BULLET:10
派手に銃声が鳴り響くのだが、もっぱら撃っているのはテロリストたちであった。
ジムはじっと潜んで、相手の出方を窺っていた。
目を閉じて、静かに呼吸をくり返している。
早かった呼吸が落ちついていくにつれて、一度に吸い込む量が多くなっていく。
ふぅううう……、と深く吐いて、ジムはようやくまぶたを開いた。
地を蹴り駆け出し、銃声の元へとまっしぐらに押し迫る。
両腕で顔を庇う、脇と、腹に着弾を感じたが、それはよろけさせるほどのものでも無かった。
フルメタルジャケットでも無い限り、彼のコートが撃ち抜かれることはない。
それでも複数の射線が集まって、ジムの体をめった打ちにした。
コートを通して響く衝撃に、スペンサーによって刻まれた傷が疼き出す。
しかし、その傷のことを彼らは知らない。
ジムが手負いであることなど気付いても居ない。
むしろ、鬼気迫る様子が、彼らの恐怖心を強く煽った。
迫られる者にとって、恐怖そのものであったろう。
幾ら弾丸を撃ち込んでも、決して倒れない男など。
「ああああああああ!」
票的にされた男が、ジムの突撃を体に受けて、一緒くたに転がった。
恐ろしさの余りそれでも引き金を引くのだが、カキンカキンと無情なノック音が響くだけであった。
逆光の中、ジムの瞳と振り上げられたナイフの刀身が、鋭く閃く。
(どうして!?)
男は弾を撃ち出してくれない銃に、裏切りへの呪詛を吐いて、死亡した。
プレハブの建物は事務所だろう、他にトラックとライトバン、ワンボックスカー、積み上げられた木材などが場所を閉めている。
「ジム!」
ジムはピラミッド状に積み上げられた木材の上で、うなだれていた。
自分の足を見つめたままで、顔を上げようともしない。
「ジム?」
真美と美幸は、不審なものを感じて足を緩めた。見上げるような位置で立ち止まり、ピクリともしないジムの顔を恐る恐る覗きこむ。
「心配するな」
そんな二人の肩をポンと叩いて、サムは山を登った。
「モルヒネを使ったな?」
ジムの顔がゆっくりと上がる。
虚ろな瞳は、焦点が合っていなかった。
「……奴は逃げたのか?」
サムは囁くように問いかけた。
「スペンサーだよ」
その一言に、目に光が戻り出す。
「奴は……」
問いかける声にサムは頷いた。
「伊豆方向らしい、警察無線を拾った」
「海……」
「海軍が所属不明のタンカーを見付けた、もうすぐ東京湾に入る」
そこで一度、サムは話を途切れさせた。
「……大丈夫か?」
「大丈夫?」
どこか心を遊離させたまま、ジムはくつくつと笑い始めた。
「大丈夫? ああ、大丈夫さ……」
「どこがだ」
呆れるサム、しかしジムは立ち上がる事で返事にした。
「おっと」
よろけたジムを咄嗟に支える。
「ふぅ……、いいか? やつらはタンカーを東京港にぶつけて火の海にするつもりだ」
「火の海……」
「そうだ、二十年前の悪夢を自力で再現するつもりだ」
「二十……、二十年、二十年前?」
「そうだ」
その年こそ海面上昇によって、東京地盤の液状化が一度に押し進んだ年だった。
日本はそれまでの過剰な税政策とあいつぐ失敗に対するツケから抜け出せず、それでもなお海面上昇と地盤沈下に対して、それまでの様に迅速な処理などとは程遠い政治を展開していた。
調査委員会の設置から予算の捻出、地方への首都移転作業が始まる迄には実に五年もの時を無駄に費やし、その間、じりじりと進む水没を見過ごした。
東京から逃げ出す人々は増加の一途を辿った、が、首都圏に居住していた多くの他人に無関心な人種には、そうなっても頼るべきつてなどどこにもなかった。
地方もまた、そのような身勝手な人種を寛大に受け入れられるほど寛容では無かった。
軋轢からの混乱が巻き起こり、衝突は大きな破壊を招いた。
略奪などが日常化したのである。
もちろんこれを収拾する努力は地方自治体に委任され、国はなんの手出しもしなかった。
結果的に株価の暴落などと相まって、経済復興支援と言う名目で介入した米国を主体とする多国籍軍が、分割統治を行う運びとなったのである。
こうして二十年前に、米国第五十一州ジャパンが誕生する運びとなったのである。
「覚えてるだろう? 五才だったお前はあの街でなにをしていた?」
地盤沈下による高層ビルの倒壊、汚染物の流出による病気の蔓延。
捨てられた犬や猫が、置き去りにされた老人や子供を食い殺していた。
そして太った犬猫、ネズミを人がむさぼり食らっていた。
スラム化していく街には、逃げ出す市民とは逆に、行き場を失った者達が流入した。
この街の秩序が彼らを『ホームレス』として切り捨てる事で回復するまでに、実に二十年もの歳月をかけてきたわけである。
切り捨てていなければ、保証の名の元に莫大な予算を割くこととなり、共に破綻していた事だろう。
サムは思う。
(しかし結局は、どこかで無理が浮き彫りになるんだ)
その被害者の一人がここに居るし、自分の娘も、今の娘もそうだった。
「スペンサーは……」
どこにいるのかと、ジムの鋭い目が問いかける。
「……タンカーと合流するつもりだろうな」
「海上保安部は?」
「最悪の場合にはタンカーに大穴を開けて、海を火事にしても止めるつもりだ」
「わかった」
言葉を重ねるごとに、口調がはっきりとしていく。
サムはもう一度だけ確認をした。
「大丈夫なのか?」
「……モルヒネと一緒にブドウ糖と栄養剤を打った、少し飛んでたみたいだな」
「無茶をする、その内ショック死するぞ?」
「かまうもんか」
ジムはサムを押しのけて、自分の足で跳び下りた。
「くっ……」
無理をして真っ直ぐに立ち、目眩いを感じて前へとよろける。
それを慌てて支えたのは美幸だった。
「……美幸?」
涙目のまま、ギュッと唇を噛んで足元を見ている。
「すまない……」
そういうんだったら……。
謝るくらいなら……。
もうやめてって言っても……。
美幸の口腔に、様々な言葉がぐっと詰まった。
一度に溢れ過ぎて、どれも口にする事が出来なかった。
(え?)
ふっとジムの体重が軽くなって美幸は驚いた。
「真美?」
反対側の肩を、真美が持ち上げていた。
脇の下に肩を入れて、男一人を支える二人。
美幸は真美の気難しそうな横顔を見つめた。
「……まだ、お礼してないもの」
真美は呻いた。
「助けて貰ったの……、二度目だから、だから」
真美は言う。
「今度……、デートでもなんでもしてあげるから」
俯いた真美の頭を、くしゃっと撫でる手があった、ジムだ。
肩を借りながら、それでも腕を曲げて、彼女の頭に乗せていた。
美幸に向けるような、またあの晩に真美に見せたような、そんな目をしていた。
「行くぞ」
そんな三人をサムが促した。
「いったん街に戻る。二人の保護を警察に頼んだら軍のヘリだ」
「軍の?」
「ボス戦だ……、出し惜しみしてる場合じゃないだろう?」
「そうだな」
支えを潰さないように歩き出すジムに苦笑を見せる。
「……ムツキが無茶してなきゃいいが」
サムの独り言が耳に入った。