BULLET:4
真美が枕を胸に悶え出して十五分。
ジムはまだ、官邸の麓で電柱にもたれかかっていた。
もう陽も落ちてしまっている。
脇にはラリーカーを停めている。
ジャパンは米国の州でありながらも、一国のような形態をもって存続させられていた。
特異な自治区として知られている。
その首都であるこの街は、湾岸部、市街地、そして山が直線上に並んでいた。
なにをするでもなく時間を潰しているように見える。そんなジムに、話しかける姿があった。
「仕事熱心なことだな」
声の源に目を向ける。電灯の下に姿を見せたのはムツキであった。
「彼女の警護は俺の仕事だぜ?」
ふんっと鼻息荒く自分を指差す。
ジムは無視するようにタバコに火を付けた。
「てめっ!?」
思わず掴みかかるムツキであったが、食い込むはずの指は、コートの意外な硬さに押し返された。
厚いのではない。
硬かった。
ジムは、からむなよと、嘆息した。
「警官は街の平和を守っていればいい」
「だったらてめぇこそ大人しくしてろ!」
「時間外労働と残業は無駄に税金を消費する」
「だからって、てめぇなんかに任せられるか!」
キキィ! っと、急ブレーキの音がした。
殴りかかろうとしたまま、ムツキは突然の眩しさに目をくらませた。
車のライトだった。二人を照らし、タイヤの音を軋ませたのは、昨日の襲撃者達が乗り逃げて行った、あの黒いRV車であった。
そのウインドウは開かれていた。
覗いていた筒を見て、二人はとっさに、ラリーカーの影に飛び込んだ。
連続した発砲音が鳴り響く。
ボンネットに、扉に、窓に銃弾が弾けて穴を穿つ。
「「この!」」
二人はまるで申し合わせたかの様に、同じ動作で銃を抜いた。
揃えるように並んで屋根の上で狙いを定める。ムツキの銃は支給品だったが、ジムのものは大口径のマグナムであった。
ガン、ガォン!
ムツキの銃の音は、マグナムの轟音に飲み込まれ、かき消される。
「くっ!」
走り去る車に舌打ちして、ジムは穴だらけになった車に乗り込んだ。
「ちっ!」
ムツキも助手席へと飛び込む。
割れた窓ガラスの破片が尻に痛かった。
──キキュ!
タイヤを軋ませて、車はターンをする。
銃を握ったままハンドルを操る動きに慣れを見て、ムツキはぶすっと口を尖らせた。
「そのマグナム、携帯許可はあるのか?」
「ない」
「この車は?」
「スクラップから組み上げた」
銃撃戦になるかも知れない。だからシートベルトはかけられない。
ムツキは足をダッシュボードに押し付けて体を固定し、ジムの鋭い目を盗み見た。
(まるっきり、法を無視してやがる。こいつ……)
あるいは法というものを知らないのか、守るべき理由を持たないのか?
そんな考えが、ムツキにジムの生い立ちを想像させた。
「あいつは昨日の残りか?」
「だろうな」
ジムの目はガソリンの残量に向けられていた。
まだ走り出して間もないのだが、ホームレスのジムである。ガソリンはいつも尽きる寸前だった。
ムツキも気がつく。
「……やばいのか?」
「向こうは電気駆動との両用らしい……、燃費を考えても」
「なら無理矢理でも停めるしかないな、右に出られるか?」
「やってみよう」
ジムはさらにペダルを踏んだ、過給器が大きく悲鳴を上げる。
いくら夜の都市外縁部とはいえ、街中であることには変わりはない。
深夜でも無いので交通量も少なくは無かった。
当然、追跡行は先を走るRV車が、一般車両を割って進むこととなる。
それに対して、追いかける側は楽なものであった。先行が空けた道に割り込めばいいだけなのだから。
ジムはそれを読んだ上で急加速をかけた、一気に間を詰め、右車線から左に切り換えようとしたRV車のテールをノーズで小突いた。
RVは後部を滑らせて安定性を失った。
その立て直しに手間取っている間に、ジムは間隣、右車線を占領して見せた。
「このっ!」
ムツキは小さなリボルバーをタイヤへ構えた。
弾層に込めていた六発全部をそこへ撃ちこむ、路面やフェンダーへ逸れたものの、五発目だけが何とか意図した通りにタイヤに当たってバーストを招いた。
キキュッ! っという音。ゴン! っと衝突音。
安定性を欠いたRV車は、歩道側の常緑樹へと突っ込んだ。
ジムがブレーキを踏む。元々タイヤのグリップ力が足りていなかったのか、滑るように横に向いて停車した。
「死んでないだろうな!」
ムツキは、自分でやっていながら、舌打ちした。
ボンネットが折れ曲がり、木がエンジンルームの半ばにまでめり込んでいる。
二人は車を停め、警戒しながら中から降りた。暫く様子を見る。しかしなんの動きもない。
頷き合ってから、二人は姿勢を低くして近寄った。
──官邸。
「バカモンがっ!」
怒声が落ちた。
雷にも匹敵する罵声でもあった。
「お前達の仕事はお嬢様の護衛だろう、何をしていたっ!」
「しかしですねぇ!?」
「俺のミスだ」
ロインとサムの怒りに対し、ムツキとジムは対照的なまでに違う態度を見せていた。
犯人を捕まえて官邸に戻って来た二人を出迎えたのは、官邸につめかけている警官隊であった。
「いきなり撃って来たんですよ? 野放しにしておけますか!」
「どうしてお前はそう気が短いんだ!」
黄色いテープが張られ、赤色燈がいくつも回転している。
ジムはギリッと唇を噛んだ。
「……ミスは取り返す」
「当たり前だ」
そう言ったのはサムである。
ムツキ達を置いて、ジムとサムは少し離れた。
「美幸が何か知ってるそうだ」
「わかった」
「おい、ちょっと待てよ!」
置いていくなとすがるムツキを、ロインが捕まえる。
「お前はダメだ」
「なんでだよ!」
しばし睨み合うムツキとロイン。
バックではパトライトが目を痛くさせている。
「……警官だと言うことを思い出せ」
ロインが搾り出した言葉はそれだけであったが、ムツキにはなによりも効く言葉であった。
そんな彼らを置き去りにして、ジムとサムは、サムの車へと歩み寄った。
「美幸」
「ジム!」
サムの車の中で小さく震えていた美幸は、戸を開けて話しかけて来たジムの首にしがみついた。
「どうした?」
そんな彼女の背をなでつける。
互いに、昼間とは百八十度態度が違っていた。
美幸はジムに信頼を見せ、ジムは美幸を慈しむように抱きしめる。
「真美が、真美が……」
「わかってる。俺のミスだ」
髪を擦り付けるように首を振る美幸。
「真美、ジムに謝りたいって言って……」
「謝る? なにを……」
心当たりがなく、ジムは怪訝そうに首を傾げた。
「……ホームレスだからって、恐がっちゃったって、電話で」
「ああ……」
納得と苦笑を同時に漏らす。
「美幸こそ……、こんな所を見られたらまずいだろ?」
「うん……」
美幸は惜しげに体を離した。
目は涙で赤くなってしまっていた。
そしてその顔は、再び泣き出す寸前であった。