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リア充、爆発するってよ

作者: ケイスケ


「リア充爆発しろ」というネットスラングがある。

 元々は2ちゃんねるの大学生板で使われていた言葉だったが、他の板、twitter、ニコニコ動画などを介在しつつじわじわと生息域を広げていき、今では割と一般的に耳にするレベルまで定着した。

 意味は嫉妬以上でも以下でもない。「リアル」が「充実」している人間を「充実していない」と感じる日陰者たちが発する、慰みの言葉。そもそも、リア充とされている人間の大半にはこの言葉は届かないし刺さらない。最近はその意味合いも非常に広義なものになってきているが、その対象は彼女持ちの男であることが多い。

 かくいうぼくもその呪いの言葉を胸に秘めながら、みじめに日々を暮らしていた。

 

 ところで、何故「爆発」なんだろうか。

「氏ね」でも「消えろ」でも「フ○ック」でも「×××××」でも、なんでもいいんじゃないだろうか。

 何故、あえて爆発という表現を使うのだろうか。

 二人乗りで下校する制服カップルをジト目で見つめながら一人歩いているときに、ふとそんなことを思い立つ。


「そこに気づいてしまったか……」


 ふいに頭の中で、自分以外の誰かの言葉が響いた気がした。

 ん? ……なんだ今のは?

 まあきっとイヤホンから曲間のセリフか何かを拾ってしまったのだろう。

 

 


 思い出してみてもきっかけらしいきっかけは、あの違和感の中にしかなかったような気がする。

 よく分からないが、あの思考そのものが、覗いてはならない世界に繋がっている扉のキーを回してしまったらしい。

 超能力というのは、こういう自己の発現の中に存在しうるものなのかもしれないな。うん。

 端的に言うと、ぼくは「リア充を爆発させる」能力を手に入れてしまったのだ。

 

 クリスマスも近くなり、街が徐々にイルミネーションに彩られ、人々もどこか浮き足立ってくる高校二年の十二月中旬のこと。

 狭量でひねくれもののぼくは「節電節電うるさい癖に、こんなところではムダ使いしやがって」と心の中で舌打ちをくれてやりながら、一人黙々と寒々しい夜の並木道を闊歩する。

 右手にあるベンチでは、ぼくと同じ高校の制服を着たカップルが、一つのロングマフラーを二人で首に巻いて、イヤホンをお互いの片耳づつ耳に差し、恋人繋ぎをしながら笑いあっている。彼女のほうのリボンの色からして、あれは三年生の先輩か。知らない人だけど。

 イルミネーションをバックにあらまあ、お幸せそうなことで。……チッ。


「……リア充爆発しろ」


 今回はそのイチャイチャっぷりに、思わず口をついてその言葉が漏れ出てしまった。

 もちろん、誰にも聴こえないような声量でだが。

 そのまま歩き去ろうとした次の瞬間、ボカンッ! という映画やボンバーマンの中でしか聞いたことの無い炸裂音が近くで上がる。

 何事かと音のした方向を振り向く。カップルがいたベンチの方向だ。

「ねえ! 大丈夫!!? しっかりしてよ!! ノブくん!!!」

 さっきまでの平和な時間が嘘のように、そこには見るも悲壮にも焼け爛れたカップルの姿があった。

 彼氏のほうは意識を失っているようだ。何度も彼氏を揺さぶり声を掛けている彼女も、彼氏ほどではないが制服はボロボロになり、そこかしこに火傷を負っている。

 繊維と皮膚が焦げ付く、生理的嫌悪感を覚えるニオイがする。

 瞬く間にやじ馬が集まり、辺りは騒然となる。

 ほどなくして救急車が到着し、男は担架に、彼女はそれに付き添うように運ばれていった。

 ぼくはその様子を、間抜けな顔をして呆然と見送っていた。

 ……偶然なのだろうか。

 しかし、人が爆発することなど、この平和な日本の社会の中でそうそうあるものではない。

 目ざとく周囲を見回していたわけではないが、何か外的要因で爆発したような痕跡はない様に思える。自発的な爆発。

 偶然、なのだろう。きっと。

 しかしぼくはその時、もう二度とこの言葉を口にしてはいけないような、そんな気がした。

 



