釉薬を盗まれ寝床まで失う陶工令嬢ですが、一束の納品控えを置いて婚約者と新しい工房へ移ります
「七日後の正午、差押え札が掛かれば、おまえは宿舎も仕事机も使えない。窯の中に残った器も工房の資産だ」
ルドヴィクは、青磁釉の大皿へ工房印を押した。
まだ窯の熱を含んでいる。縁には髪より細い金彩を巡らせた。私が三晩かけて焼き直した器だった。
「薪と土を浪費して工房を傾けた責任は取ってもらう。寝台も置いていけ」
期限まで残り百六十八時間。
ルドヴィクは高値の納品書へ署名した。製作者欄には彼の名があり、債務負担者の欄には私の名があった。私の署名だけがない。
「署名がなくても、家の者なら責任は同じだ」
「同じではありません」
扉の外からアグニェシュカが答えた。
彼女の腕には、土の納入帳、焼成数の記録、賃金台帳が抱えられていた。その後ろに立つヴィレムは、錠の外された戸を押さえている。
「これはご家族の話ではなく、工房の債務です。借入れの申請、受領、使途、責任者の署名を照合します。ラドミラの名へ移された額は、本人の署名がない」
ルドヴィクの指が納品書を隠した。
「アグニェシュカ殿。若い職人を庇ってきた結果、こうなったのです。管理責任は私にございますが、実際に薪を使った者の——」
「土の納入量と完成品数も照合します。庇護について記載する欄はありません」
机を叩いていた手が、紙の端を撫でる手に変わった。
ヴィレムは私へ向き直った。
「差押えは止めない。予定どおり成立させ、帳簿と資産を工房主の責任の下へ戻す。君の署名を欠いた債務は切り離す。そのための申立ても証拠も揃っている」
「工房と宿舎は失います」
「失う」
「この窯も」
「買戻しを申し立てる権利は残せる。ただし、落札まで住む場所にはならない」
ヴィレムは言葉を薄めなかった。
「小さいが、新しい工房を借りた。窯が一基、仕事机が二つ、台所と寝室がある。君を雇い入れるためではない。共同経営者として迎えたい。新工房も、そこで暮らしたいという私の望みも隠さない。答えは正午に聞く」
「分かりました」
私は返事を預けた。
窯口には橙色の火が見えた。母が使っていた調合鉢の内側には、乾いた青緑の釉が幾層も残っている。窓辺の試し皿は、雨上がりの葉、浅い湖、冬の朝の空を薄く重ねた色をしていた。
宿舎へ戻ると、寝台の脚の下に煉瓦を一つ噛ませた。傾きは直った。今夜を含め、あと七晩眠るためには、それで足りた。
* * *
期限まで残り七十二時間。
「納品は明朝に変えた。焼いていない物も倉へ運べ」
ルドヴィクは窯番へ命じた。
棚には乾燥を終えていない鉢が十二、素焼き前の皿が二十一枚ある。運べば縁が歪む。釉を掛けたばかりの器は指の跡まで残る。
「お待ちください。納品日は三日後です」
「私の工房の物を、いつ動かそうと私の勝手だ。おまえは見本を片づけろ。無駄な皿を客に見られたくない」
ルドヴィクは番頭へ目をやった。番頭は未焼成品の数を半分だけ記し、窯番へ署名欄を向けた。工房主の欄は空いている。
二人は私が見ているのに気づくと、口の端だけを揃えた。
私は釉薬見本を包んでいた布をほどいた。
青緑だけでも、灰の量と焼成温度を変えた試し皿が三十六枚ある。全部を運び、全部について製作者を証明する予定だった。
布を畳む。紐を戻す。三十六枚を棚へ残した。
「青磁釉の試し皿は置いていく。今から守るのは配合ではなく、それを作った人の名です」
持ち出す箱には、賃金台帳と納品控えを入れた。器は、控えの番号と底の印をその場で一致させられる物だけに絞った。薄紫の水差し二点、乳白の鉢四点、金彩の小皿八枚。誰の土で、誰が成形し、誰が絵付けをしたか即答できない物には触れなかった。
母の調合鉢を持ち上げる。
縁の欠けが親指へ馴染んだ。
私は鉢を棚の奥へ戻し、古い窯道具も箱から外した。
「アグニェシュカ。こちらではなく、土の納入控えを組合へ。年ごと、窯ごとに束を分けてあります」
「完成品の控えは?」
「私が持ちます。途中で奪われても、土の記録は残るように」
アグニェシュカは鉢にも試し皿にも目を向けず、納入控えの束を数えた。
「十二年分。受領しました」
