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BULLET:2

 翌朝。

「釈放って、なんでですか!」

 ダンッと振り下ろされた拳に、机の上の書類が崩れ落ちた。

 食って掛かって来るムツキに、部長であるロインは書類を拾えと目で命じた。

「……上からの指示だ。ついでに彼は、一連の犯行とは無関係だ」

「なぜそう言えるんです」

 ロインは、ぷらぷらと手を振って、追い払おうとした。

「気にするな」

「しますよ!」

 ビリビリと声が窓を震わせる。

 それ程に苛立つ声は大きかった。

「これだけの事件で、逮捕者がゼロですよ? 奴らまた来ますよ、絶対に!」

「……一人は気絶してたらしいじゃねぇか。それを捕まえ損なったのはお前だろ?」

「目の前に凶器を持った怪しい奴が居るんですよ!? 銃を下げられるわけが無いじゃないですか!」

「それで、目ぇ覚ました誘拐犯に蹴り飛ばされたあげく、彼に庇ってもらいましたってか?」

 恥辱のためか、ムツキの顔が真っ赤に染まる。

 それを横目に、ロインはタバコに火を付け、くゆらせた。

「さっさと行け。お前には令嬢の護衛を命じただろうが」

「なんで誘拐犯の追跡調査じゃないんですか」

「頭を冷やせ……、それだけだ」

「くそ!」

 ガン!

 蹴飛ばされ、マホガニー製の机に、醜い窪みが刻まれた。



「真美!」

「美幸……」

 駆け寄って来る親友に真美はげっそりとした顔をした。

 ぱたぱたと小走りに駆け寄って来る。

 髪は栗色のシャギー入りショートボブ。

 変形セーラー服のスカートが、その勢いに大きく広がっている。

 その嬉々とした表情を見て、真美は先手を打って釘を差した。

「……お願いだから、もっと詳しく教えてよ、とか言わないでよね」

「え~~~?」

「そんな顔してもダメ! それにほんとに、口止めとかされてるわけじゃないんだから」

「じゃあホントに寝ちゃってたの?」

「ん~~~、それもはっきりとしないのよねぇ」

 っと二人は校舎から校門までの短い距離を並んで歩いた。

 並ぶと二人の背丈は変わらない、平均からも小柄な方だ。

 真美は本当に困っているといった顔をして首を傾げた。

「薬で眠らされてたらしくって……」

「お母さんは?」

「ん、まあ……」

 その点については、護魔化す様な受け答えしかできなかった。

 浮気相手にそそのかされて、実の娘の誘拐事件について、片棒を担いだ、などという話を口にできるはずがなかった。

(誘拐と言ってもお金と交換で無事に返すからとか、それで浮気のための小遣いが手に入るだとか、考え方がおかしすぎるよ)