 身体に文字通りの爆弾を抱えて生きてきて三年。

 ぼくは大学生になっていた。

 そして彼女が出来たのであった。

 リア充たちに卑屈であったぼくは、灰色の高校生活を過ごすこととなり「周りの連中が愚かだから、ぼくの魅力に気づかないのだ」という、今思えば責任転嫁以外の何者でもないの持論を証明する為に、必死で勉強し、まあ自分でも割と頑張ったと思える大学に入れた。

 大学に入ってみると、高校というのは狭い世界であったことを実感する。

 年齢と共に多様化する価値観の中で、自分の所属できる場所を見出して、こんなどうしようもないぼくの事を赦してくれる、一人の女性とも出会えたのだ。

 同級生で、同じサークルに所属している、さっぱりとした女の子。

 名前を恵美という。

 今までの人生の中でこれほど充実している時間も無かった。

 ここで時を止めておきたいくらいだった。

 爆弾のことはすっかり脳内で「勘違い」として処理して、いつしか記憶の奥底へ消えつつあった。




 季節は巡って十二月の後半。

 大学二年の冬休みという学生生活でも指折りの自由な時間を、ぼくは大学近くの下宿アパートで、恵美と何をするでもなく、まったりと過ごしていた。幸せな時間。

 こたつの同じところから足を入れて、ひっつきあってあたたかいココアを飲みながら、取り留めの無い会話をする。

「はぁー。しあわせ……」

「うん。ぼくも」

「去年まで『リア充爆発しろー!』とか、思いながら過ごしてたのに」

「もうぼくらも、すっかりリア充だね」

「ねー」

 恵美はごろごろと、ぼくの肩に頭を預けてくる。セミロングの髪の毛が首筋に当たって、なんだかくすぐったい。

 話題の提供にと、ぼくは記憶の奥底からあの疑問を引っ張り出してくる。

「ね、なんで『爆発』なんだろうね。『死ね!』でも『消えろ!』でもよさそうなのに」

 彼女とこうして、どうでもいい議題について語り合う時間がぼくは何より大好きだった。

 んー。と恵美は考えて、ぼくの足の間に身体を潜り込ませてくる。

「多分、リア充への「憧れ」が前提にあるから。なんじゃない? 「死ねー!」とか「消えろー!」とかじゃ、自分がもしそうなった時、示しがつかないじゃん?」

 なるほどそれは大いにありそうだ。と同調し、ぼくは更に付け足す。

「あとは直接的な表現じゃないから。というのも大きいのかも。なんとなく『爆発』って非現実的じゃない? ボカーン! って爆発して、黒こげになって、アフロになって。みたいな。ちょっと表現が和らぐ気がしない?」

「わたし、たっくんがアフロになったらやだなー」

「ぼくもやだよ」


 ぼくのアフロ姿を想像して、二人で笑いあう。

 実際には「爆発」が一番悲惨な気もするのだけれど、そこはやっぱりフィクションの域を出ないのだろう。それできっと気軽に言える言葉になったのだ。


「しかしぼくも、高校の時はよく思ったもんだったよ。『リア充爆発しろ!』……なんて」


 その時、唐突に頭の中で警報音が鳴り響いた気がした。

 あ、やばい。なんか致命的な一言を言ってしまったような――

 こたつから出て、出来るだけ距離をとるように飛び出す。

 が、次の瞬間、ボカンッ! という爆裂音が身体のどこかから発され、同時に全身に猛烈な衝撃が走り、吹き飛ばされる。

 



 ねえ! 大丈夫!!? しっかりしてよ!!

 恵美の声が残響のように聴こえる。

 かろうじて恵美から少しは距離が取れたが、彼女の服はぼろぼろ。あちこち火傷しているみたいだった。

 あ、これデジャヴだわ。

 人を呪わば穴二つ、因果応報。というところか。

 そこでぼくの意識は途絶えた。





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