荷車の底へ帳簿を置き、その上へ証明できる器だけを載せた。空いた場所は広かった。
広いまま、布を掛けた。
* * *
期限まで残り二十四時間。
朝に開ける窯へ入れる器を数えると、予定より十七点多かった。別の窯には、正午を越えて焼く器が残っていた。
ルドヴィクが別の職人の白い壺と、見習いの花皿を青磁の皿の間へ差し込ませていた。焼成後の総数を曖昧にし、どの土がどの納品へ回ったか分からなくするつもりらしい。
「同じ窯で焼けば、工房の製品だ」
彼は窯番の肩越しに言った。
「壺は別の注文です。温度も違います」
「火を扱うのは私だ。口答えをするなら今夜から宿舎を出ろ」
窯番の背が縮んだ。
そこへアグニェシュカが入ると、ルドヴィクは声を落とした。
「これはこれは、アグニェシュカ殿。若い者に実地の勉強をさせておりまして。窯番、説明を」
彼は焼成記録を窯番へ押しつけた。番頭の署名があり、窯番の欄にも印を求めている。工房主の欄だけは、また空白だった。
私は古窯の買戻し申立書を閉じた。
窯の寸法、修繕費、母から引き継いだ経緯まで書いた紙だった。あと一晩あれば、提出できる形になる。
その一晩を使わない。
「ヴィレム。買戻しの準備を止めます」
彼は申立書を受け取り、閉じたまま机へ置いた。
「次は」
「朝の窯出しを、公開審理の場にします。争いのある器は動かしません。納品先の客、夜間作業を知る使用人、職人を窯口に立ち会わせてください。正午までに認定と執行を終えるため、組合の確認を窯出しより先に置きます」
「古窯の権利は」
「まだ決めません。正午に決めます」
ヴィレムは一度だけ頷いた。
その夜、証明済みの私物を職人へ返した。
柄に焼け跡のある箆。左利き用に刃を削った小刀。子どもの歯ほど小さな印判。持ち主の賃金記録と購入控えが揃う物だけを、工房の棚から外した。
窯番は箆を受け取っても道具袋へ入れなかった。
「明日の窯出しで使います」
「ここへ残せば、差押えの対象になるかもしれません」
「なら、窯を開けてから持ちます」
私は箆を彼へ返した。
争いのある青磁の皿には触れなかった。釉はまだ火の中で、灰色から乳白へ、乳白から青緑へ変わっている。窯口の隙間から漏れる橙の光が、床を細く切っていた。
宿舎では最後の夜になった。
寝台の脇に、着替え一組と帳簿を入れた箱を置く。机には何も残さない。母の調合鉢も、試し皿も、古い窯道具も取りに戻らなかった。
夜明け前、私は内側から部屋の鍵を掛けた。
これが最後だった。
朝、窯口の前には人が並んだ。
職人、使用人、納品先の客、陶工組合の役員。アグニェシュカの机は窯から三歩離れた場所に置かれ、その上に土の納入記録、完成品数、賃金台帳、納品控えが別々の束で積まれた。
ルドヴィクは上着を替えていた。濃紺の布に銀糸の縁取りがある。客へ頭を下げ、職人には顎を振った。
「さっさと開けろ。納品が遅れる」
窯番が封泥を示した。
「昨夜、ラドミラとアグニェシュカ殿の立会いで封じました。数も記録済みです」
「おまえは誰から給金を受け取っている」
アグニェシュカが賃金台帳を開いた。
「三か月、誰からも受け取っていません」
ルドヴィクの顎が下がった。
「その件は審理の後にいたします、アグニェシュカ殿。まず私の新作をお目に掛けましょう」
窯が開いた。
熱が朝の空気を押し退けた。職人たちが一段ずつ棚板を運び出す。
最初は乳白の鉢だった。縁へ薄紫が溜まり、雪の下に小さな花弁を閉じ込めたように見える。次に青緑の皿。中心は深い湖の色で、縁へ向かうほど淡く、灰色を含んだ空へほどけていく。白い壺には青い影が流れ、見習いの花皿には黄と薄紅の小花が散っていた。最後に、細い金の輪を持つ青磁の大皿が現れた。
客の一人が息を吸った。
「この色です。私が六十枚注文したのは」
ルドヴィクが前へ出た。
「ええ、私の青磁です。少々手間取りましたが、このとおり——」
「確認を始めます」
アグニェシュカの声が窯場を横切った。
彼女は青磁の皿を褒めなかった。土の納入量を読み、窯へ入れた数量を読み、完成した数量を数えさせた。納品控えの番号と、器の底に付された作業印を照合した。
記録だけなら、ルドヴィクはまだ笑えた。
