閑話:或る研究者の軌跡
この話は閑話です。この研究者……この後ほとんど登場しないので、ここで一応書いておこうかと思って書きました。
俺は昔からそこそこできた。
勉強をすれば、そこそこの成績を残せたし、
芸術をすれば、そこそこ評価され、
運動をすれば、そこそこの大会で優勝したこともある。
いわば、器用貧乏ってやつだ。
そして、俺は研究者になった。
一番、自分の性にフィットしていると思ったからだ。
そこそこ努力したおかげで、今は政府の研究機関で働いている。
そんな俺が、今、研究しているのは、「人体分解のタンパク質」の開発。
これは政府から指示されたものなんだが、なんでも、
火葬などを省きたい連中がやはり一定数いるらしい。
一気に分解すれば、時間も手間もカットだ。いわばタイパってやつだ。
正直、そんなチンケな理由でわざわざ政府が動く必要があるのか、少し疑問を感じたが、
まぁ、触らぬ神に祟りなしってやつだ。
正義感だけでも突っ走れる勇者君にでも任せよう。
そう思いながら、俺は黙々と研究を続け、気づけば5年が経っていた。
成果を出始めていた。ほとんど成功したといっても過言じゃない。
「フォクサラーゼ」なんていう名もつけた。
そんな矢先だ。
俺達は突然にして、フォクサラーゼ開発から外された。
聞いた話によれば、政府がフォクサラーゼ開発に莫大な予算をつぎ込み、
別の、俺よりも優秀な研究班を立ち上げたらしい。
はた迷惑な話だった。もう完成間際という時にそれはないだろうと。
とんだ貧乏くじだ。バトンを奪われるとは。
俺は、屋上の隅の長椅子に座って、溜息を吐いた。
長年使ってきた長椅子は、もう塗装が剥げて、元来の鉄の色が滲んでいる。
隅からじわじわと錆びが侵食してきていた。
「こんなところにいたのかい? 枌谷」
突然、背後から透き通った声をかけられる。
俺が振り返ると、そこにはやつ―――共同研究者の姿があった。
「なんだ、お前か。何か用か?」
「開発から外された、お前の表情を見に来たのさ」
共同研究者が、ニヤリと笑う。
「それはお前もだろ。お互い様だ」
俺が鼻で笑ってそう返すと、共同研究者は惚けたような表情をした。
「え?なんの事?知らないなぁ。まさか、もうボケちゃったのかい?
なんだったら、知り合いの認知症専門の医者がいるから紹介しようかい?」
「ほざけ。お前も外されてるだろうがよ」
俺が白衣のポケットから通知の紙を取り出し、突きつけるように見せた。
だが、やつはその紙を一瞥だけして――
「ん?その紙、枌谷の名前しか書いてないけど?
見間違いじゃないかい?」
「ちゃんと書いとるだろうが。いい加減そのノリやめろ。TPOとやらを弁えろ」
俺が少しのイラつきと共にそう言うと、共同研究者はジッと俺を見つめ、やがて言った。
「枌谷は、これからどうするんだい?」
やつはそう問いかけながら、錆びれた長椅子に座った。
錆びた長椅子は軽い体重にも、きしんでみせた。
「俺は、暫く別の研究をした後、ここからさよならだ」
俺は長椅子に座りながら、周りの景色を見る。
灰色の墓標のごとき人工物が遥か遠くまで林立していくこの景色は、
自然とはまた違う感動をくれる。
俺の荒んだ心にはその景色もオアシスとして捉えれた。
「……そういうお前は?」
「ボクかい? ボクはもうここに用事がないから、すぐにさよならさ。
ボクは枌谷よりはるかに頭がいいんだ。きっとあちこちから引っ張りだこさ」
思わず苦笑する。
「ハッ。その皮肉は嫌いだ。
俺よりはるかに年下のくせに、開発主任なんぞなる奴に言われるとはな」
今度は空を仰ぐ。
雲一つない今日の空は、ジリジリと肌を焼いてくる。
「もう戻る。これ以上の光老化は御免だ」
俺は長椅子から腰を上げる。
「そうかい」
そんな俺に、共同研究者はそれだけ言った。
俺は屋上扉に向かう途中、転がっていた空き缶をそこそこの力で蹴った。
カインと甲高い音を鳴らした缶は、屋上の欄干を飛び越えることなく、屋上の地面に転がった。
再び甲高い音が続く。
その音に紛れるように、背後から叫ぶような声が響いた。
「……枌谷。伝えたい事が二つあるんだ!」
「あ、何だ?」
思わず振り返ると、やつは不意に真剣な目をしていた。
訳が分からないまま、共同研究者を見返す。
「――――――――――――。だから、きっとまた会えるさ」
俺は思わず大声で笑ってしまった。
あぁそうか。そういうことか。
補足:人体分解のタンパク質=人体分解の酵素と同じです。
酵素はタンパク質主成分がほとんどです。




