲だから、二曲は省かなければならない。でも、どれも捨て難かった。いざとなったら、五曲全部やってもいいかもしれない、と話が落ち着こうとしたところに、校門近くで騒いでいる声が聞こえた。発生源はまた、あの掲示板だった。
「ちょっと見せてくれる?」
掲示板に群がる生徒の中を、聖さんは得意の笑顔で掻き分けていった。聖さんの後を透先輩、僕、学人先輩と続く。掲示板の前に着いて見上げると、そこには号外新聞が貼ってあった。
『万屋の新人・須賀由宇が手を負傷! 文化祭でのバンドに参加できるのか!?』という見出しで始まる記事は、詳細が書かれていた。それによると、学人先輩からの「由宇をメインにする」というインタビュー結果から号外が出されたようだった。右手を負傷、とはっきり書いてある。
隣に立つ学人先輩にだけ聞こえるように言った。
「これで一人、確定ですね」
「そうだな。これなら結構ボロが出るかもしれないな」
学人先輩に頷いた。
昨日の出来事を知っているのは犯人以外に有り得ない。放課後、人通りのないところで行われた暴行。負傷しているのは右手、と断定しているところから確実だった。
新聞部に犯人がいる。そして、それは昨日紙に書いた人物。あの『覆面と標準体型の男子』に当てはまる。
「透、佐川を調べてくれないか? 俺だと警戒されるからな。最初の取材を断ったから」
「わかった。あの子も万屋を変に特別視してたから、気になってたの」
透先輩は二つ返事で引き受けた。佐川に近付けるのは透先輩だけだった。聖さんでも、『王子』としての存在が邪魔をする。
佐川に関してはあと一つ、僕にも確かめられることがあった。