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BULLET:13

 風を切り裂く音が聞こえる。

 州軍の輸送ヘリである。ジムとサムは、横向けに並べられた席に差し向かいで腰掛けていた。

 今、ジムは、焼き合わせていた傷口を、釣り糸で縫い補強していた。

 その上、速乾性の接着剤で固めようとしていた。

 サムのように教育を受けてきた人間にとっては、異常としか映らない行為であったが、逆にジムのように雑学すら知らないものにとっては、接着剤はくっつくものだという認識でしかない。人体に有害な物質を含んでいることすらわからない。

 サムは、そんなジムのことを、ぼんやりと眺めているだけだった。

 注意などしない。彼は別のことを考えていた。

(こいつは……、殺された美幸を見付けた時に、自分一人で抱え込んでくれた。遺体を片付けて、生きてるように見せ掛けて……。でなければ、俺がそう偽装しなければならない所だったんだ)

 溜め息を吐く、相当に重苦しい息だった。

 本物の美幸が狙われたのは、FBIへの見せしめのためであった。

 州となったジャパンであるが、警察機構などは警視庁という組織がそのまま移行されていた。

 組織、人員がそのままで、である。

 このため、官僚制や、エリート信仰の排泄のために、FBIが投入され、汚物の洗い出しが行われた。

 その中に、サムという捜査官も交わっていた。

(腐った連中が、俺の家族を、美幸を襲わせた。ジムが吹き飛ばしたのは、その親玉だった)

 ジムが爆破した家に住んでいたのは、美幸の誘拐を指示した男であった。

 日本人の警察官であった。

(だがなぁジム……、その家族、子供まで、巻き込む必要があったのか?)

 それを問いかけることは出来ない。その様な汚らしい真似をする大人に育てられた子供たちが、ホームレスに対して何をしているかを考えれば、軽々しいことは言えなかった。

 寄る辺をもたず、守る力もないホームレスは、子供にとっても良いオモチャなのだ。

 倫理や道徳に沿ったふるまいをする必要はない。どこまでも残酷にいたぶれる。

 彼らは法的には存在していないのだから、傷つけたところで──殺したところで、罪に問われることはない。

 爆弾を背負わされることになった子供が、そのように残酷な子供ではなかったと、あるいは将来、そのようにならなかったという保障が、いったいどこにあったというのか。

 子は親を見て、親を真似て育つのだから、親がろくでなしなら、それを模倣する子供が、まともな人格を備えているわけがない。

 ろくでもない生き方は、気楽で、無軌道で、無責任に、面白おかしく過ごせるのだから。

(しかし、それは想像だ。実際にどうなるかは本人次第だ)

 たとえば加奈子である。

 地盤沈下と浸水によって傾いたビル群。廃墟にはあちこちに死体が転がっていた。

 枯れ木のように細くなって餓死したもの、汚物と吐瀉物にまみれた病死したもの、あるいは人の手によって命を絶ちきられたもの。

 それらが当たり前に転がっているような、すさんだ環境の中で、加奈子は幼少期を過ごして来た。

 物心つく前から、目の前で母親が犯される様を見て来ていた。それはお金や食べ物のためであったり、あるいは男たちの憂さ晴らしであったり、ただの遊びであったりもした。

 同意の場合があれば、暴行、恐喝、強姦といった時もあった。

 加奈子、彼女は、生きるとは母のような状態なのだと悟っていた。

 思い違いをしていた。

 比較するものがなければ、教えてくれるものも居なかったからである。

 しかし加奈子は、美幸となって、そのような状態からは脱却している。

 どうなるかはわからない。という見本であった。

 その一方で、ホームレスは、公的に認められておらず、法で保護されることは無い。

 だから彼らには、彼ら自身によって、ルールと自衛策を生み出したのだ。

 そんな中に、ジムという猟犬や、スペンサーと呼ばれるテロリストの姿があった。

 サムにはどちらが悪いとも言えないし、言う資格も、権利も無かった。

 守れるものが有限ならば、自分たちにとって得になるものだけを取捨選択する。

 そうしたのは、彼の生まれた国であり、彼はその手先として、この州へと渡ってきたのだから。

(みせしめか……)

 美幸が殺されたのも、ジムが殺した子供も、その意味合いでは同じであった。

(そして奴らの脅しは失敗した。美幸……代わりの美幸、俺が加奈子を代役として据えたことで、奴らの計画は失敗したことになったからだ。奴らは面子を潰されることになった。だがその結果、別の子が狙われるようなことになった)

 何度も要人の子供は狙われていた。

 真美が特別に狙われたわけではなかったのである。

(誰かが後を断ち切らない限り、同じことのくり返しになる)

 ちらりと見る、黙々と自分の体を縫い付けるジムの姿を。

 その体には、無数の青痣が生まれ始めていた。銃弾で『叩かれた』痕だった。

 しかしその土台は、切られたような、引っかかれたような、あるいは撃ち抜かれたような傷が、無数に刻まれていた。

 本来なら、そのようなものは、覚悟を持ってその職に就いた人間、すなわち自身が負うべきものでは無かっただろうか?

(誰かがやるべきことを、ホームレス同士で……俺は)

 新しく手に入れた娘を殺されないために?

