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第12話 里帰り再び

 エリーゼの出産を受けて、姪の誕生を祝うためにアンドレアは再びケラー家に里帰りをすることになった。

 といっても数時間のみの滞在だ。

 寄り道せずに真っすぐ帰ってくることを条件に、ポールはアンドレアを送り出した。


「あら、今日はマリーじゃないのね?」


 連れてきた侍女が新顔なのを見て、迎えてくれたエリーゼは小首をかしげた。


「まぁ、いいわ。アンドレアとゆっくり話したいから、あなたは向こうに下がってて」


 その侍女が奥に下がると、アンドレアはほっと息をついた。

 彼女はポールの息がかかった人間だ。

 始めはアンドレアに同情心を見せる彼女に好感を持った。親身になって尽くしてくれるし、仕事も丁寧だ。

 だが人目を憚ることなくアンドレアの味方をしている者なのに、一向に解雇される様子がない。

 そのことに逆に違和感を覚えた。

 彼女のような使用人を、ポールとライラが見逃がすとは思えなかった。


(わたくしを油断させて、内情をポールに報告する気が見え見えね……)


「あの侍女、やっぱり見張り役?」


 こそっと耳打ちしてくるエリーゼに、アンドレアは苦い顔で頷いた。


「そうだと思った。今も扉の影で聞き耳を立ててるわ」


 軽く肩をすくめたエリーゼの言葉に、アンドレアはため息をつくしかない。

 祖父に手紙を送ったころ辺りから、ポールの監視がきつくなった。

 やはりポールはアンドレアが外部に助けを求めることを危惧しているのだろう。


「そんなことよりエリーゼ、出産おめでとう。元気そうで安心したわ」

「ありがとう。さっき眠ったところなの。あとで会わせてあげるわね」


 貴族とはいえ、出産は誰しも命懸けだ。

 産後しばらく経っているが、あまり長居をして疲れさせるのも悪い気がしてくる。


「顔を見たらすぐに帰るわ」

「そう言わないでゆっくりしていって」


 おっとりと微笑んだエリーゼは、ちょうどティーセットを持ってきたメイドに何か耳打ちをした。


「あの侍女を丁重にもてなすよう言っておいたから。盗み聞きよりも、目の前のお菓子に夢中になるように、ね?」


 そう言って軽くウィンクを飛ばしてくる。

 つられるようにアンドレアが笑みをこぼすと、エリーゼは満足げに頷いた。


「で、どうなの? 最近は」


 念のためか、エリーゼは小声で聞いて来る。


「ライラはシュナイダー家で益々やりたい放題にしているわ。ポールもそれを止めないし、使用人も見て見ぬふりよ」

「そう……」

「あとお爺様のお見舞いに行くことができたわ。ポールも一緒だったけれど」

「じゃあ国王様に相談はできなかったのね?」

「ええ」


 アンドレアは最後に祖父に言われたことをエリーゼに話した。


 ――まずはお前がしあわせになれ


 あれはどういう意図で言われたものだったのか。アンドレアはそれをまだ理解できないでいる。

 祖父はこうも言った。自己犠牲で成り立つ平和は長続きしないのだと。


 貴族とは家の利益を優先すべきものだ。幼いころからそう教えられて育ってきた。

 あの日の祖父の言葉はこれと真逆のことだ。

 己の犠牲なくして、アンドレアは貴族たり得ないのだから。


「まぁ、国王様がそんなことをおっしゃったの?」

「わたくし、どう受け取ったらいいのか分からなくって……」

「でもまるで、アンドレアの事情を知っていらっしゃるみたいなお言葉よね」

「そんなはずないわ。ポールもいたし、わたくし何も相談はできなかったもの」

「だったら純粋に孫のしあわせを願ってくださったんじゃ?」


 虚空を見つめていた祖父は、もしかしたら視力が失われていたのではないだろうか?

 彼にとってのアンドレアは、まだ幼い孫娘のままでいるのかもしれない。

 そう思えばあの言葉も、少し腑に落ちたように感じた。


「あともうひとつ……」


 ポールの祖父に対する暴言を伝えかけて、アンドレアはその先の言葉を飲み込んだ。


(あんな酷いこと、エリーゼには聞かせられないわ)


 まるで祖父の死を心待ちにする悪魔のような言い様だった。

 今日は姪の誕生を祝うために来たのだからと、アンドレアはそう思い直した。

 しかし言いかけたまま黙ったアンドレアに、エリーゼが不思議そうな顔を向けてくる。


「もうひとつ? なに?」

「あ、ええと……そう、エドガーに会ったわ! 商談の取引相手としてだったけれど」


 大事なことを忘れていた。

 エリーゼがライラのことをエドガーに話したのか、ずっとそれが気になっていたのだ。


「その話題がいちばん最後なわけね……しかも今やっと思い出したって感じだし……」


 なにやらぶつぶつ言っているエリーゼに、今度はアンドレアが首を傾げた。

 そのとき隣の部屋から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


「あら、目が覚めたみたいね。ちょうどいいわ、アンドレアも一緒に来て」


 促されて移動する。

 途中ちらっと視線をやると、監視役の侍女がじっとアンドレアの様子を盗み見ているのが分かった。

 隣の続き部屋は、子供部屋になっていた。

 立派なベビーベッドで赤ん坊が顔を真っ赤にして泣き叫んでいる。


「そこの扉は閉めてもらえる? さすがにここに籠っていても、不審がられないでしょう?」


 赤ん坊を抱き上げながら、エリーゼが言った。

 扉を見やると、すぐそこまで監視の侍女が来ている。なんとしてでも盗み聞きしたいのだろうか。

 どのみち赤ん坊の泣き声が大きくて、会話など聞こえなさそうだ。

 言われた通り扉を閉めると、エリーゼはわざとらしく大声で話し出した。


「おむつは汚れてないし、やっぱりミルクかしら? はいはい、今お腹いっぱい飲ませてあげるわね」


 なんだか扉の向こうに聞かせているようだ。

 アンドレアが小首をかしげていると、今度は小声でエリーゼが耳打ちしてきた。


「悪いけどこの子にミルクをあげたいから、向こうに行っててもらえる?」

「分かったわ」


 いくら仲がいいとはいえ、授乳中の姿は見られたくはないだろう。

 元いた部屋に戻ろうとすると、エリーゼはなぜかそれを止めてきた。


「そっちではなく、あっちで待っていて」


 再び小声で言って、さらに奥にあった扉を指し示す。

 不思議に思いつつも、アンドレアは素直にそれに従い奥へと向かった。


(あの侍女がいるから、気を遣ってくれたのかしら)


 エリーゼのやさしさにほっこりしながら、アンドレアはさらに隣にあった続き部屋へと移動した。


「……――っ!」


 誰もいないと思っていた室内に人影を見つけ、アンドレアは悲鳴を上げそうになった。

 その何者かに素早く口を塞がれる。

 口元を覆う骨ばった大きな手に、アンドレアは心臓が凍りついた。


「しっ、俺だ、アンドレア」


(この声は、エドガー!?)


 心臓の鼓動が鳴りやまない中、アンドレアは自分を押さえ抑え込んでいる男の顔を恐る恐る仰ぎ見た。


「もう叫ぶなよ?」


 こくこくと頷くと、エドガーはやっとアンドレアの顔から手を離した。


「エドガー……どうしてこんな場所に……」

「監視されているんだろう? 時間もないことだ。手短にいこうぜ?」


 飄々と言ったエドガーに、アンドレアは追いつかない思考のまま頷き返した。


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