BULLET:14
バラスト部分の外壁が爆圧に歪む。
歪みは影響の範囲を広げて、ついには裂けるように割れだした。
船に走る震動に、船員は慌てふためいた。
その様子はヘリの上からでも良く見える。
「降りる!」
上昇しようとした分、速力が落ち、少しばかり船に先行される。
その分を埋め直すように加速して、ヘリは船の後部へと強引に距離を詰めた。
ジムはロープを掴むと、十分な降下を待たずに飛び降りた。
「無茶しやがって!」
慌てて、サムは、敵とおぼしき人影に向かって乱射した。
足元のロープは悲鳴を上げている。
ほとんど自由落下と変わらない勢いでジムは降り立った。ロープを掴むために手の緩衝材としていた袖口が、余りの摩擦に煙を噴いていた。
「くっ!」
膝を使っても消し切れない衝撃を、転がる事で適当に逃がす。
そうしてジムは、物陰を探して走り込み、地下のタンク室への階段へと飛び込んでいった。
ムツキの読みでは操舵室に居るはずのスペンサーであったが、実際には食堂に居た。
それは彼らがプロでは無かったからである。
ホームレスと言う横繋がりの集団であって、一枚岩の組織ではない。
その団体ごとに、ピラミッド構造を作っていた。
今回は、それらが協力して、一つの作戦を成そうとしていたのである。
皮肉なのは、ジムによる爆殺事件が、そんな組織構造の構築に一役買ってしまっていたことだった。
実質的なリーダーを失い、彼らはそれぞれに分裂した。
分裂した中で、台頭するものが現れ、連絡を取り合い、そしてこのようなコミュニティを再編成するに至ったのである。
彼らは、社会に不満を持つ人間の寄り集まりであるだけに、誰の指示に従っているわけでも無い。
ただ、集団における、力関係が在るだけであった。
「くっ」
食器や調理器具が突然の震動にガチャガチャと揺れた。
たむろっていたスペンサー達は、器具の襲撃から身を守りつつ、踏ん張った。
「ジムか!?」
まだ続く横揺れと揺り返しに、スペンサーが叫ぶ。
「警官は!?」
「まだうろついてやがる」
「さっさと片付けろ、ジムが来る!」
荒々しくソーセージをかじりながら、タンカーの最終航路を割り出しにかかる。
広げられている地図を、スペンサーと、もう一人が覗き込んだ。
「本当にぶつけるのか?」
「ああ……、この騒ぎで役所の記録はまた混乱する。なんとか市民として、記録の再登録を受けるんだ」
「でもどうやって? 証明は……」
「死んだ奴を騙ってもいいし、なんでもいい。組織はもうダメだからな……、金は市民権を取った奴で分ければいい」
逃走用の金は他の街に確保してあった。
問題は市民権という名前の、個人証明である。
湾岸火災のような大混乱が起これば、多数の死傷者、行方不明が発生する。
彼らは他人を騙って、身元を保証する証明書を手に入れるつもりであった。
「……わかった、上手くいったらあんたを居候させてやるよ」
「ぬかすなよ? 俺は俺で市民権を取るさ」
スペンサーはポンと軽く男の胸を叩いた。
「じゃあ警官を追い払って来る」
「ああ、頼んだぞ、ケンヂ」
スペンサーは見送ってから、他の仲間を呼び寄せた。
「弾が足りないってんだよ!」
船内の扉は動かせばそれだけで盾になる。
浸水時には気密用のハッチとして使用するのだから当然だろう。
おかげで撃ち合いも膠着状態に入っていた。
既に催涙弾は切らしていた。ショットガンも弾切れになって放り出している。
銃を抜く、が、ライフルを持つ敵と比べ、あまりにも貧弱な武装であった。
「官給品なんだけどなぁ」
苦笑いを浮かべて、二十一世紀以前から親しまれているリボルバーガンを両手で握る。
(今度マグナム当たり請求してみるか)
「このっ!」
ムツキは半身を見せて引き金を引こうとした、しかし不意に走った震動によろめかされた。
「なんだ!? っと!」
ムツキは意識が外れかけるのを強引に戻した。
不意の激震にもまれて、扉の影から人影が転がり出す。
「もらい!」
素早く一人一発、合計四発をムツキは放ち、ふぅっと銃口の煙を吹いた。
「……やるじゃん。俺って、うわ!」
だが船の傾きは、ムツキとはなんの関わりもない。
揺れはより一層酷くなり、どんどんと安定性を失わせて行った。
もちろん、バラストタンクの一つに穴が空いたぐらいで沈むほど、現代のタンカーは柔では無い。
タンクの内部は幾つかに分け隔てられている。
ではどうしてこれ程までに状況が酷くなるのか?