「工房へ納められた土です。当然、工房主である私の製品となります」
「製作者名と給金の記録が一致していません」
「若い職人へ機会を与えたのです。失敗の費用はこちらが負担し、売れる物だけを工房名で——」
「では、一点だけ確認します」
アグニェシュカは青磁の大皿を両手で掲げた。
朝の光が釉の内側へ入り、青緑の面に窯火の橙が薄く残った。
「この青磁釉の製作者は誰ですか」
窯番が答えた。
「ラドミラです。灰を量り、乳鉢で砕き、試し皿へ番号を振るところから見ています。調合の夜は私が火を見ました」
宿舎の使用人が続いた。
「ラドミラは夜ごと、袖を肘まで上げて調合室へ入りました。ルドヴィクは朝、焼き上がった皿へ工房印を押しに来ました」
客が一枚の控えを開いた。
「注文の際、青緑を濃くするには焼成を一度増やすと説明したのはラドミラでした。代金はルドヴィクへ支払いました。製作者への給金込みだと聞いております」
金彩を担当した職人が、皿の縁を指した。
「金を置く幅を決めたのもラドミラです。ルドヴィクは出来上がった後で、金をもっと太くしろと言いました。太くすれば釉の流れが隠れるので、私たちは変えませんでした」
「全員、私の工房で働く者だ!」
ルドヴィクの声が戻った。
「家の土、家の薪、家の窯を使った。家のものだから私のものだ。ラドミラも同じだ。浪費の責任だけ逃れて、売れた器は自分の物だと言うのか」
彼は大皿を取ろうとした。
窯番が棚板を半歩引いた。
ルドヴィクはその手を払おうとし、客たちの前で止めた。
アグニェシュカは別の帳簿を開いた。
「青磁の売上は工房主収入として記載されています。土、薪、破損品、借入利息はラドミラの担当損失として移されています。賃金台帳には番頭と窯番の連名がありますが、工房主の署名欄は空白。納品書には工房主の署名があり、製作者欄は書き換えられている」
番頭が出口を見た。
役員が扉の前に立った。
「番頭。書き換えは誰の指示ですか」
「工房主です」
「違う!」
「署名しろと言われました。窯番と連名なら、責任は二人へ分けられると」
ルドヴィクは番頭へ顔を向けた。
「おまえにも未払い分を払うと言っただろう!」
アグニェシュカが数字を読んだ。
窯番へ三か月分。成形職人へ二か月分。絵付け職人へ四十六日分。使用人へ一か月分。番頭を含めた総額は、ルドヴィクが懐へ入れた青磁二回分の売上より少なかった。
「支払う! 今日の納品が済めば払える。おまえたちも働き口を失いたくはないだろう。ラドミラの小さな窯で何人雇える。戻れ。給金は上げる」
誰も返事をしなかった。
役員が認定書を読み上げた。
製作者名の盗用。賃金未払い。帳簿の改変。債務負担者名の不正記載。審理終了時より営業資格を停止し、未払い給金を優先して工房資産から支払う。
赤い停止印が資格証へ押された。
執行人がルドヴィクの机から工房印を取り上げ、封印袋へ入れた。ルドヴィクが袋の口を掴む。執行人はその指を一本ずつ外し、受領欄へ時刻を記した。
「返せ。注文が残っている」
「営業資格は停止されました」
「私の工房だ!」
「これより差押え対象です」
客は青磁の注文書を畳んだ。
「残りの六十枚は、新工房へ改めて注文します。製作者名はラドミラで」
別の客も納品控えを私へ向けた。
「乳白の鉢を二十四。こちらも移します」
職人たちはルドヴィクを囲まなかった。自分の道具箱を持ち出し、私の荷車の後ろへ置いた。
一つ。
二つ。
窯番の焼け焦げた箱、絵付け職人の顔料箱、成形職人の革紐で括った道具箱。見習いは両腕で小さな箱を抱え、列の最後へ並んだ。
「待て。宿舎も失うぞ。あの女についていけば、食事も寝床も足りない」
「新工房の契約を確認しました」
アグニェシュカが答えた。
「共同経営者二名。職人の給金日、宿舎費、食事費は別記。未払い給金はこの差押え財産から支払います。新工房の資産から補填する項目はありません」
ルドヴィクの口が動いた。
音は出なかった。
正午の鐘が鳴った。
一打目で、執行人が工房の扉へ札を掛けた。
二打目で、宿舎の入口が封じられた。
三打目で、私の寝台、仕事机、母の調合鉢、窯の中に残る焼成中の器が、旧工房の資産目録へ記された。