 はぁっと深く溜め息を吐く。

「どしたの?」

 心配げな美幸に、真美は愛想笑いを浮かべた。

「ほんとになんでもない……、っていいたいんだけどねぇ」

 困ったように校門に目を向けた。

「あれよ、あれ」

「あれって……、ああ、ムツキさん?」

「やっ」

 門柱にもたれかかって、待っていたのはムツキであった。

 軽く手を挙げて、親しみのある笑顔を見せる。

 やたらと真新しいクリーム色のコートを羽織っているのだが、その下のグレーのスーツは酷くよれてしまっていた。

 そんなムツキに真美は気色ばんだ様子を見せた。

「暇人が……、犯人はどうしたのよ犯人は」

 何も無かったとは言え部屋にまで踏み込まれたのだ。

 一番過ごしやすいはずの自室が、いまは気持ちが悪かった。

 そんなわけで、真美はかなりささくれ立っていた。

「俺だって捜査がしたいよぉ……」

 そんなお嬢様に、ムツキはがっくりと肩を落とした。美幸が食いつく。

「外されちゃったんですか?」

「どうせ役に立たないからでしょ?」

「違うっつーの!」

 地団駄を踏む。

「部長がなにか隠してやがるんだよ!! それにお嬢さんと顔見知りなのは俺だけだし……」

 真美は不機嫌そうに口を尖らせた。

「いつまでも昔のことを……」

「それって……、地下鉄で補導された時の話?」

 その時のことを思い出し、真美は顔を赤くした。

「違う! 上がったり下がったりって、よく分かんないホームを作った公団が悪いのよ!!」

 あーっと、美幸は何とも言えない表情をした。

「迷子になったんだ」

 東京沈没と呼ばれた二十一世紀初頭の混乱、それは海面上昇に伴う液状化と地盤沈下が主な原因となっていた。

 これに対し、水没した路線の廃止と再整備は、対処療法的に行われることとなった。

 災害は終息したと、何の根拠も無く口にした政治家によって、最初の計画が強行された。

 当然のごとく工事は難航した。大都市沈降現象が、なおも続いていたためである。

 着工した後も、浸水は広がっていた。何度も計画の変更や見直しがくり返された。

 その結果が真美の口にした、『よく分からないホーム』、を作り上げていた。

 複雑な通路に、どこに繋がっているのかわからない階段。慣れないものにはまさに迷路であった。

 ムツキは諦めるように慇懃に尋ねた。

「それで、今日はどちらにお出かけですか?」

「……そうねぇ」

 唇に人差し指を当てていやらしく笑う。

「金づるいるから、美幸ぃ、映画でも見に行かない?」

「え、マジで?」

「ちょ、ちょっと待てよ、俺が払うのか!?」

「いいじゃない、経費で落とせば」

「税金をそんな事に使えるかよ! って聞けよなぁ!?」

「やっぱ特撮よね、特撮」

「え~~? 『誘拐』、もうやってるからそっちにしようよう」

「……あんたね」

「誘拐されそうになったの真美だしぃ」

「わざとだろ? わざと無視してるだろ、なぁ!?」

 必死に喚くが聞き入れられない。

 女子高生と歩いているというのに違和感が無いのは、精神年齢が近いためかもしれない。

 ムツキは二人の耳に聞こえるよう、背中を丸めて訴えた。

「せめて割り勘にしてくれ」



 無造作にポップコーンを掴んでは口に放り込んで咀嚼する。

 暗い劇場内。映画は今まさにクライマックスを迎えており、逃亡する犯人の車は人質の少女を乗せたままで、峠を鋭く下っていた。

「もう少し静かにしたらどうだ?」

 男は……、あの橋の欄干に残った黒人だった。彼は純粋に映画を楽しんでいたのだろう、剣呑な目をジムへと向けた。

「……警察の対応が早過ぎなかったか? サム」

 睨み付けるジム。禿頭の黒人は、大げさに肩をすくめて笑って見せた。

「……今時の警官は、中々仕事熱心だって事だな」

 サムはジムの声音に、仕方が無いと映画鑑賞に見切りをつけた。

「悪いとは思っている。だからこうして、身柄を引き取ってやったんじゃないか」

 サムの物言いに、今度はジムが中折れた。

「出してくれたのは、ありがたいと思っているさ……」

 ちらりと扉に目を走らせる。

 どの非常口にもスーツ姿の男達が居た。

 空席があるにも関らず立ち見をしている。

「……俺のマークは外せないのか?」

「警察も神経質になってるってことさ」

「そんな時に会って良いのか?」

「お前の身元は『不明』だからな。後でまいてしまえば、俺もまた身元不明の不審者さ。問題無い」

 サムは皮肉るように笑ってソフト帽を深く被った。

 隣の席に置いていたコートを腕にかける。

「出るぞ」

「そうだな……」

 ちょうど映画は、エンディングに突入した所であった。



「ダメですよムツキさん。あの男の尾行はこっちに任せるって話でしょ?」

 劇場ホールの売店前で、ムツキは同僚に掴まっていた。

「はぁ? なに言ってんだよ」

 突然駆け寄って来た同僚に、きょとんとした表情を浮かべる。

 ムツキはくいっと顎で女の子達を差し示した。

「これも仕事だよ、仕事」

 だがそれはそれでまずいことであったらしい。

「あー! 保護命令出てるのにこんな所に、知りませんよ!?」

「わっかんねぇ奴だなぁ……」

 ぼりぼりと頭を掻いて、さらに一言言い放とうと口を開く。

 しかしムツキは、ちらりと視界に入った男に言葉を飲み込んだ。

 上映の終わり間際に戸をくぐって来た人影に見覚えがあったからだ。

 特にその特徴的なコートには……。

「あいつ!」

 ムツキは一瞬で頭に血を上らせた。

 黒いコートを着ている青年は、確かに昨日捕まえたはずの容疑者であったのだから。

「ダメですよムツキさん!」

「離せって!」

「あれぇ、なにやってんの?」

「あいつだよ、あいつ!」

「へ?」

 真美は目を動かして、こちらの騒ぎを遠く見ている二人連れに気がついた。

「あの人?」

「あいつだよっ、お前を拐おうとしたのは!」

「え!?」

 最初は驚いた真美だったが、次第にその顔を怒りに赤く膨らませた。

 ずんっと大きく歩を踏み出す。

「文句言って来る!」

 これにはけしかけたムツキの方が慌ててしまった。

「ダメですよ、お嬢さん!」

「あれぇ? どしたの?」

 両手にポップコーンのカップを持ったまま美幸も後を追った。

「ちょっとあんた!」

 その特別に鍛えられた耳で話を盗み聞いていたジムは、溜め息をつきながら彼女に振り返った。

 自分の顎先の高さにある目を真っ直ぐに見返す。

「なにか?」

 余りにも鋭い視線と抑えた声だった。

「何かじゃないでしょ!?」

 だがそれでも真美の勢いは止められなかった。

 飛んで来た真美の唾に顔をしかめる。

「あんたたちのせいで家中泥だらけになったのよ? どうしてくれんの!」

「文句ってそっちのかい……」

 ムツキは一瞬でげそっとやつれた。

「なによ! 警察は警察で荒らしてくし、掃除するの大変だったんだからね!? おかげで今日は髪洗えなかったんだから!!」

「朝から髪なんか洗わんでもいいだろう……」

「女の子はそうはいかないの!」

 いつの間にやら、相手がムツキにすり変わっている。

 はっとした真美は、改めてジムに指を突き付けようとした。

「あれぇ? お父さん」

 だがのんびりとした声に勢いを削がれてしまった。

「なにしてんの? こんな所で」

 ぽかんとした顔で、気まずそうに背を向けている父に首を傾げる。

 そして青年にも。

「ジムも?」

「お久しぶりです」

 小首をかしげていた美幸であったが、徐々になにかを理解したのか、詰問口調で大声を上げた。

「お父さん! ジムとなにやってたの!!」

「あ、いや……」

 気まずげにサムは身をすくめた。

「ジムも! またお父さんに、たかってたのね!?」

「いえ、そういうわけでは……」

 二人は気まずげに視線を漂わせた。

 状況に着いていけないのはムツキたちである。

「知り合いなのか?」

 こそっと美幸に尋ねるムツキ。

「そっちはお父さん……、こっちは」

 美幸はことさらに大げさな嫌悪感を装った。

「ホームレスのおじさん」

「ふぇ!?」

 ホームレスと言う表現に、真美が反射的な後ずさりを見せた。

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