答えは簡単で、大きく空いた横穴が、船の速力によって流れ込む塩水に引っかかり、ブレーキのような役割を果たしてしまっていたからである。
船体はやがて歪みを生じ、よじれは亀裂を広げていく。
もちろん、速力を落とせば問題のない状態である。しかし彼らは限りなく素人に近く、とにかく船を前に進ませようと奮闘していた。
「ブリッジ、船が傾いてるぞ、どうした!」
舌打ちをする。
「ジムか……、あいつ」
「どうするんだスペンサー?」
無線機を握り締めたまま、歯ぎしりをするスペンサーに問いかける。
ややあって、スペンサーはしぼり出すように答えを出した。
「……ブリッジへ行く」
「警官もうろついてるんだぞ?」
「ジムは俺が殺る」
仲間の静止を無視してハンドガンのスライドを引く。
そしてジムがしたのと同じように、銃口を額に押し付けた。
「……ケリを人任せにしたのが間違いだった。あいつで狂ったんだ、なにもかも!」
スペンサーはコートを羽織った。
ジムと同じデザインの、薄汚れた白いコートを。
「なんで今更なんだよ……ジム」
「なんっだこりゃ?」
ブリッジに辿り着いたムツキが見たのは、弾丸によって穴だらけになっているブリッジであった。
死体と血に彩られている。窓枠のフレームは派手に歪んでいた。
「機関銃でも叩き込まれたのか?」
まさにその通りであった、サムの乗っていた軍用ヘリの仕業である。
「おい……、ちょっと待てよ?」
良く見れば操舵輪が転がっている。
ムツキは一気に青ざめた。
「この船、どうなってるんだよ!?」
制御装置が火花を上げている。
慌ててひしゃげ、穴が開き、歪んでいる機器を乗り越えていく。
「スピード、落ちてる?」
景色の流れは遅くなっている。
タンカーともなれば、そのほとんどの管理をコンピューターが代行している。
その入力デバイスに異状が発生した場合、幾つかの緊急回避装置が働き出す。
この場合の対策は『機関停止』であった。それは救命ボートを降ろせるようにするための措置であり、つまりは最悪の状態を示していた。
「しかし、誰が?」
突如、間近くで銃弾が跳ねた。
「っ!?」
ムツキはとっさに身を伏せた。
「ジム!」
(誰だ!?)
ムツキは隠れながらも毒づいた。
頭を出そうにもそれも出来ない。
「決着を付けてやる!」
(人違いだよ!)
機械の影から出た途端に殺される。そんな確信があって、ムツキは相手の姿を確認しなかった。
相手が狙いを定めているのは分かり切っていたからだ。
(やっぱおまわりさんとしては、間違いってもんを教えてやんないとな……)
心の中で冗談を言って溜め息を吐く。
「お~い、俺は……」
ジムじゃない、と言い返そうとして、できなくなった。
運悪くそこへサムのヘリが舞い戻って来たからだ。
おかげでローターの音に、声がかき消されてしまった。
「なんでこんな時に!?」
「出て来い、ジムっ!!」
(違うってぇのに!)
頭を抱えて丸くなる。頭上、隠れている操作盤の上で銃弾が跳ね飛んだ。
「どうした? 俺を殺しに来たんだろう? 出てこいよ!」
返事が無い事と、ヘリの出現に確信を抱いて、スペンサーは勢いを増した。
勘違いも深まった。
(くそっ!)
頭は下げたままで、銃だけを出して威嚇を放つ。
効果はあった、スペンサーは威嚇かどうかの判断もつかないままに、慌てる様に物陰に潜んだ。
間と静寂が生まれた、割れた窓から吹き込んで来る風の音が轟々と響く。
それこそがムツキの望んだ物で、彼はほっと一息を吐いた。
「……あれほど嫌がってたお前が、今や殺し屋とはな?」
(何の話だ?)
憎むような声に、ムツキは話しかけるタイミングを失ってしまって。
かなり感情的になっているよう感じられる。
(野郎の知り合いか?)
押し殺しているものに興味を覚えて、ムツキはぐっと言い返そうとした言葉を飲み込んだ。
勝手にしゃべらせることにする。
「……覚えているか? コンビニ強盗をやった時のことを。そうだよ。俺がボスに見込まれるようになった、あれだよ! あの時、やっぱりお前も連れて行けば良かったんだ、そうすりゃ!」
重々しい銃声が三度続いた。
ムツキの隠れている台がその衝撃に響いた。
(ばかやろう!)
弾が貫通して来なかった事に感謝する。
「お前は今でも、親友だった!」
(泣いてやがるのか!?)
泣き声とは程遠い怨嗟の声であったのだが、ムツキは不思議とそれが『泣き言』であることに気がついてしまった。
慟哭。
そんな表現が思い浮かんだ。