第4話 「何もなかったみたいに、世界は回る」
雨宮雫の訃報は、翌朝のホームルームで伝えられた。
担任の声は、ひどく事務的だった。
「昨日、本校の生徒が事故により亡くなりました」
教室は静まり返る。
誰もが名前を出さなくても分かっている。
菜乃葉は、机の木目を見つめたまま動けなかった。
周りのざわめきが、遠くで鳴っているように聞こえる。
昨日の光景が、頭から離れない。
窓。空。雫の顔。
それでも、チャイムは鳴る。授業は始まる。ノートは開かれる。
世界は、何もなかったみたいに回り続ける。
数日後。
かんなと奈央の様子がおかしいことに、誰もが気づいていた。
一緒にいることが減り、会話も減り、視線も合わない。
そして、あっさりと二人は別れたらしい、という噂が流れた。
理由は誰も知らない。
けれど、空気だけが重くなる。
かんなは、明らかに元気がなかった。
笑わない。話さない。ぼんやりしていることが増えた。
菜乃葉は、放課後にかんなと一緒に帰ることが増えた。
「大丈夫?」
何度目かの問いに、かんなは小さく笑う。
「大丈夫だよ」
その笑顔は、全然大丈夫じゃなかった。
ある日。
かんなが学校を休んだ。
次の日も、その次の日も。
連絡がつかないと聞き、菜乃葉は心配になって家を訪ねた。
家の前には、見慣れない車が止まっていた。
玄関先で、かんなの母親が青い顔で立っている。
「かんなは……?」
「ごめんね、菜乃葉ちゃん」
その声は震えていた。
「今、ちょっと会えないの」
事情を聞いて、頭が追いつかなかった。
かんなの父親が、身に覚えのない罪で警察に連れていかれたという。
家の中は混乱していて、かんなは部屋から出てこないらしい。
「何かの間違いだって言ってるんだけど……」
母親の言葉が、遠くに聞こえる。
その時、菜乃葉の頭に浮かんだのは、奈央の顔だった。
奈央の親は、警察の上の立場にいると聞いたことがある。
偶然にしては、出来すぎている。
胸の奥が、冷たくなる。
その夜。
かんなから、短いメッセージが届いた。
『もう無理かもしれない』
それだけ。
電話をかけても出ない。
翌日、かんなは学校を辞めたと聞いた。
理由は、体調不良。
誰も深くは聞かない。
聞けない空気が、教室に漂っていた。
数日後の帰り道。
菜乃葉は一人で歩いていた。
背後から、足音が近づく。
振り向くと、奈央が立っていた。
いつもの明るい笑顔。
「ねえ、菜乃葉」
その声は、やけに軽い。
「かんな、かわいそうだよね」
何も言えない。
奈央は一歩、近づく。
「でもさ、あれはかんなが悪いと思うんだ」
その目は、笑っていなかった。
「人の好きな人、取ろうとするから」
背筋がぞくりとする。
「奈央、やめて」
思わず言うと、奈央は小さく首を傾げた。
「何を?」
その顔は、本当に分からないと言っているみたいだった。
その瞬間、菜乃葉ははっきり理解する。
この子は、もう戻れないところにいる。
その後。
かんなが夜道で誰かに襲われかけたと噂で聞いた。
未遂で終わったらしい。
けれど、その出来事が決定打になった。
かんなは、完全に心を閉ざしてしまったという。
菜乃葉は、何もできない自分が嫌になった。
何も守れない。
何も止められない。
ただ、見ていることしかできない。
その現実が、胸を締めつける。
教室の窓から差し込む光は、相変わらず綺麗だった。
なのに、もう何も綺麗だとは思えなかった。




