第2話 「好きという感情の向き」
昼休みの教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
理由は簡単で、奈央がやけに上機嫌だったからだ。
「ねえねえ聞いて! 今日さ、朝から雫と一緒に登校してきたんだよ!」
机を叩きながら話す奈央に、周りの子たちが笑う。
雨宮雫はその隣で、少し困ったように微笑んでいる。
「奈央が無理やり呼びに来ただけでしょ」
「いいじゃん別にー」
そのやり取りを、菜乃葉は少し離れた席から眺めていた。
何気ない、いつもの光景。
なのに今日は、どこか空気が違う気がする。
理由は分からない。
けれど、胸の奥がざわついていた。
昼休み、いつものメンバーで机を囲む。
奈央はやけに雫に話しかけ、雫はそれにぎこちなく返す。
かんなはその様子をじっと見ていて、どこか面白くなさそうな顔をしていた。
「雫ってさ、奈央のこと好きだよね」
突然、かんなが言った。
箸を持つ手が、全員ぴたりと止まる。
「は?」
奈央が目を丸くする。
雫は顔を真っ赤にして俯いた。
「な、なに言ってるのかんな……」
「図星?」
かんなは悪戯っぽく笑う。
その空気に、菜乃葉の心臓が小さく跳ねた。
冗談のはずなのに、妙に生々しい。
奈央は少し黙ってから、ふっと笑った。
「じゃあさ」
そう言って、視線をかんなに向ける。
「かんなはどうなの?」
一瞬、空気が止まる。
かんなの笑顔が、ほんのわずかに固まった。
「……何が?」
「雫のこと、好きなんじゃないの?」
その言葉に、雫が顔を上げる。
かんなと目が合う。
何秒かの沈黙。
菜乃葉は、その沈黙がひどく怖かった。
「……好きだよ」
かんなは、あっさりと言った。
その声は冗談めいていなくて、真っ直ぐだった。
雫の顔がさらに赤くなる。
奈央の表情が、ほんの少しだけ曇る。
「へえ」
奈央は笑った。
でも、目は笑っていなかった。
「そっか」
そのまま、何事もなかったかのように話題は変わった。
けれど、さっきまでの柔らかい空気は、もう戻ってこなかった。
放課後、廊下。
菜乃葉は一人で歩いていると、後ろから声をかけられた。
「菜乃葉」
振り向くと、雫が立っていた。
「ちょっと、話していい?」
人気のない階段の踊り場。
雫はしばらく黙ってから、小さく言った。
「私ね、奈央のこと好きなんだ」
やっぱり、と思った。
けれど、その言葉はどこか震えていた。
「でも、かんなもそうなんだって思ったら、なんか、分かんなくなっちゃって」
雫は笑おうとするけれど、うまく笑えていない。
「奈央は、たぶん気づいてる」
その一言が、妙に重かった。
「どうなるんだろうね、これ」
菜乃葉は、何も言えなかった。
ただ、嫌な予感だけが膨らんでいく。
その日の帰り道。
菜乃葉は蒼と並んで歩いていた。
夕焼けが街を赤く染める。
「なんか、今日みんな変だったね」
蒼が言う。
「うん……」
「人の好きって、難しいね」
蒼のその言葉に、菜乃葉の胸が少し痛む。
自分たちのことを言われている気がした。
好きなのに、付き合えない。
近いのに、遠い。
「でもさ」
蒼が少し笑う。
「菜乃葉といる時間は、難しくないよ」
不意打ちみたいなその言葉に、菜乃葉は足を止めそうになる。
何も言えなくて、ただ頷いた。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえた。
それが、妙に遠く感じた。
その頃、教室では。
奈央が一人、机に座っていた。
誰もいない教室。
静かな空間。
奈央は、スマホの画面を見つめながら、ぽつりと呟く。
「めんどくさいなあ」
その声は、誰にも聞こえない。
けれどその表情は、昼間とはまるで違っていた。




