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第11話 病床の王

 エドガーの真意が分からないまま、いたずらに時だけが過ぎていた。


(あの様子だと、エドガーはエリーゼからライラのことを聞いたのよね……)


 エリーゼに確かめたいところだが、彼女はいつ子供が産まれてもおかしくない時期を迎えている。今はアンドレアどころではない状況だった。

 最近ポールはアンドレアの動向を使用人に見張らせるようになった。

 アンドレアが書く手紙すら内容をチェックする徹底ぶりだ。


(外に助けを求めないよう、警戒しているのだろうけど……)


 見張られた状態では、エドガーと直接連絡を取るのも難しい。

 使用人を味方につけられればいいのだが、解雇を恐れて誰もがポールの言いなりだ。

 実際にアンドレアに肩入れしていた使用人が、いつの間にか何人も姿を消していた。

 これはライラの嫌がらせが主だった。

 ふたりは徹底的にアンドレアを孤立させる気でいるらしい。

 打開策が見つからないまま、確実にアンドレアは不利な状況にどんどん追い詰められている。


(正直、ポールのことなんてもうどうでもいいのだけれど)


 一体自分はどうしたいというのだろうか。

 領地経営を投げ出すのは、尊敬していた伯父、前シュナイダー公爵を裏切るようで気乗りがしない。

 立場を捨てて逃げ出すことも、王女を母に持つ貴族としてアンドレアのプライドが許さなかった。

 かといって今の状況を受け入れるだけの覚悟も持てないでいる。


(何もかもが中途半端だわ)


 癖のようにアンドレアは大きなため息をついた。

 そんなときに、祖父から諦めかけていた手紙の返事が届いたのだった。



 ♱ ♱ ♱



 見舞いにはポールもついて来ると言い出した。

 アンドレアが国王である祖父に余計なことを言わないようにするためだろう。

 ライラも一緒に行くと言い張ったが、さすがのポールも却下した。

 見舞いに行けるのはアンドレアとポールが国王の孫だからこそ。王族の血を引かないライラが同行できるはずもなかった。

 嫉妬で酷い形相となったライラに見送られながら、アンドレアはポールとともに迎えの馬車に乗り込んだ。


(なんだか幸先不安な感じね……)


 向かいに座るポールは、ずっと不機嫌そうに押し黙っている。

 もしかすると緊張しているのかもしれない。国王然とした祖父の威圧感が、ポールは昔から苦手のようだった。

 だがアンドレアにとっては大好きな祖父だ。

 今は亡き母とともに会いに行くたび、やさしくしてくれた記憶しか残っていなかった。


(ポールがいては、お爺様に相談はできないわね……)


 落胆するも、アンドレアは見舞いに来られただけでもよしとすることにした。

 久しぶりに祖父に会える。そのことがうれしくてたまらない。

 王城について、通されたのは祖父の寝室だった。


(起き上がれないほどという噂は本当だったのね……)


 祖父ももう九十歳を越えている。届いた手紙もサイン以外は代筆だった。

 そのサインも頼りない筆跡で、分かってはいたがやはりショックに感じてしまう。


「国王の許しが出るまで寝台には近づかぬようお願いいたします」


 医師にそんな注意を受けてから、部屋の奥へと進む。

 ポールはなぜかアンドレアを先に行かせようとしてくる。

 そんなにも祖父が怖いのかと、アンドレアは半ば呆れてしまった。


 天蓋が降ろされ、祖父の姿はあまりよく見えない状態だった。

 薬か何かだろうか。嗅ぎ慣れない臭いが辺りに充満している。


「お爺様、お見舞いに上がりました」

「来たか……ポール、アンドレアよ……」


 弱々しい声に驚いた。昔の面影はどこにも見当たらない。

 挨拶すらしないポールを余所に、それでもアンドレアは努めて明るい声を出した。

 他愛のない会話が続き、祖父の負担を鑑みてすぐに退出の時間がきてしまう。


「ふたりとも……近くへ……」


 かすれ声に枕元まで歩み寄った。

 天蓋の隙間から、やせ細った祖父の姿が垣間見える。

 あまりの変わりように、アンドレアの胸はどうしようもなく痛んだ。

 対照的にポールといえば、何か醜悪なものを見たかのような、そんなしかめ面をして数歩後ずさった。


「王太子に子がおらぬ今……王家の存続はそなたたちの肩にかかっておる……王家の血筋を……どうか絶やさないでくれ……」

「お爺様……」

「ご安心ください。お爺様の願い、このポールが確かに聞き入れました」

「そうか……わしはもう長くない……頼んだぞ、ポール……」


 祖父の返事にポールがいびつな笑みを浮かべた。

 その瞬間を見たアンドレアは、胸のざわつきを押さえられなかった。


「アンドレア……顔を……」


 最後に呼ばれ、アンドレアはそっと天蓋をめくった。むぅっとした独特の臭いが鼻を突く。

 間近で覗き込んだ祖父の瞳は、じっと虚空を見つめていた。


「己の犠牲の上での平和など長続きはせぬ……よいか、アンドレア……まずはお前がしあわせになれ……」

「お爺様……」


 自分にしか聞こえない籠った声で囁かれ、アンドレアは目を見開いた。

 祖父は未だ何もない一点を凝視している。

 そこにある違和感は何なのか。

 このときのアンドレアにはそれがよく分からなかった。


「そろそろお時間です」


 医師に促され、後ろ髪を引かれつつアンドレアは王城をあとにした。


「はははははっ」


 帰りの馬車に乗るなり、ポールはいきなり大きな声で笑い出した。

 行きはあんなにも縮こまっていたくせに、今はふんぞり返る勢いだ。


「見たか、アンドレア。あの老いぼれたお爺様の姿を! あの様子じゃ、くたばるのも時間の問題だな!」

「ポール、あなたなんてことを……!」


 聞き逃せない言葉に、さすがのアンドレアも黙ってはいられない。


「本当のことを言って何が悪い? お爺様も言っていたじゃないか。王家の存続は俺の肩にかかっていると」

「あれは血筋の話でしょう⁉ お爺様がお望みなのはポールとわたくしの……」

「うるさい! お前は俺の子を産めると期待したかもしれないが、俺はそんな気はさらさらない!」


 怒鳴り散らすと、ポールは意地の悪い笑みを浮かべた。


「シュナイダー家の跡取りを産むのはライラだ。アンドレア、お前など及びじゃない。弁えろ」

「それではお爺様に言ったあの言葉はなんだったのよ……」

「死にぞこないとの約束など守る必要がどこにある? それにライラが産む子は俺の血を受け継ぐんだ。いずれ国王となる俺の血をな」


 あまりのポールの言いように、アンドレアは頭に血がのぼって言い返せなかった。

 だが国王崩御となれば、ポールの戴冠式も現実味を帯びてくる。

 もはやポールの子など産みたいとも思わないが、こんな腐った性根の人間が王位に就くなど、空恐ろしくて仕方がない。


 あの場でポールにそう言ってやればよかった。

 後になってから、アンドレアはそんな後悔をしたのだった。


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