期限まで残り零時間。
七日前と同じ窯口に立っていた。
青緑の試し皿が窓辺にある。母の調合鉢も棚の奥にある。古窯はまだ熱を持ち、黒い壁の内側に橙の光を抱えていた。
アグニェシュカが、買戻しを申し立てる権利の確認書を置いた。
「ラドミラ。古窯については、ここで意思表示が必要です」
私は申立書を開いた。
母から教わった最初の配合、初めて割らずに焼けた皿、冬の朝まで二人で火を見た日。文字にはしていないものばかりが、紙の余白に残っていた。
署名欄の上へ線を引いた。
「古窯の買戻しを申し立てる権利を放棄します」
窯番が帽子を胸へ当てた。
使用人は封じられた宿舎を見たあと、私の荷車へ毛布を載せた。
ヴィレムが私の前へ来た。
「新工房は、ここより小さい」
「知っています」
「窯も一基だけだ。台所の鍋は四人分で、職人が増えれば買い足す。寝室には内側から掛ける鍵がある。君の仕事机には、君の名を入れた」
「それも聞きました」
「私の望みも」
「七日前に」
ヴィレムは手を開いた。
その上に、新工房の鍵があった。
古窯の権利書ではない。青磁の売上でも、失った寝台の代金でもない。飾りのない鉄の鍵で、握るところだけが新しく磨かれていた。
私は正午の鐘の後で初めて、彼へ手のひらを向けた。
鍵が載る。
片手では落としそうで、もう片方の手を添えた。鉄の冷たさが掌の線へ沈み、指を閉じると見えなくなった。
「ヴィレム」
「うん」
「私は、そこで一緒に暮らします」
ヴィレムの肩から、七日分の硬さが一度に抜けた。
彼は私の手を包んだが、鍵は取り上げなかった。
職人たちが道具箱を持ち上げた。客が新しい注文書へ署名した。使用人は毛布の上へ私の着替えの箱を置いた。アグニェシュカは共同経営者の欄に私の名があることを確かめ、帳簿を閉じた。
「新工房へ行きましょう」
窯番の声に、列の後ろから声が重なった。
「窯を冷ます暇はありませんね」
「食器の注文が先です」
「寝台も要るでしょう」
「鍋も大きい物を」
客たちが笑い、職人たちは私たちを急かした。
旧工房の札の前に残ったのはルドヴィクだけだった。営業資格のない彼へ、工房印は返らない。職人も注文も戻らない。
荷車が動き出す。
私は振り返らなかった。
掌の中で、鍵の角だけを確かめた。
* * *
新工房で最初の窯を開けた朝、寝室の鍵は内側に掛かっていた。
夜に私が掛け、朝に私が外した。
寝台は一台で、脚は四本とも同じ高さだった。枕元には畳んだ仕事着が二人分置かれ、洗った前掛けが庭の綱で揺れている。その隣には職人たちの上着も並び、朝の光を受けて、白、薄茶、灰青と順に乾いていた。
窯は旧工房の半分ほどしかない。
その代わり、器の底には製作者の印があった。青磁の皿には私の印。薄紫の水差しには成形した職人と絵付け職人の印。見習いの花皿には、小さく不揃いな本人の印がある。
アグニェシュカは新しい帳簿を食卓へ広げた。
「給金日は毎月二十五日。休息日は七日に一日。窯の都合で移す場合は、同じ月のうちに振り替える。共同経営者にも適用する。これでよろしいですか」
「はい」
「ヴィレムも」
「異議はない」
私とヴィレムが署名し、職人たちも確認欄へ名を書いた。賃金を留保する欄も、責任者名を空白にする欄もない。
台所では大きな鍋から湯気が立っていた。豆と根菜、刻んだ香草が煮え、蓋を開けると窓が白く曇った。
棚には四人分より多い椀が並んだ。
乳白、青緑、薄紫。金彩を施さない普段使いの器で、縁の厚さも少しずつ違う。明日から増える職人の席を、誰も端へ追いやらなかった。
窓辺には白い花と淡青の花が一つの水差しに挿してある。朝の光が花弁を透かし、その下で新しい納品控えの束が青い紐に結ばれていた。
客が青磁の椀を手に取った。
「この色を待っていました」
窯番は椀の底にある私の印を見せた。
「今度は、最初から名前があります」
アグニェシュカが完成数を帳簿へ記した。職人たちは鍋を囲み、ヴィレムは人数分のパンを切った。
私の椀にも同じだけ盛られた。
食べ終えれば窯へ戻る。夜になれば内側から鍵を掛けて眠る。翌朝はまた扉を開け、自分の名で器を焼く。
私は青緑の椀を両手で持った。
温かかった。