(許される事じゃないかもしれない。だがどうしろって言うんだ? タンカーは進んでる。何千何百と死ぬことになるかもしれない。相手はそんな真似ができる連中だ。放っておくわけにはいかない。奴らは自分たちと同じはずのホームレスを巻き添えにすることもためらわない。むしろ、殺してやることが救いだと思ってる)

「何笑ってるんだ?」

 怪訝そうなジムこの声に、サムはふっと力を抜いた。

「なに……、いまさら良心の呵責も無いもんだなと思ってな?」

「あ?」

「奴らはなにに対して……なにが欲しくて頑張ってるんだろうなぁ」

 市民権じゃないのか? と、ジムはサムから視線を外して、コートを身につけた。

「十年だ」

 ジムは漏らした。

「組織のトップを掴むまでに七年、あれから三年……、ようやく組織を潰せるところまで来た。これで終わろう」

「ああ……、そう、だな」

 おかしなもので、実際に手を染める男が、傍観者を選んだ男を慰めている。

(それだけ、俺は甘いって事だ……)

 地獄を見ていないから、こんな風に考えられる。

 誰よりもジムの凶行を止めたいと思いながらも、サムは資格の有無で悩んでいた。



 だが例え理由がどうであれ、殺し合いは悲しむべき行為である。

 それを嘆いてしまう神経が当たり前ではないのだとすれば、人の命を奪える精神こそが正しいのだろうか?

 何かから逃れるために足掻いている人間が居る。

 それを抑え付けるために鞭を振るう人間が居る。

 それを止めるために銃を持つ者がいて。

 さらなる悲劇を消すために奪う者がいた。

 何処までもエスカレートするしか無いのだとすれば、誰かが何処かで諦めるしかないのだろうか?

 負の連鎖、というものを断ち切るために、我慢をするしかないのだろうか?

 殺したいほどの激情を堪えてまで。

 それをやったのがサムであった。

 最初に、余裕のあるものが、足掻いている人間を受け入れてやればすむ話なのだ。

 加奈子と美佐子を受け入れたサムの様に。

 例えその余裕がないにしても、いたぶっても良いのだというルールはない。

 だが狂ったルールこそが、この国には見えない法として存在している。

 この国で生まれたわけではないからかも知れないが、サムにはその見えないものが理解できないでいた。

 だから一概に、それら暗黙の了解ごとに沿って行動しているジムのことを、批難できないでいた。

 理詰めで諭せないからだ。

 自分と彼らは、違う世界で生きている。

 違う法律、法則、同じ言葉を話していても、言葉の意味が、重さが、軽さが違っている。

 それでは、なにも伝わらない。伝えることができない。

「見えたぞ」

 ジムの言葉にはっとして、サムは意識を切り替えた。

「あれか」

 ジムの側の窓からタンカーを見下ろす。

「さすが軍のヘリだよ、余裕のある内に追い付いてくれた」

 そう言ってからジムは、真横にあるサムの目を覗きこんだ。

「良かったのか?」

「なんだ?」

「軍まで動員して……、これであんたは」

 サムはククッと笑った。

「これで俺もこれだろうけどな?」

 首を掻き切るゼスチャーをする。

「お前だけに危ない橋を渡らせておけるか」

「だけどあんたには……」

「あいつは本国に送り返すさ」

 妻のことを言うが、自分と美幸──加奈子については、口にしなかった。

 美幸とは別人である加奈子を、本国へと入国させることは難しかった。

 だからと言って、一人だけこの州に置き去りにすることもできないとなれば、父として、サムとして、側に残ることを選ぶしかない。

 その程度には、サムは、父親のつもりだった。

 サムはその場を離れて、パイロットの席へと向かった。

「彼が降りるまでの間の援護射撃、できるか!?」

 ヘルメット越しの耳にも届くように大声を張り上げる。

「実弾じゃ無理ですよ、タンカーでしょ!?」

「脅しにブリッジを狙えば良い。ジム、走れるな?」

 ジムは頷くと、サムの車から盗み出して来た武器の確認を始めた。

 脇のホルスターに一丁、腰のガンベルトにももう一つ大きな口径のマグナムを用意している。

 足元の箱から予備のマガジンをしこたまベルトに差し込み、ポケットにも入れた。

「どれだけ持ってく気だ」

「持てるだけだ」

 最後に背中側のホルスターのコンバットナイフび感触を確かめる。

 コートの前を合わせて閉めた。

「ライフルはいらないのか?」

「船内じゃ使い道が無い……、それに二種類も三種類も弾を持ってくわけにはいかないだろ」

「そうだな、援護はするが、当てにしないでくれよ?」

 にかっと笑い、サムは手で合図を送った。

「行くぞ!」

 ムツキが乗っていたヘリ以上の速度で一気に降下する、それはパイロットの熟練度の差だ。

「統制が取れてない」

 船上の混乱が見て取れた。

 ヘリは一端、船を追尾する形で海面すれすれに滞空する。

「ムツキが暴れてるんだろ。魚雷をぶち込んで援護してやろう」

 サムはにたりと笑うと携帯型のバズに目をやった、シートの下に押し込まれているそれは、バズーカというには中途半端に大きい代物だ。

 ジムは頷くと引っ張り出して肩に担いだ。

 サムが注意する。

「スクリューは破壊するなよ? バラスト用のタンクに穴を空けるんだ、それから強行着艦だ」

「……随分と思い切ってるな?」

「ああ、どうせこれが最後だからな」

 手を差し出す、ジムは面食らったが、その手を握り返した。

「やってやれ!」

「ああ!」

 お互い突き押すように手を放す。

 後部ハッチが開かれる。輸送機がわずかな間だけオイルタンカーの左舷をやや前に出る。

 サムが真後ろに立ってないのを確認して、ジムは片膝を立ててバズを構え、引き金を引いた。

 シュコンと軽い音を立てたものが、そのままちゃぽんと着水する。

 白い航跡を残して小さなものが海面の下を走っていった。

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