第二話:始めの時を刻む(改)
えー二話目も改稿しました。恐らく来月になりますが、3話目もリニューアルオープンします。
翌朝。
言社はベッドに横になっていた。
大方体調も良くなってきていたが、まだまだ万全とは言えなかった。
外からはしとしとと雨が降り、雨粒が窓に当たると共に、静かな部屋に音を鳴らした。
雨音はまるで、微かな感情を揺らすように――
その時、部屋の扉がガチャリと開かれた。
「おはよう~。どう?昨日はゆっくり眠れた?」
明るめの声が、部屋で雨粒よりも響く。
部屋へと入ってきたのは、伽那だった。
伽那の右手には、ペットボトルが握られている。
「……はい。かなり、良くなりました」
言社はベッドから身を起こしながら答える。
「それは良かった。でも、まだ安静にはしないといけないよ」
そう言いながら、伽那はベッド近くの椅子に座った。
そして、近くに置かれていたコップを手に取り、ペットボトルの水を注ぐ。
コップには注がれてすぐに、水滴が付きだした。
「はい、お茶。一息つきなよ」
言社は一瞬視線を泳がせたが、やがて頷いてコップを受け取った。
受け取った瞬間、言社の手に、冷たさが伝わってくる。
言社は、コップを傾け、ゆっくりと水を口に含んだ。
伽那は満足気に数回頷いたが、次の瞬間には、真剣な表情を浮かべていた、
「それで、突然にはなるんだけど……言社は本当にどこから来たの?
この辺り、結構な田舎というか、ポツンと一軒家なんだよね」
問いかけに、水を飲んでいた言社は一瞬動きを止めた。
水を飲み干し、口からコップを離した。
「……色々、と」
小さな声で言社はそう言った。
未だ視線はコップから離れない。
「そっか。まぁ、今はあまり聞かないでおくよ。安心して休んで」
伽那は笑顔でそう言うと、席から静かに立ち上がった。
「お腹、空いてない? 朝ごはん持ってくるから食べるといいよ」
そう言い残し、伽那は静かにこの部屋を後にした。
数分すると、部屋のドアが再び開かれた。
「お待たせ~。朝ごはん持ってきたよ」
伽那が静寂を破る声と共に、姿を現す。
その片手には、大きめの手持ちトレーが載せられている。
トレーの上には、温かそうな朝食が並べられていた。
湯気の立つスープ、焼き立てのきつね色のパン
――どれも、食欲を掻き立てるものだった。
「はい。どうぞ」
渡されたトレーを、言社は少し戸惑いながらも、両手で受け取った。
両手に、ズシリとした重さが伝わる。
その重さは、まるで言社に現実感を与えるように、重かった。
「……ありがとう、ございます」
言社は小さく感謝すると、朝食をじっと見た。
「さ、召し上がれ。あと、何かあったらいつでも呼んでいいからね」
伽那は軽く微笑み、そのまま軽快な足取りで部屋を後にした。
代替するように、雨音がパラパラと室内に響き始める。
一人になった言社は、試しに、パンを手に取った。
温もりが手にしっかりと伝わってくる。
ゆっくり一口食べると、体中が幸福感みたいな衝撃が伝わった。
「……美味しい」
思わずそう呟いた言社は、勢いよく食べ進めていった。
しかし、その満足感とは裏腹に、ふと天井を見ると、
そこに重なるように、思い出したくもない昨日の記憶が現れる。
光景――雨、薄暗い森。想定外に、追いかけられる自分。そして、倒れる自分。
そうして、遠ざかっていく姉。
言社の心には、刻一刻と焦りが生じていた。
尊敬する姉を、奴らよりも先に見つけたいと強く思う。
追いつけなかった自分に対しても――
外では、変わらず、雨が静かな音で降っていた。
* * * *
少しすれば、トレー上の朝食は空になっていた。
言社はささやかな満足感に満たされていた一方で、
その事による、不安感を抱いていた。
そして、そのタイミングで部屋のドアが開かれた。
