13.初めての部活動で
「今日はよろしく、須賀くん」
料理部の部長、久保涼子は笑顔で言った。
今日は初めての出動だった。和食を得意とする母の代わりに、中華好きの弟のために中華料理を作っていることを知った学人先輩から回された仕事だった。万屋には料理担当がいなくて助かったと言われたとき、嬉しかった。自分でも部のためにできることがある。得意とするのは中華だけど、洋食もできないことはない。ただ、和食は母が専門のため、作ったことがなかった。
「昨日言われたものは用意しておいたわ。じゃあ、早速お願いできるかしら」
「はい」
「じゃあ由宇、また後で。透も連れてくるね。一応デビューということで、学人にいてもらうから。楽しみにしてる」
バイバイ、と聖さんは手を振って調理室を出て行った。その後、後ろで溜息が聞こえた。
料理部の部員のものだった。王子様を近くで見れたことが嬉しかったのだろう。感嘆の溜息だった。何人か、まだうっとりとしている。
そんな部員を困ったように苦笑して見ていた久保部長は、向き直った。
「始めましょうか」
「はい。では、手順を説明しますので、聞いてください」
一連の流れを説明すると、皆すぐに作業に取り掛かった。料理部ということもあり、手際はいい。十人という少人数なので、目が行き届いて遣り易かった。特に質問もなく、和やかに調理は進んでいった。このまま手持ち無沙汰なのは時間の無駄のような気がしたので、教室の隅で黙って皆が調理しているのを見ていた学人先輩の方へと近寄った。
「先輩、杏仁豆腐は好きですか?」
「特に好きというわけではないが、嫌いじゃない。作るのか?」
「はい。時間があったら作ろうと思って材料は用意してもらってたんです。今の感じだとそこまでは出来ないと思うので、全員分作っておこうと思いまして。聖さんや透先輩も嫌いじゃないですか?」
学人先輩が頷くのを確かめてから、取り掛かった。作る途中、仕上げ段階で何度か助けを求められたので駆けつけたりドタバタしたが、何とか予定通り仕上がった。
天津飯にエビのチリソース煮、海鮮野菜炒めと水餃子が机に並んだ。十人でこれだけ出来れば上出来だ。
後は聖さんと透先輩を待つだけ、というところで二人は現れた。このタイミングの良さは学人先輩の仕業か。料理は温かい内に食べるのが一番なので、ちょうど良かった。
久保部長の横に聖さんが座り、その隣に透先輩、学人先輩、僕と続いた。そのまま久保部長の「いただきます」の声で食事は始まった。
「うわー美味しいね。これは誰が作ったの?」
聖さんの称賛に、おずおずと一人の部員が手を上げた。その部員に聖さんはにっこりと笑みを浮かべ、美味しい、ともう一度言った。
王子様の笑みにすっかり骨抜きだ。その後も聖さんは褒めまくり、部員は聖さん信者のようになっていた。
それが気になったのか、久保部長は誰に言うでもなく呟いた。
「やっぱり味付けが重要ね」
浮かれていた部員はその一言で沈黙した。視線が一斉に僕に向いた。そこに負の感情はない。本当に料理が好きなんだな、と感じた。素直に僕の味付けを認めてくれている。
その視線から逃れたくて、杏仁豆腐を机に運んだ。料理はほとんど無くなっていたので、デザートに入ってもいい頃合だった。
僕がこれを作っていたとは知らなかったようで、学人先輩以外の人は驚いたように見ていた。皆それだけ自分の料理に必死だったということだ。
「杏仁豆腐です。苦手な方もいらっしゃると思いますので、ご自由に取ってください」
まずは代表で久保部長が取り分けた。今回白桃と蜜柑、ナタデココを少しだけ入れた。薄味にしたので、苦手な人でも食べられると思う。
「…これはまた美味しいわね。この独特の匂いが嫌いな人でも大丈夫だと思うわ」
久保部長の言葉が引き金になり、元から食べられる人はさっさと取り分けていった。後から苦手だと思われる人も少量ながら取った。
その人も美味しそうに表情が柔らかくなったのを見て、自然と笑みが漏れた。嫌いなものでも工夫次第で食べられることがある。それが出来たようなので、作戦成功といったところだ。
聖さんと透先輩も取り分けて口へ運んだ。
「うーんさすが由宇だね。あれ、学人は食べないの?」
「俺は先に食べたからいい。待っている間にな」
「うわっずるい! しかも何気に隣に座ってるし。がーくーとー」
悔しそうに言う聖さんに学人先輩は勝ち誇ったように余裕の笑みを浮かべていた。二人に挟まれた透先輩は気にした風もなく黙々と食べていた。部長はくすくすと笑っているだけで、部員たちはにこにこと眺めていた。
これが万屋ということか。自然体であるのが当然であるかのような。それが受け入れられるのが。
食事が済んで、後片付けに取り掛かった。ちゃんと先輩たちも手伝っていた。万屋ということで気を遣ってくれたのか、ほとんどを部員たちがやってくれた。
調理器具や食器が仕舞われた後、帰るだけになった。
「須賀くん、今日はありがとう。またお願いできるかしら」
「僕で良ければ喜んで」
久保部長は社交辞令で言ったのかもしれないけど、一応承諾した。部員の承諾があって、部長である聖さんが決定する。そのシステムを知っているようで、久保部長は聖さんに笑みを向けた。
「じゃあ、またよろしくね。伊集院くん、また頼むわね」
「了解。僕もまた食べたいしね」
聖さんはどういうつもりで言ったか知らないけど、久保部長は笑みを深くし、部員たちはキャーキャー高い声を出した。嬉しいのはよくわかる。だけど。
聖さんに理想を押し付けているような気がするのは自分だけなのか。
「さて、部室に戻ろうか」
聖さんの一声で透先輩は調理室を出て行った。その後に学人先輩が続き、僕は聖さんに背を押されて聖さんは最後に出た。
廊下に出る前に部員たちの様子を見ると、近くで見た万屋メンバーに興奮しているようだった。後から実感が湧いたのだろう。掲示板のところでの光景に似ていて、頭がチクッと痛んだ。引き摺られて出てくる記憶は、さっきの透先輩と学人先輩の会話だ。
最後に一瞬だけ見えた久保部長の顔に表情はなかった。何故か目が合った。