BULLET:20
サムのヘリと、前世紀の政治家張りの遅さで駆けつけた海上保安部の巡視艇は、手を出しあぐねて、タンカーを見守っていた。
巨大な船が、黒煙を上げながら、慣性に任せてふらふらと漂っている。
その大きさは圧倒的で、土手っ腹の穴の問題もあって、蛇行もしている。
巡視艇やボートでは、下手に近づけば踏みつぶされて沈没させられかねなかった。
「ちくしょう!」
吐き捨てる。
爆発があちこちから起こっている。
「一度に爆発しなかっただけマシだが……、いや、逃げるために、わざと火を点けたのか」
タンカーの内部では、タンク内に仕掛けられていたタイマー式の爆発物が、次々と爆発していた。
発火程度の目的で仕掛けられた弱いものだったが、タンカーを炎上させるには十分な威力を放っていた。
サムは絶望的な現実から、なるべく楽観的な視点を拾い上げようと努力した。
ジムとムツキの顔が過る、ムツキはどうにかして逃げ出すかもしれない、だがジムは……。
「嫌な予感が当たったか……」
いや、予感じゃないなと首を振る。
ジムが、赤き陽の昇る国の構成員を殺し始めた時から。
一般人も巻き添えにするやり方に目覚めた時から。
もう、戻るべきところをなくした人間になっていたのだから。
「わかってたのに、くそ!」
なのに自分は、それでも彼のやり方を改めさせなかった。
それどころか容認していた。
(俺だって共犯じゃないか……)
苦いものを噛み締める。
美幸の仇を討ちたくて押し付けていた。
例えジムが、そのために市民になれなくなろうとも。
それが本音だ。
(あいつがその覚悟だって知ってて、俺は!)
改めて、隠していた汚い考えを追認する。
結局、手を汚さないようで済むように、奴に押し付けていただけなのだと。
それは余りにも遅過ぎる悔恨だった。
(……お前が許さないのは、美幸を殺されたからじゃないんだな)
吐息をつく。
ジムという少年を拐かした際の記憶が思い浮かんだ。
立派な家の前だった。あれは誰の家だっただろうか?
そこから見えた、大きな犬と戯れている少女がいた。
ジムが手を伸ばそうとして、少女は見知らぬ者たちに怯えて逃げてしまった。
それを悔しがる様子はなかった。
仕方のないことだというあきらめが窺えた。
だから、美幸という、手に入れたかったものを失ったことから、奪った者への狂気へと走ったのかとサムは思っていた。
(だが、それは間違いだったのか? お前はなにが許せないんだ)
サムが抱いていたのは、美幸を殺されたことにたいする恨みであった。
だからサムの怒りは、美幸を殺すよう指示した男が死亡したことで、一応の決着を迎えていた。
しかしジムは違う。
今だに終わってはいないのはなぜか。
なぜにそうも死に急ぐのか?
ジムが、自分のせいで美幸が死んだ、呪われて死ぬことになった、などと思っているとは、気づけるはずもない。
ジムと美幸が仲良くじゃれ合っていたのを、許していたのはサムである。
そのサムの目から見て、美幸がジムを恨むようなことはないと、断言できる。
だからサムには、ジムが、美幸が自分を恨んでいると思っている、とは考えられない。
火だるまになりつつあるタンカーを眺める。
「どうすれば、お前を止められるんだ……」
サムは、せめてそれを探す時間をくれと、ジムが生きて戻る事を切に願った。
「うっ!」
炎にあぶられ、ジムはよろめき、壁に手を突いた。
(お前らと同じところへ落ちるとか言っておいて、これか……)
ジムは自分で自分が嫌になっていた。
スペンサーを殺した後、自分も死ぬつもりだったと言うのに……。
「この程度なんだよなぁ……」
煙を吸い込まないよう、小さく呟く。
立ちこめてきた煙を吸い込み、咳をして、ジムは、逃げなきゃなと立ち上がり、通路をふらふらと歩き出してしまっていた。
ゴウンとうねるような震動が発せられ、ジムの背中を炎がなぶった。
「かっ……」
熱風にあおられて、その場に倒れる。
咄嗟に突こうとした左腕に激痛が走った。
肘に力が入らず曲がってしまう。顎をしたたかに打ちつけることになってしまった。
「……美幸、呼んでるのか?」
痛む顎を床に付けて、視線だけを上向ける。
汗が吹き出す。コートは熱に煽られて焦げ付いていた。
ちりちりと言う音が聞こえるようだった。肌が黒ずみ、頬が焼け、髪が縮れていく嫌な匂いが鼻についた。
「どうかしてる」
頭を振って意識をはっきりとさせる。
「こんな時に思い出すのが、あいつらか?」
真美と美幸。
信頼を感じていたのかもしれない。『美幸』と同じように、無邪気に接してくれていたから。
ジムが、真美を送る途中で赤くなって照れたのは、真美の寝顔に『美幸』を重ねてしまったことを、思い出したからであった。
そんな自分を、恥じたのだ。
だがジムは、理想を現実の少女に照らし合わせられる様な素直さを失っていた。
だから振り払おうと懸命になっていた。
「美幸……、お前もこうだったのか?」
うつぶせに倒れたままで、ジムはぼやけた視界に天使を見ていた。
「死にたくないよ……」
煙の向こうに美幸が見えた、無邪気に彼女は微笑んでいた。
それに力無く笑みを返し、ジムは意識を閉じようとした。
これでいい、と。
自分が不孝の元凶であったのだからと。
ここで燃え尽きてしまおうと。
しかし……。
「ホームレス!」
その幻は、幻では無かった。
「てめ! 市民でもないくせに世話焼かせんな!!」
肩に回される腕、引きずり上げられ、全身の傷が悲鳴を上げる。
苦痛、腕に走った激痛が、生々しい現実感を取り戻させた。
「ムツキ?」
「保険も利かねぇくせに、怪我してんじゃねぇ!」
強引に体を引きずられながら、ジムは込み上げて来るおかしさに笑いをこぼした。
「なんだよ?」
(気ぃ触れたのか?)
ギョッとするムツキを余所にジムは笑った。
(こいつが天使に……、美幸に見えるなんてな、どうかしてる……)
「笑ってる暇があったら道を教えろ!」
ムツキは大声で怒鳴り散らした。
「手間かけさせんな! さっさと立ちやがれ!」
ジムとは違い、彼には生きる意志がある。
「手を借りたきゃ市民権取ってからにしろぉ!」
言いながらも見捨てたりはしない。
「こんなとこで死なれたらなっ、目覚めが悪いんだよ、この野郎!」
それが職業意識から来るものかどうかは、かなり微妙な感じであった。