BULLET:17
二十世紀末に、一つの大きな紛争が勃発していた。
それは独立を求める宗教的な意味合いが、多分に含まれている紛争であった。
彼らの独立を認めることはできなかった。なぜならそれに続こうとする動きが見られたからである。
少数の独立が、宗教的な意味合いをもって、一つの集団を形成する流れへと転じる時、大帝国が復活する。
そんな最悪のシナリオが進行する中に彼は居た。
とある日系企業の工場であった。
彼の背後には、先日まで工場で働いていた現地人が居る。
正面には銃を持った男が三人、軍人であった。
「奴らを渡せ」
「奴らに俺の祖父は殺された」
「死にたくなかったらそこをどけ」
彼らは日本人は腰抜けだと判断していた。
しかしその日本人は違っていた。
「殺すなら殺せ。だが覚えておけ。お前が彼らを許さぬように、わたしの家族はお前を決して許さない。そしてお前が彼らの部族全てを憎むように、わたしの一族はお前達全てを憎むようになるだろう」
憤怒の形相で足を踏み出し、彼は男達を気圧した。
「引き金を引くが良い。だがそれはより大きな、新たな憎しみを生み出す引き金だ。その最初の引き金を引くが良いっ! この国の何百年も続くいさかいと同じものを、生み出す覚悟があるのなら!」
彼の恫喝は、男達を動揺させた。
「わたしの家族、一族、そして日本人全てはお前を、お前達を、お前達一族を、部族を、そしてこの国そのものを、一人残らず殺しつくすまで、決して許しはしないだろう!」
この叫びを工場内に響かせた男こそ、ケンヂと言う男の祖父であった。
「くっ!」
袖口に着弾した弾は、少なくとも腕を痺れさせた。
衝撃で銃を取り落としてしまう。
短く舌打ちをし、ジムは身を屈めた地を蹴った。
前に飛んで、一回転し、身を捻りながら立ち上がる。
そのワンアクションの最中に、ナイフを逆手に抜いていた。
「ジムが!」
ケンヂは、身構えたジムに、銃口を向けた。発砲、しかしジムは、その射軸の下に潜り込んで、ケンヂの懐へと入り込んだ。
隙をさらしてしまったケンヂは、死に近いものを感じたが、ジムは、わざとその隙を見逃して、脇をすり抜けるように部屋の外へと駆け抜けた。
「逃げる気か!?」
怒声を上げるケンヂ、だが背後からの衝撃と爆音が、彼の声をかき消した。
世界が白と黒と轟音とで混ざり合う。
「がっ!」
わけの分からない状態で、とにかくケンヂはどこかの、なにかに叩きつけられた。
「ちく、しょう!」
頭を振りながら起き上がる。
「ケンヂ!」
さっきの返礼とばかりに、ジムが戸口から狙いを定めていた。
それを確認し、ケンヂは起き上がる途中の、中腰のままで目を細めた。
口を開く。
「……驚いたぜ、お前が犬だったとはな」
「そうか?」
お互い、声を低く、緊張でぴりぴりしたものを言葉に孕んでいた。
「FBIに飼い馴らされたか? お前は騙されてるんだよ」
「なにをだ?」
ジムは銃口を動かして先を促した。
ケンヂは説得を続ける。
「そんな真似を続けても、市民になれるわけないだろうが。殺人依存症として処理されるだけだぞ」
それは正にその通りだろう。
だから返答は……、口元に浮かべた冷笑だった。
「だから、どうしたんだよ?」
やけに抑揚のない声だった。
「な、に?」
唖然とするケンヂ。
ジムの冷徹な瞳には、暗いものだけが見て取れた。
「……なぜ殺した?」
今のジムにはそれだけだった。
「答えろ! なぜ美幸をなぶった!」
その名前にハッとする。
「美幸っ、そうか、FBIの……」
合点がいったように、ケンヂは目に残忍さを湛えた。
彼にとっても、組織に取り入るための、最初の大仕事だった。
その被害者の名前は、忘れられるものではない。
「何を怒ってやがる……」
同時に、納得のいかないものが、彼の身の内を駆け巡っていた。
「俺たちをゴミ扱いしてる連中のガキじゃねェか!」
「そんな事は関係無い!」
悲鳴のような声だった。
「美幸は、ただ殺されていなかった!」
「お前だって吹き飛ばしただろうが!」
「手首と手足の腱が切られてたっ」
「俺たちを人間にしてくれる人だった!」
「顔は恐怖に固まっていた!」
「笑顔を奪ったのは、お前もだろう!」
ブーツに隠していたナイフを投擲するケンヂ。
ジムはそれを左手に持ったナイフで弾き飛ばした。
引き金を引き反撃するジム。
バスバスとケンヂの左肩から胸に当たる、なのにケンヂは倒れない。
「防弾チョッキがお前だけの特権だと思うなよ!」
意に介さずにナイフで銃を切り上げる。
「ちっ!」
銃が転がった。
「はっ、はっ! ナイフなら俺の方が上だからな!」
ジムは痺れが残っているのを承知で、右手に持ち変えた。
ケンヂが見せる、ボクサーのような軽快なステップがジムを幻惑する。が、ジムは対照的に足を止めて、ナイフの先を固定した。
力をため込むように腰を引く。
ジムが口を開く。
「……そういえば、お前もだ、と言ったよな?」
「ああ?」
「……許せなかったんだよ」
「あ?」
一瞬気が抜けたように、ケンヂは止まった。
「人の幸せを奪って、のうのうと子育てやってる野郎がな!」
「なっ!?」
ケンヂのナイフが刺さる事も気にせずに、ジムは懐に踏み込んだ。
ずぶりと左腕に刃先がめり込んでいく、コートは防弾であっても防刃ではない。
ナイフを防ぐことはできない。
「!?」
ケンヂは慌ててナイフを抜こうとしたが、深く肉にめり込んだナイフは抜けなかった。
左腕を犠牲にしてナイフを封じ、ジムはケンヂの胸に深々と刃を突き立てた。
ごりっと、あばら骨を削った嫌な感触が手のひらに響く。
「かっ、はっ……」
ケンヂの口から、気管を逆流した血が込み上げた。
「安心してくれ」
ジムは倒れかかって来るケンヂを肩で受け止め、口にした。
「俺も行くのは、そっちだ」
凄惨な笑みを唇に湛えて、ジムはケンヂの体を流して倒した。