「うんうん。ちゃんと食べれたみたいだね。良かったよ」
伽那が嬉しそうな表情を浮かべながら、言社へと近づく。
「じゃあ、トレー貰っていくね」
トレーを受け取った伽那は、クルリと回って背を向けた。
「じゃ、ゆっくりしてね。何かあったらいつでも呼んで」
そう言い残すと、伽那はまた部屋から出ていった。
しかし――開かれたドアが閉まるその瞬間、誰かがそれをそっと押し開けた。
閉まる音が鳴らないのを不思議に思った言社が視線を向けると、
ドア前には一人の赤髪の少女――杏花が立っていた。
「初めまして。私は赤坂杏花」
杏花は無表情でそう言い、言社を見た。
言社は、昨日の伽那の発言から、杏花が伽那の妹だということを思い出した。
しかし、今、杏花は無言でじっと言社を見ていた。
「……あの……何、ですか」
言社は思わず、小さく聞いた。
しかし、杏花は無言のままじっと言社を見たままだった。
すると、杏花は再び口を開いた。
「どうして事情を話さないの?」
「ッ……」
「別にせめてる訳じゃないよ。ただ、君は私たちの保護下。
そのせいで、お姉ちゃんにケガしてほしくないんだ」
言社は、僅かに唇を震わせる。
「……私は――」
何かを言おうとしたその時だった。
「――あ!杏花!何やってるんだよ!」
唐突な大声が、それを遮った。
杏花がその声を鼓膜で認識した瞬間、肩をびくりと震わせた。
視線をドアの方へと向けると、そこには、眉を顰めた伽那が立っていた。
「……少し、聞きたい事があっただけ……」
「はぁ……杏花のその遠慮のなさはホントに変わらないね……取り敢えず、こっち来て」
「……分かった」
杏花は渋々といった表情で、伽那に続いて部屋を出ていった。
「ホントごめんね~。気にせずゆっくりしてね」
ドアが、今度こそ、しっかりと閉じられた。
* * * *
「ダメじゃないか、言社はまだ元気とは言えないんだよ?」
伽那が軽く溜息を吐きながら、杏花をじっと見る。
「……何か、大事な事を隠してるよ。絶対」
「そりゃそうだけど、今じゃないでしょ。少なくとも」
「でも……」
「いいじゃない。兎に角、そういうのは、ちゃんとタイミングを見計らってね?」
伽那が続けて言う。
「そういうのは、きっと自分から話してくれるよ」
杏花は暫く黙っていたが、やがて
「……分かった」
と、小さく頷いた。
伽那はそれを見て、満足気に頷いた。
* * * *
うす暗い廊下。無機質なコンクリートの壁が続き、冷たい空気が漂っている。
その中を、一人の男が悠然と歩いていた。
「――あの実験体を逃がしたのか。それで、今どこにいるんだ?」
電話を片手に、男はコツコツと乾いた足音を響かせながら問いかける。
その声はただただ無機質だった。
「ふむ……2032番――奴の妹共々行方不明……ね」
電話越しの報告を聞き終えた男は、少し考えるように目を細めたが、
すぐに薄ら笑いを浮かべる。
「逃げれると思っているのか……まぁ問題ない。所詮、大局に影響はないさ」
そう呟いた男は廊下の終端で立ち止まった。そこは不気味で闇に包まれていた。
「――ちょうど良い頃合いだ」
そう言い男は前方をじっと見据えた、その視線の先に現れたのは――
床から天井までを占める、巨大で異様な装置だった。
青白い光を放つパネルやケーブルが、そこかしこに無秩序に走り、
まるで一つの生物のようにうねりながら鎮座していた。
そして、それを見た男の唇が吊り上がった。
「例の計画を実行する時がきた……さぁ、始めようじゃないか――」
さらに唇が吊り上がる。
「――人類の新たなる進化を――」
低く蠢くその声が、不気味な空間によく響き渡った時、
その装置から、白い霧が滲んでいた――
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