第46話 最高の復讐
それから一か月ほど経ったころ。
我が子を寝かしつけていたアンドレアの元に、荷物を手にしたエドガーがやって来た。
「アンドレアに国王から届け物が来たんだが」
「お爺様から?」
箱を開けると中には一冊のノートが入っていた。
「よかった。やっと返ってきたわ」
「これは……?」
「わたくしがシュナイダー家にいたときに書き留めていたものよ」
ノートを手渡されたエドガーがぺらぺらとページをめくっていく。
中には領地経営にまつわるノウハウが、アンドレアの字で事細かに書かれていた。
「すごいな……これを全部アンドレアが……」
「シュナイダー家に嫁いだばかりのときは、使用人に舐められないようにと必死だったのよ。下の者が動いてくれないことには、上手いこと業務が回らないでしょう?」
書き込まれた内容は、人を動かすために必要なスキルから、取引先にとの交渉の仕方、効率的な書類に書き方など実務的なものまで多岐に渡っている。
「だがどうしてこれが国王から届けられたんだ?」
「わたくしがお爺様に頼んだのよ。ポールがズュンデに行く前に読ませてほしいって」
ポールは王命で、監獄島と呼ばれる島へ行くことになった。
強盗犯、詐欺犯、殺犯鬼から知能犯まで、ありとあらゆる凶悪犯罪者たちが暮らす逃げ場のない海の孤島だ。
ポールはそんな島民を統括する領主的な仕事を任された。
噂ではよほど上手く統治しないと、寝首を掻かれて殺されかねない過酷な環境らしい。
歴代の前任者は、心労のあまり自死を選ぶか実際に殺されるか、必ずどちらかの道を辿るという笑えない話もあるくらいだ。
「ポールにこのノートを? わざわざか?」
「別にポールが可哀そうでお爺様に頼んだわけではないわ。あくまで貸してあげただけだし」
「しかしそんなに気にかけてやることはないんじゃないのか?」
エドガーはどこか不満そうだ。
「わたくしだってそこまでお人好しじゃないわ。あそこまでコケにされたのよ? 今さらポールが死のうが生きようが、どうなろうと知ったことではないわ」
「だったらどうしてこのノートを貸したんだ?」
「あら、だって」
アンドレアは目を細め、口元に妖艶な笑みを刷く。
「監獄島に行って、すぐ死なれては面白くないでしょう? 少しくらい領地経営の知恵があった方が、小狡いポールなら多少の悪あがきをすると思わない?」
「中途半端な知識を得たところで、長続きするとは思えないが……」
「そうでしょうね。きっとポールのことだから、このノートも碌に目を通さなかったんじゃないかしら?」
アンドレアはくすくすと笑い声を立てた。
それこそ心底可笑しそうに。
「あの監獄島がどれだけ過酷な場所なのか、行って初めてポールは痛感したでしょうね。そしてこのノートを真面目に読まなかったことを、今頃は死ぬほど後悔しているはずだわ」
「それであくまで貸し出したのか……」
「ええ、そう。本当にポールを哀れに思うなら、このノートを持たせてズュンデに行かせたもの」
生きるか死ぬかの瀬戸際で、このノートの知識があればどうにか危機を乗り越えることもできたはずだ。
「だが実際にこのノートは手元にない。その絶望をポールは味わうという訳か……」
「なまじこのノートの存在を知っている分、あれさえ手元にあればと悔しさも倍増するでしょう?」
「あいつのことだ。それこそアンドレアのせいにしてそうだな」
「いい気味よ。ポールなんて一生他人を逆恨みしながら、苦しみの中で生きて行けばいいんだわ」
攻撃の対象が自分だけだったら、アンドレアもここまでの反撃は考えなかったことだろう。
しかしポールは利己欲を満たすために、アンドレアのお腹の子すら標的にした。
すやすやと眠る我が子に視線を落とす。
「だけど正直もう、ポールのことなんてどうでもいいの。ポールの存在ごと、わたくしの人生からきれいさっぱり消してやるわ。わたくしはこの子だけがいればいい……この子と誰よりも幸せになるの」
これこそ最高の復讐だ。
いつまでもつまらない過去に振り回されて、これからの人生を無駄に過ごすなど馬鹿らし過ぎる。
ポールが恨みつらみの中で野垂れ死のうが、改心して努力の人生を歩もうが、もはやアンドレアには関わりないことだった。
「アンドレア……その幸せに俺も混ぜてくれ……」
「もちろんよ」
悲壮な顔をしているエドガーに、アンドレアはにっこりと微笑み返した。
「その代わり、この子から笑顔を奪うようなことをしたら、エドガーだって容赦しないから。覚えておいて」
「そんなことはしないとこの名にかけて誓う! ふたりの笑顔は俺の生きがいなんだ! 俺を見捨てないでくれアンドレア……!」
(……また鬱陶しいスイッチが入ってしまったわ)
縋りつく勢いエドガーに、アンドレアはちょっと面倒くさそうな顔になった。




