BULLET:21
「ジム!」
美幸は、バンッとドアを弾き飛ばす勢いで駆け込んだ。
ベッドの上で、ふてくされたような顔をしているジムを見付けて、その場にペタンと座り込む。
「お、おい……」
慌てたのは、案内をしてきたムツキであった。
「ふ、ええ……」
「なにも泣く事ないでしょう?」
はい、とハンカチを渡し、腰砕けになった美幸を真美は立たせる。
「結構いい病室に入れてもらってるじゃない」
「ああ……」
ジムは顔を背けるようにして、窓の外に目をやった。
その態度に、真美は何かを感じて歩み寄る。
「どうしたの?」
ベッドの上に手を突いて、彼の顔を覗きこむ。
「居心地が悪いんだとさ」
ムツキは肩をすくめた。
「信じらんねぇよ、こんな傷じゃ、死にゃしないって、抜け出そうとするんだぜ?」
「そんなに悪いの?」
顔をしかめる。
「海にな……、飛び込むにしても出血が酷くて、信じられるか? 焼けたパイプでジュッ! だ」
想像したのか美幸は卒倒寸前の体である。
口元を押さえて嘔吐いてしまったのは、車の中で、傷口を焼いたときの臭いを思い出してしまったからだった。
真美も、ジムのギブスで固定された腕に触れないよう、少し離れた。
「……とにかく、左腕がズタズタだ。一番安い治療が切断だって聞いて、こいつ、じゃあそれでって態度なんだぜ?」
ムツキは脇に抱えていた大判の封筒を放り出した。
「恩に着ろよ?」
ばさりとジムの上に落ちる。
真美はちらりと美幸を思いやった。
案の定、美幸は血の気を失った顔をして言葉も吐けなくなっている。
「ま、それでも読んで、養生しろよ?」
手を付けようとしないジムに変わって、真美がその書類の封を開けた。
「これ……ジムの戸籍謄本?」
「嘘!?」
ばっと美幸が顔を上げる。
慌ててくいいるように真美は見つめた、美幸も涙を拭いながらそれを覗きこんだ。
にやにやとムツキが説明をする。
「準市民権。今度新しく発令される制度だ。お前はその第一号なんだとさ」
「……三宅ジロウ?」
訝しい声が漏らされた。
「ジムの本名だと」
ムツキは肩をすくめた。
「準市民権制度は本国の亡命者に対して施行された制度だけどな、それがこの度、ってわけだ」
「今になって?」
怪訝そうにする真美に説明する。
「今度の事で、ホームレスに対する認識が変わったって事さ。ジャパンは不穏分子を育てる温床になっているから、ちゃんとしなきゃってな」
「それで?」
「だから、ホームレスって存在をちゃんと社会的に認知して、保護しようって流れになったんだよ」
この説明に納得しなかったのは美幸であった。
「じゃあジムのやって来たことって、どうなるの!?」
美幸は喚いた。
「あんなに……、辛い思いをして」
「無駄じゃあないさ」
ムツキはタバコを取り出しかけて止めた。
ここは病院であったと思い出したからだ。
「タンカージャック。あの事件があったから、本国がようやく腰を上げたんだ。放置しておける問題じゃないって認識してな」
「だけど……」
「それに、実質的には、テロを止めたのはジムだからな。だから、第一号に抜擢されたんだよ」
まだ、あるいはなにか納得できない。
そんな二人に、ムツキは帰ろうと促した。
「今日はゆっくりさせてやろうや」
ムツキは二人の背を押した。
そして肩越しにジムへと言う。
「念願が叶ったんだ、じっくり味わえよ?」
だがしかし、ジムは書類を手に取ろうとせず、相変わらず窓の外を眺めていた。
『ジーム!』
どこの草原だろうか?
駆け寄って来る少女に、ジムは目尻を垂れ下げていた。
「美幸……」
腰を落として、駆け寄って来た女の子を抱きとめる。
彼の首に腕を回して、ひとしきり頬をすりあわせた後、少女は「むふー」っと笑って口にした。
『行こう?』
小さな手に袖を引かれる。
美幸の笑顔にはっとして、ジムは夢から目を覚ました。
月明かりが窓の外から差し込んでいる。
「美幸……」
呼ばれたままに、ジムはベッドを抜け出した。
夜の街、それも放置地区ともなると、そこは静寂に満たされている。
街灯も無く、辺りは闇に包まれている。月と星の明かりが唯一の頼みの綱となっているのだが、人の目は、その程度の闇も見通せず、襲う者、襲われる者、両者を等しく潜ませていた。
「ここに居たのか……」
倒壊したビル。
その壁の前、瓦礫の上にしゃがみ込んでいたジムは、サムの声に顔を上げた。
表情がない。
サムは、魂が抜け落ちてしまっていると感じ取った。
「病院の方……、大騒ぎになってたぞ」
「ああ……」
ギブスのために、コートは羽織るように背にかけている。
「二人も心配している」
「ああ」
気のない返事であった。
ジムはまだ、ぼうっとした目を、正面の暗がりへ投げやっていた。
「どうしてかな……」
サムのタバコが吸いつくされるほどの長い時間を経た後に、ジムは不意に切り出した。
「落ちつくんだ」
ジムは自嘲気味の笑みを浮かべた。
顔を上げる。正面、道路の向こう、荒れ果てた街の角に男の影が見えた。
その体は、半分がとろけるように焼け崩れいた。
目玉が垂れ下がるように落ちているのに、にたりと一つ笑って、それは身をひるがえし、闇の中へと消えていった。
「スペンサー……」
ジムは一人ごちると、視線を次の路地へと向けた。
首から血を滴らせた男が、這いずるように横切っていった。
「ケンヂ……」
一度目を閉じ、気持ちを落ち着かせ、覚悟を決めてから正面を見る。
(美幸……)
その名前だけは口に出せなかった。
驚くほどの間近くで、くすくすと彼女は笑った。
見つけたときと同じ、哀れな姿をしていた。
尻を落とし、立ち上がれなくなっているジムの顔を、覗きこむようにして……、少女は身を寄せて、彼の耳へと、小さな唇で、何事かを囁いた。
その囁きは、意味だけがジムの中へと染み込んでいく。
「ジム?」
「なんでもない……」
ジムはサムの問いかけに苦笑で返した。
「なんでもない、さ……」
彼は、手元に置いていた封筒を手にした。
準市民権。その書類を封筒から取り出し、そして……。
書いてた当時は、なんかB級サスペンス映画っぽいノリで書こうとしていた記憶があります。
中途半端な人間ドラマを垂れ流しつつ、次々と事件が連続し、最後は「え? それどうしたの? どうなったの?」ってところで幕がひかれて、エンドロールに入っちゃうような。
一応三部作のつもりで二部目を書いていて、そこで挫折した作品です。
いつの日か書いてやりたい気はしてますw