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最後の恋愛  作者: 森 神奈


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第6話 「残された側の時間」


あの日から、蒼の時間はうまく進まなくなった。


朝は来る。夜も来る。


けれど、その間の出来事が、うまく記憶に残らない。


海辺での出来事は、何度も夢に出てきた。


波の音。


菜乃葉の後ろ姿。


振り向かなかった横顔。


目が覚めるたびに、胸の奥が強く痛む。




菜乃葉は、行方不明という扱いになった。


学校では「事故」として処理され、誰も深く触れようとはしない。


蒼だけが、ずっとそこに取り残されていた。


ある日、菜乃葉の家族が学校に来た。


蒼は呼び出された。


人気のない応接室。


重たい空気。


菜乃葉の母親は、目を赤く腫らしていた。


「どうして、あの子を止めてくれなかったの」


その言葉に、何も返せなかった。


父親は、ただ蒼を睨み続けている。


「あなたが一緒にいたんでしょう」


責める声は、静かで、重かった。


蒼は何度も頭を下げた。


けれど、何を言っても意味がないことは分かっていた。


自分でも、同じことを何度も思っていたから。


どうして、気づけなかったんだろう。




それでも、蒼は学校に通い続けた。


菜乃葉が座っていた席は、ずっと空いている。


誰も座らない。


その空白が、教室の中で一番目立っていた。


図書室の窓際の席にも、行けなくなった。


あの場所に行くと、息ができなくなる。




数週間後。


その日は、家族で外出していた。


久しぶりに、少しだけ気持ちが落ち着いていた日だった。


帰り道、家の前に人だかりができているのが見えた。


赤い光が、夜の住宅街を照らしている。


嫌な予感がした。


走る。


近づく。


焦げた匂いが、鼻を刺す。


自分の家が、燃えていた。


炎が、窓から噴き出している。


「危ないから下がって!」


誰かが叫ぶ。


蒼の頭は真っ白だった。


家の中には、家族の一員がいる。


ずっと一緒にいた、猫。


名前を呼ぶ。


何度も呼ぶ。


でも、返事はない。


その夜、猫は見つからなかった。




後日。


警察から連絡が来た。


家の近くの監視カメラに、不審な人物が映っていたという。


映像に映っていたのは、見覚えのある顔だった。


菜乃葉の家族。


動機はすぐに分かった。


「あなたのせいで、娘は――」


言葉の続きは聞かなくても分かる。


蒼は、ただ画面を見つめていた。


怒りでも、悲しみでもない。


何も感じない感覚。


空っぽ。




夜、自分の部屋で一人になる。


静けさが、耳に痛い。


スマホの中には、菜乃葉とのメッセージが残っている。


最後のやり取り。


『海、行こ』


その短い文字列が、胸を締めつける。


蒼は、ようやく気づく。


菜乃葉の「ありがとう」は、別れの言葉だったのだと。


でも、その意味に気づいたのは、すべてが終わった後だった。


窓の外では、風が吹いている。


時間は進んでいる。


それでも蒼の中では、あの日の海の音が、ずっと鳴り続けていた。





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