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1.桜の木の下で

 右手に激痛が走った。

 重い目をゆっくりと開けた。痛みは断続的に続いている。手の骨にヒビが入っているか、最悪折れているかもしれない。手は後ろに縛られているため、確認はできなかった。仕方なく、壁に凭れたまま溜息を吐いた。

 倉庫に閉じ込められて、意識を失って何時間経ったのかわからない。幸い窓があるため、時間の経過はわかった。無くなっていく光が、夜を呼び寄せる。

 衰弱した体は、眠りへと誘った。気絶は睡眠にはならない。まだ体は回復を欲していた。

 どうしてこうなったのか、と辿れば、行き着く先は入学式だった。あのときから始まっていた不和。

 しかし、後悔はしていない。沈んでいく意識の中、それだけは確かだと思えた。

 あの、桜の日から始まった。



 光だと、思った。

 入試のときに偶然見つけた、まだ開花していない裏庭の桜の木が気になって、入学式が終わってすぐに訪れていた。

 桜の花弁が吹雪のように舞い散る中庭で、そこにいるのが当然かのように、三人の男女はしっかりとその存在感を見せ付けていた。

 動かなかった。いや、動けなかった。何がそうさせているのかわからない。ただ、彼らは自分を待っている。

 そんな妙な確信があった。

「入学おめでとう」

 その中で一際目立つ中央に位置する青年が、薄く笑みを浮かべた。柔らかいハスキーな声。それを合図に、三人はこちらへと歩み寄った。近付くにつれ、はっきりと容姿が見て取れる。

 僕に声を掛けた青年は淡い色の髪で、容姿を見るとハーフに見える。皆が着ている普通の学ランが、違和感なく似合っていた。

 その右隣にいる女性は肩で切り揃えた黒い髪をなびかせ、無表情で見ていた。美人が凄むと迫力がある。まるで日本人形のような顔は怒っているように見え、慌てて視線を左へと遣った。

 もう一人の青年は漆黒の髪に瞳、そしてフレームレスの眼鏡を掛けていた。典型的な優等生、という感じがする。神経質そうに表情は硬い。全員制服に付けている学章は三年生のものだった。

「君の入学を心から歓迎するよ。須賀由宇くん」

「なぜ、僕の名前を?」

 問いかけに、中央の青年はにっこりと笑った。

 入学早々、なにが起こっているのかわからなかった。中庭には偶然来ただけで、この高校に上級生の知り合いはいない。なぜ名前を知っているのか。なぜこんな美形が揃ってここにいるのか。会ったことなどなかったはずだ。会っていたら忘れない部類の人達だった。

 首を傾げて青年を見た。情報が足りなさ過ぎる。その仕種に、青年は突然抱きついてきた。

「うわー当たりだよ。絶対この子に間違いない!」

「妙に自信があるんだな。まあ、お前の勘は信じるけど」

 突然抱きつかれたことよりも、女性の言葉遣いに驚いた。突然の抱擁は、弟や妙にスキンシップを好む友人で慣れていた。それが見知らぬ他人であっても、些細なことに思える。それよりも、あの黒髪美人が、男言葉で話すなんて思いもしなかった。耳を疑ってみてもあの声の高さは女性特有のもので、人それぞれということかもしれない、と思い直した。

 そして、次の疑問に気付いた。『由宇に間違いない』とは、どういうことなのか。探していたものが見つかった、とでもいうような感じのそれは、喜び以外の何も表してはいなかった。

「先輩方は、僕を待っていたと思っていいんですね?」

「そう! やっぱり俺の勘は当たっていたね、学人(がくと)

「そうだな。(とおる)の言葉遣いに何も言わないし、(ひじり)の奇行にも対処しているし。須賀、突然のことで理解できないかもしれないが、初めから説明する」

 一番まともだと思った学人と呼ばれた眼鏡の青年は、聖と呼んだ青年を引き剥がしてくれた。不満なのか、聖さんは顔を顰めたまま手を離した。

 その様子に、黒髪美人、透さんは呆れたように苦笑した。その微かな笑みが、この三人の関係を表しているようで微笑ましかった。友人というより、親友だと断言できる関係なのは間違いない。今は、その三人が何の用なのかが重要だった。

「俺は三年一組の一宮(いちのみや)学人。隣のぶっきらぼうに話す女が戌亥(いぬい)透。で、突然抱きついたのが伊集院(いじゅういん)聖。二人とも同じクラスだ。俺たちは三人で『環境整備部』という部を作って活動している。今回は、君を部員に勧誘したくて待っていたということだ」

 すらすらと学人さんは説明したが、それを一回聞いただけで理解できるほど内容は簡単ではなかった。

まず、情報を整理しよう。三人の名前、学年、組はわかった。そして、僕を待っていた目的も。その三人が所属している部活は三人で作った環境整備部。

 中学校では、部活は最低五人部員が必要だった。

「環境整備部って部員は三人なんですか? 三人で部活が作れるのですか? 他にも部員が?」

「環境整備部、通称『万屋』。普通は三人じゃ部活は作れないけど、例外でな。私たちが卒業したら、廃部という条件で成立している。あと、他に部員はいない。ちなみに顧問は英語の教師だ」

 透さんが淡々と語ったのに対し、納得して頷いた。例外、と言われればそれで説明になっている。

 そして、一度聞いてしまったら、透さんの言葉遣いに違和感はなかった。自分のことは『私』と言っている辺り、言葉遣いは一種の個性だと感じられる。特に偏見はなかった。

 透さんの発言によって、また疑問が増えた。通称、万屋。『万』というのであるから、部の活動はなんでもするということが予想できる。

「その部に、なぜ僕を誘うのですか?」

「部長である聖が選んだからだ。聖の勘は当たるからな。君が必要だということだ」

 勘を頼りにするなんて、そんな非科学的なことを信じるような人に学人さんは見えなかった。しかし、透さんも同様に聖さんを信じている。以前に実績があるのかもしれない。

 その聖さんが僕を選んだ。それだけが、絶対のようだった。

「それで、僕は何をすればいいんですか?」

「由宇は由宇であればいいんだよ。部を手伝ってもらうかも知れないけど、無理はしなくていいから」

 にこにこと、聖さんは答えた。由宇、と名前で呼ばれたことに不快感はない。いつもは馴れ馴れしい態度は警戒に値するが、不思議とこの人は大丈夫だと思えた。

 無条件に受け入れるという姿勢に惹かれたのかもしれない。自分に理由を付けた。

「じゃあ、また明日。部室は特別棟の三階、物理準備室の隣だからね」

 聖さんはバイバイ、と手を振って校門へ向かって行った。意外と別れはあっさりとしている。その後に二人は続いた。

 三人は、桜に紛れて消えたように見えた。夢でも見ていたような感覚がする。それでも、桜は現実しか見せなかった。淡い匂いが、先程の出来事を頭に刻み込ませた。

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