BULLET:8
山中の材木置き場にヘリが待機していた。
報道用のヘリにカモフラージュしてはいるのだが、助手席側の隅に大口径のライフルが銃身を覗かせている。
ローターが回転し、木屑を巻き上げて散布していた。
「ジムが来る、足留めを頼む」
「はい!」
三人ほどがライフルを持って散って行く。
それを見てから、スペンサーはヘリへと乗り込んだ。
誰も疑問には思わなかった。殺せ、ではなく、足止めと口にした彼の心理に。
そこには微妙な本音が見え隠れしていた。
タイヤの軋む音が耳に聞こえる。
「頼んだぞ!」
リーダーらしくない発破をかけて、スペンサーはパイロットに上昇を命じた。
蜘蛛の巣状のヒビがフロントガラスに刻まれた。
サムが急なハンドルを切る。
「「きゃあああああああ!」」
少女達は伏せたまま、遠心力によってシートの上を転げ回った。
どれが自分の手だか足だかもわからなくなるほどに絡まって。
「ジム!」
ターン中に、ドアを開けて飛び出していった。
「無茶を!」
車が半回転したところで、サムはアクセルを踏んだ。
尻を晒して遁走にかかる。
「おじさん!」
「パパ!」
「ダメだ!」
バックミラーで撃ち合いを確認できた。
切ってしまうほどに唇を噛んで、サムは車を遠ざけた。
ジムはコートの前を合わせ、腕を曲げて頭を庇った。
そのまま身を低くして突っ走る。
バスバスと何発か当たった。しかし防弾仕様のコートは、衝撃だけを体に伝える。
懐から銃を抜き、曲げた腕の隙間から銃口を覗かせ、適当に撃つ。
しかしその様に身を庇いながらでは、狙いも雑になってしまう。相手もそれをわかっているからこそ、材木の影に隠れもしない。
(奴は何処だ!?)
ジムは、手短な木材の山に身を潜めた。
走りながら、一通り目にした景色を、頭の中で反芻する。
積み上げられた材木の山、砂砂利、プレハブの建物に、トラック。
思い浮かべて、敵がどこを守ろうとしているか、当たりをつける。
が、その思考を遮る爆音が轟いた。
「ヘリ!?」
空を見上げると、低空をかすめるように、警察のヘリが通り過ぎていった。
降下しかけたところで、何かを見つけ、追いにかかったようであった。
ジムは勘を働かせた。
舌打ちをする。警察が追ったのは、空を飛ぶ何かか、地面を走る物だと想像ができたからである。
なら、スペンサーは、それに乗っているだろう。
「くそっ!」
自棄になったジムの真近くに、敵からの銃弾がプレゼントされた。
「もっと寄せろ!」
ムツキは、ライフルを構えながら、パイロットを叱り付けた。
ヘリに乗っていたのはムツキであった。
警察のヘリは、対空戦を行えるようにはできていない。
ムツキは、安全を無視してドアを開けた。
速度の都合で、抵抗が凄く、ヘリはバランスを失い、姿勢を崩す。
「空中戦なんて、無理ですよ!」
パイロットが泣き言をわめく。
「閉めて下さい、落ちたいんですか!」
「やって見なきゃだろ! まだ一発も撃ってないんだ、横寄せろ!」
「車じゃないんですから!」
ムツキは無視して、特製のゴーグルを目にかけた。
その内側は特殊なディスプレイになっていて、ライフルのスコープと光ファイバーケーブルによって繋がれている。
風速や距離なども表示されていた。コンピューターが自動的に、対象とするものを捉えて、照準位置を補正していく。
絞るように、引き金の指に力を入れる。
「うわっ!」
急にヘリを傾けられて、慌ててトリガーから指を外す。
「どうした!?」
「撃って来ました!」
「そりゃそうだろ!?」
だが、突然として、正面のガラスにヒビが入れば、それは焦りもするだろう。
割れたり、銃弾が飛び込んで来なかっただけでも、運が良かった。
ムツキは毒づきながら、銃を納めた。
「やっぱ無理か」
「当たり前でしょう!?」
ムツキが諦めてくれたことにほっとして、機体を遠ざけながら、パイロットは漏らした。
「何処へ行く気ですかね?」
「知るか!」
「……あのヘリなら、海を越えられるでしょうね」
「伊豆諸島へ渡る気か?」
低空で飛ぶヘリを追跡できる様なシステムは警察にはない。
それに、途中で船にでも乗り換えられたら、また厄介なことになる。
伊豆沖の島には、ホームレスとも違った、独自のコミュニティが存在しているのだ。
例え列島に戻ってくれたとしても、ムツキたちが持っているのは、ジャパンでの捜査権である。
中国、ロシアの監督支配地域へと入り込まれたら、彼らには諦めるほか結論がなかった。
「厄介な……」
上からの捜査打ちきり予告が、聞こえてくるようだった。
「その前に墜とぉす!」
「だからどうやって!?」
「知るか! とにかく逃がすんじゃねぇ! 絶対に追い詰めてやる!」
パイロットの溜め息よりも、ムツキの鼻息の方が荒かった。