表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

BULLET:20

 サムのヘリと、前世紀の政治家張りの遅さで駆けつけた海上保安部の巡視艇は、手を出しあぐねて、タンカーを見守っていた。

 巨大な船が、黒煙を上げながら、慣性に任せてふらふらと漂っている。

 その大きさは圧倒的で、土手っ腹の穴の問題もあって、蛇行もしている。

 巡視艇やボートでは、下手に近づけば踏みつぶされて沈没させられかねなかった。

「ちくしょう!」

 吐き捨てる。

 爆発があちこちから起こっている。

「一度に爆発しなかっただけマシだが……、いや、逃げるために、わざと火を点けたのか」

 タンカーの内部では、タンク内に仕掛けられていたタイマー式の爆発物が、次々と爆発していた。

 発火程度の目的で仕掛けられた弱いものだったが、タンカーを炎上させるには十分な威力を放っていた。

 サムは絶望的な現実から、なるべく楽観的な視点を拾い上げようと努力した。

 ジムとムツキの顔が過る、ムツキはどうにかして逃げ出すかもしれない、だがジムは……。

「嫌な予感が当たったか……」

 いや、予感じゃないなと首を振る。

 ジムが、赤き陽の昇る国の構成員を殺し始めた時から。

 一般人も巻き添えにするやり方に目覚めた時から。

 もう、戻るべきところをなくした人間になっていたのだから。

「わかってたのに、くそ!」

 なのに自分は、それでも彼のやり方を改めさせなかった。

 それどころか容認していた。

(俺だって共犯じゃないか……)

 苦いものを噛み締める。

 美幸の仇を討ちたくて押し付けていた。

 例えジムが、そのために市民になれなくなろうとも。

 それが本音だ。

(あいつがその覚悟だって知ってて、俺は!)

 改めて、隠していた汚い考えを追認する。

 結局、手を汚さないようで済むように、奴に押し付けていただけなのだと。

 それは余りにも遅過ぎる悔恨だった。

(……お前が許さないのは、美幸を殺されたからじゃないんだな)

 吐息をつく。

 ジムという少年を(かどわ)かした際の記憶が思い浮かんだ。

 立派な家の前だった。あれは誰の家だっただろうか?

 そこから見えた、大きな犬と戯れている少女がいた。

 ジムが手を伸ばそうとして、少女は見知らぬ者たちに怯えて逃げてしまった。

 それを悔しがる様子はなかった。

 仕方のないことだというあきらめが窺えた。

 だから、美幸という、手に入れたかったものを失ったことから、奪った者への狂気へと走ったのかとサムは思っていた。

(だが、それは間違いだったのか? お前はなにが許せないんだ)

 サムが抱いていたのは、美幸を殺されたことにたいする恨みであった。

 だからサムの怒りは、美幸を殺すよう指示した男が死亡したことで、一応の決着を迎えていた。

 しかしジムは違う。

 今だに終わってはいないのはなぜか。

 なぜにそうも死に急ぐのか?

 ジムが、自分のせいで美幸が死んだ、呪われて死ぬことになった、などと思っているとは、気づけるはずもない。

 ジムと美幸が仲良くじゃれ合っていたのを、許していたのはサムである。

 そのサムの目から見て、美幸がジムを恨むようなことはないと、断言できる。

 だからサムには、ジムが、美幸が自分を恨んでいると思っている、とは考えられない。

 火だるまになりつつあるタンカーを眺める。

「どうすれば、お前を止められるんだ……」

 サムは、せめてそれを探す時間をくれと、ジムが生きて戻る事を切に願った。



「うっ!」

 炎にあぶられ、ジムはよろめき、壁に手を突いた。

(お前らと同じところへ落ちるとか言っておいて、これか……)

 ジムは自分で自分が嫌になっていた。

 スペンサーを殺した後、自分も死ぬつもりだったと言うのに……。

「この程度なんだよなぁ……」

 煙を吸い込まないよう、小さく呟く。

 立ちこめてきた煙を吸い込み、咳をして、ジムは、逃げなきゃなと立ち上がり、通路をふらふらと歩き出してしまっていた。

 ゴウンとうねるような震動が発せられ、ジムの背中を炎がなぶった。

「かっ……」

 熱風にあおられて、その場に倒れる。

 咄嗟に突こうとした左腕に激痛が走った。

 肘に力が入らず曲がってしまう。顎をしたたかに打ちつけることになってしまった。

「……美幸、呼んでるのか?」

 痛む顎を床に付けて、視線だけを上向ける。

 汗が吹き出す。コートは熱に煽られて焦げ付いていた。

 ちりちりと言う音が聞こえるようだった。肌が黒ずみ、頬が焼け、髪が縮れていく嫌な匂いが鼻についた。

「どうかしてる」

 頭を振って意識をはっきりとさせる。

「こんな時に思い出すのが、あいつらか?」

 真美と美幸。

 信頼を感じていたのかもしれない。『美幸』と同じように、無邪気に接してくれていたから。

 ジムが、真美を送る途中で赤くなって照れたのは、真美の寝顔に『美幸』を重ねてしまったことを、思い出したからであった。

 そんな自分を、恥じたのだ。

 だがジムは、理想を現実の少女に照らし合わせられる様な素直さを失っていた。

 だから振り払おうと懸命になっていた。

「美幸……、お前もこうだったのか?」

 うつぶせに倒れたままで、ジムはぼやけた視界に天使を見ていた。

「死にたくないよ……」

 煙の向こうに美幸が見えた、無邪気に彼女は微笑んでいた。

 それに力無く笑みを返し、ジムは意識を閉じようとした。

 これでいい、と。

 自分が不孝の元凶であったのだからと。

 ここで燃え尽きてしまおうと。

 しかし……。

「ホームレス!」

 その幻は、幻では無かった。

「てめ! 市民でもないくせに世話焼かせんな!!」

 肩に回される腕、引きずり上げられ、全身の傷が悲鳴を上げる。

 苦痛、腕に走った激痛が、生々しい現実感を取り戻させた。

「ムツキ?」

「保険も利かねぇくせに、怪我してんじゃねぇ!」

 強引に体を引きずられながら、ジムは込み上げて来るおかしさに笑いをこぼした。

「なんだよ?」

(気ぃ触れたのか?)

 ギョッとするムツキを余所にジムは笑った。

(こいつが天使に……、美幸に見えるなんてな、どうかしてる……)

「笑ってる暇があったら道を教えろ!」

 ムツキは大声で怒鳴り散らした。

「手間かけさせんな! さっさと立ちやがれ!」

 ジムとは違い、彼には生きる意志がある。

「手を借りたきゃ市民権取ってからにしろぉ!」

 言いながらも見捨てたりはしない。

「こんなとこで死なれたらなっ、目覚めが悪いんだよ、この野郎!」

 それが職業意識から来るものかどうかは、かなり微妙な感じであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