14.文化祭の競争で
「やられた…」
部室のドアを開けた透先輩の第一声に、学人先輩が横から中を覗いた。何もコメントはない。
とりあえず廊下に立っていても仕方ないので、聖さんは二人の背中を押して中に入った。僕も後に続いた。
言葉が出なかった。部室は見事に荒らされていた。何かを探していたと見える散らかり様に、視線を動かせば目的の物は判明した。
見覚えのある服が無残にも切り裂かれている。それは写真で見た、去年の喫茶店の衣装だった。
「油断した…ここまでするとは思わなかった」
「でも、これでわかったね。僕たちが今回も文化祭で喫茶店をすると思って衣装を駄目にした。それも調理室に行っている間に。学人、幕が開いたね」
学人先輩の失敗した、と苦く言ったのに対し、聖さんは明るく応えた。そして、口の端を上げて学人先輩に向けて強く言い切った。
幕が開いた。何かが始まったことを意味する。この場合、文化祭の競争が始まったということになる。
透先輩は蚊帳の外のように思えたが、しっかり役割はあった。学人先輩が原因を追究する間、聖さんと透先輩は何事もなかったかのように振舞う。それは相手に少なからずダメージを与えることになるだろう。お前なんか怖くない。お前の力なんて及ばない。そう思わせる。
本当に蚊帳の外で何も出来ないのは自分だ。
先輩たちが水面下で動いている中、いつものように部室で宿題をした後に文化祭で歌う曲を選んでいた。高校生が知っているとなると、最近の曲になる。早口なものは合わない。音を正確に取る前に進んでしまうから。得意とするのは声が伸びる部分があるものだった。ゆっくり過ぎても息継ぎに困るから、その両方を充たすもので無ければならない。
部室荒らしがあった日から、動きはなかった。僕が巻き込まれないように、聖さんは仕事を回してこない。学人先輩は部室にいるけど、調査に専念していた。相手の先の情報を得なければ対処できない。
ピリピリとした空気に、この場所から逃げたくなった。しかし、それは出来ない。僕はこの部の一員だ。先輩たちが舞台で頑張っているのに自分だけが観客でいるわけにはいかない。
出来ることをやる。宣言した言葉だけが今は頼りだった。
五月の第一週の月曜日、文化祭の催し物が掲示板に発表された。提出したとおり、『環境整備部=バンド』となっている。その他、合唱部は合唱、料理部は喫茶店、吹奏楽部は体育館で演奏となっている。他の文化部はその部の特性を活かした催し物になっていた。
前回のようにならないために、足早に掲示板の前を去った。僕一人だと気付かれにくい。しかし、鋭い視線を感じて振り向くと、僕を睨んでいる二対の瞳に出逢った。そこに表れているのは憎悪。その禍々しい瞳から逃げるように校舎へと向かった。
次の日の放課後に、また料理部で手伝うことになっていた。今回はお菓子を中心に作る予定だ。材料は用意してもらっているので、自分で調合した茶葉を久保部長に渡してから部室に向かった。
調理室と部室がある棟は別で、渡り廊下で繋がっている。渡り廊下に窓は少なく、薄暗い。唯一の蛍光灯も、点滅していて切れかけていた。そのせいか、人通りは全くなかった。
突然、頭を殴られた。蛍光灯に気を取られ、背後の気配に気付かなかった。考える暇はなく、意識は沈んでいく。
意識がなくなる直前、ある匂いを感じた。知っている匂い。花に似た甘い香りに、何故、という疑問だけが残った。